独り食べ

 家に母さんが来た。

「アンタの様子見よ」

 母さんは納得していない俺に一週間ほど泊まる、と告げた。

「相手にしねえぞ」

 大学生活でバイトとサークルに明け暮れる俺は、母さんに告げた通り、特別、母さんに何かをする、ということなく過ごす。

 そろそろ、母さんも呆れて一週間経たずに実家に帰るだろうと思った。

「はい、これ」

 朝、いつも通りに母さんを放って、大学に行こうと靴を履くと、母さんに服の裾を引っ張られた。

 母さんの方を向くと、目の前に少し大きめの巾着を差し出される。

「何これ」

「弁当。たまには財布からお金出さずにお昼済ませてみたら?」

「いいよ、自分で食えばいいよ」

 正直、照れ臭くてなかなか受け取れない。

「何言ってんのよ、黙って持っていきな。いらなかったら、友達にでもあげなさい」

 本当にそんなことしたら、悲しむくせに。

 敢えて仏頂面で頷いて、弁当を受け取って外に出た。


 棟の裏にある誰もいないベンチに腰を下ろし、リュックから母さんから貰った弁当の入った巾着を掴み、引っ張り出す。

 母さんの弁当なんて高校ぶりだ、とぼんやりと思いながら、綺麗に巻かれた卵焼きを口に運んだ。

 久しぶりに食べた母さんの弁当は、今までの灰みたいなクソ不味い塊のことをどうでもよくなるくらい美味しかった。

 卵焼きも唐揚げもアスパラガスのベーコン巻きも黒胡麻の混ぜこみご飯も、あれも、これも、舌が懐かしい味を脳にまで届ける。

 ───本当に、美味しいもんはしょっぱく感じるんだなあ。

 俺のぼやける視界の中にある弁当の中身は、気付けば空っぽになって、代わりに俺の中は言い表せないものでいっぱいいっぱいになった。

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