運を操る少年

 ――僕はどうやら運がないらしい。


 隣に目をやると、濡れて肌に貼りつく黒髪やTシャツを煩わしそうに顔を歪ませる彼女がいた。

 貼りついた黒髪から覗く白い肌が、今日はいつもよりも魅力的に感じてしまう自分に少しばかり呆れる。

 狭い高架下で、二人肩を並べて目の前の視界の悪さをただただ眺める。


「……止みそうにないね」

「天気予報が晴れだったんだけどな」

「直ぐに雲が過ぎたらいいんだけど」

「そうだね」


 彼女は、貼りついたTシャツを手で引っ張り顔を上げて、僕に笑ってみせる。


「海に潜ったみたいだね」

「本当はそうしたかったんだけどね」

「入る前にびしょびしょなっちゃったね」


 Tシャツから手を離すとまた直ぐに彼女の体に貼りつく。貼りつくその瞬間に、情けなくもまた僕はどきりとしてしまった。


「……ごめん。初めてだったのに」


 やっと出た言葉は情けなくも小さかった。

 彼女は首を横に振って笑う。


「こういうデートもいい思い出になるよ」


 彼女の優しさに胸がじわりと熱くなる。こういうところに僕は惚れたんだろうな、なんてことを改めて感じる。

 熱くなる胸とは裏腹に雨に濡れた体が粟立つ。海水を浴びるのとは、体の反応が違うらしい。


「ちょっと肌寒くなっちゃった」


 自分の体を抱くように彼女は健気に少しでも暖を取ろうとして、その姿が小動物のように愛くるしい。


「大丈夫?」

「うん。あ、そうだ」


 突然、彼女は何かを思いついたようにしたかと気づけば、彼女がすっぽりと僕の胸の中に納まっていた。


「こうしたら少しはあったかいかな」


 ――彼女は、わざとやっているのか。


 もし、これを自然にしていたら、彼女は恐ろしいナチュラルキラーだ。

 僕の心臓の鼓動は恥ずかしいほど高鳴り、彼女に気付かれるんじゃないかとヒヤヒヤし、それで更に、鼓動は高鳴る。

 自分の胸中が全て知られるような感覚を覚えて、恥ずかしさはMAX、そろそろ顔面が発火するんじゃないかと心配になる。

 しかし、トクントクンと微かに感じる彼女の鼓動が速いのに気付いた僕は、そろっと下を見る。彼女は俯いて顔は見えないが、耳が真っ赤であることは分かった。

 これはこれで、ナチュラルキラーである。

 少しばかり肌寒かった体はどこへやら。彼女のおかげでお互い体が火照って仕方がない。


 暗かった高架下に日が差し込む。小さく舞う雨粒がキラキラと輝いてつい見惚れてしまう。


「雨、上がったね」

「そうだね」

「……折角上がったし、もっかい海に入ろうか」

「待って」


 動こうとする僕を彼女が強く抱きしめる。さっき以上に僕の心臓が叫びまくる。


「……もう少しだけ」


 彼女のそのか細い我儘に、僕の脳内は幸せで侵されていく。

 さっきと変わらないはずの差し込んできた日の光が必要以上に眩しく感じる。


 ――やっぱり、どうやら僕は運がいいらしい。

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