オヤジのタマゴヤキ
父は弁当を作ることを苦としなかった。
朝早い娘のために、毎朝黙々と卵焼きを作っている。
樹木の年輪のように何層にも巻かれ、色は濃い黄色。中は少しトロトロで砂糖が多めの甘めの卵焼き。卵焼きも自慢だったが、それを作る父が何よりも自慢だった。
ある日、仕事の疲れが顔に出始めた父を見かねて、私は一人暮らしの練習にもなると父に代わって弁当を作り始めた。
卵割り不器用で、巻く時は卵が破ける。適当過ぎる分量に味も濃くなる。
久しぶりに作る卵焼きはグチャグチャのボロボロで不格好だった。
不格好な卵焼きを見た父は「下手くそ」と溜息を吐き、フライパンを持つ私の隣へやって来た。
「俺が手本を見せる」
そう言って、余った卵を使って作り始めた。
フライパンに多めに油を敷き、よく混ぜられた溶き卵をフライパンに流し込む。流し込まれた卵はフライパンに膜を貼る。本当に膜のごとく薄く流し、慣れた手つきでクルクルとこれまた小さく巻いていく。それを何回も繰り返す。出来た卵焼きは比べものにならないくらい綺麗だった。
「まだまだだな」
そう言って意地の悪い笑顔を父は私に向けた。
朝、卵がある時はいつも卵焼きに挑んだ。上手く巻けるまでには時間が掛かった。熱し過ぎて卵どうしが引っ付かないで巻けないことなんて何度もあったし、火傷もした。味の濃さも失敗した。
上手く巻け出したのは、3パック目突入の朝だった。
遂に私は卵焼きを焼くよりも両手片手割を先に習得した。誰もいないキッチンで一人優越感に浸るのが、堪らなく好きだった。
父のやり方を意識して、出来るだけ薄く溶き卵を敷き、手早く巻いていく。この繰り返し。巻き終えた卵焼きをまな板の上へ移し、パタパタと風を送って少し冷ます。この方が切りやすいのだ。
大きな欠伸をした父がキッチンへ来た。横目にまな板の上の卵焼きを見る。
「……ちょっとは上手くなったな」
無表情で褒める父に私は「うん」と答えるだけで、表情も出来るだけ変えないように頑張った。正直嬉しかったけど、嬉しいと顔に出すのは何だか尺に思えた。
「もう、一人で暮らしても大丈夫だな」
「そうかもね。どうだろうね、一人暮らしなんて。楽しみ」
「偶には行くよ」
「その時は卵焼き食べさせてあげる」
「なあに、俺に勝ってから言え」
「───じゃあ、その時はお父さんが食べさせてよ」
「おう、いいぞ」
父の無表情が崩れた。
一人暮らしの楽しみが一つ増えた。
Fin...
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