オヤジのハサミ

 小学校に入学すると共に、水泳の授業で髪が長いと大変だから、と背中まであった髪をばっさり切ってショートにした。

 それ以来ずっと髪は短い。


 三人姉妹で色々とお金が掛かるから、小学五年生の時から、未経験ではあったが、お父さんが髪を切ってくれるようになった。


 ───バリカンで。


 頭の形に沿って切られた残骸たちを私はキャッキャッと楽しそうに眺めながら、肌着とパンツでお父さんにバリカンで髪を刈ってもらった。男子と同じくらい短かったが、学校中のどの女子にも自分と同じような髪型がいないことが、何より嬉しかった。


 中学校に上がってもそれは変わることはなかった。髪が伸びたらお父さんにバリカンで切ってもらっていた。


 周りの女子はかなり驚いていた。お父さん嫌いが多かったから。私とお父さんの月1のこの月課が有り得ないことだという。


 お父さんが嫌いになることはなかった。みんなの言う「とてもいいお父さん」だったからというわけでもない。


 昔から無口な父だった。自分から話そうとしない。ただ、何処かに遊びに行くとお父さんも同じように楽しんでは傷をつくって一緒に帰る。迎えるお母さんがお父さんの傷を見ては、怒りまわってた。遊びに連れていくのも、遊んでくれるのもいつも気まぐれ。

 でも、そんなお父さんが大好きだった。




 今日も月1の散髪だ。バスケ部に入った私は大会の気合入れだとお父さんに髪を切ってくれるように頼んだ。お父さんは「いいよ」と真顔で答えるだけ。

 バリカンのモーター音と頭に沿って切られていく髪の音が耳に届く届く。


「明日、顧問がスタメンで出してくれるって」

「そうか」

「最近は先輩達に交ざって一緒にプレーするの」

「そうか」

「ねぇ、お父さん」

「ちょっと下を向け」

「はい・・・」


 男バスよりも短い髪の毛で、女子コートでプレーする私は、気合十分ではあるも、ナイスプレーと言えるようなものはなかった。


 中学三年生になって、引退しても、髪はお父さんに切ってもらった。


 しかし、高校一年生になって、私はバリカンから卒業した。


「高校生なんだから美容室に行け」


 そう言ったのはお母さんだった。「金が掛かるから嫌だ」と反抗するも「お父さんが疲れるでしょ」と返されると何も言えなくなる。


 お父さんは顔に出さないだけで、本当は今まで私の髪を切ることが面倒だったのかな───。


 美容室で髪を切るのが面倒で、少しだけ髪を伸ばすようになった。伸ばすと言っても、一般的なショートの長さまでだ。

 だが、元々クセ毛で伸びたらボサボサになる頭だったこともあり、伸ばしていい、と言われるわけもなく。

 とうとう、口を出したのは、お父さんだった。


「俺が切るからウッドデッキに出ろ」


 中学の頃のように、散髪場所だったウッドデッキに出てお父さんを待つ。懐かしいバリカンのモーター音が聞こえた。だが、いつまで経っても髪が切れる音はしない。


「髪が長すぎて、バリカンの刃が喰わん」


 お父さんは溜息を吐きながら、バリカンの電源を切った。

 バリカンを持ったまま、一度部屋へ戻り、もう一度ウッドデッキへ出たお父さんの手にはばさみが握られていた。


 これが、お父さんの梳き鋏デビューだった。

 そして、これがきっかけで、私もまた高校生にしてお父さんに髪を切ってもらうようになった。


 高校二年生の秋。大学進学を見据えた時期。私は県外の大学を目指していた。それをお父さんもお母さんも反対することはなかった。

 またいつものように、ウッドデッキで髪を切ってもらう。


「お父さん」

「何」

「あと、何回、お父さんに切ってもらえるかなあ、髪」

「・・・・・・卒業するまでじゃないか」


 その時のお父さんの顔は見えなかったけど、その声はなんだか寂しそうだった気もする。いつもの変わらぬ顔で、そう言ったのかもしれない。


 高校三年生の春。私はいかに一人で生活する中で金を使わないか、というのを考えるにあたり、セルフカットを習得しようと考えた。

 つまり、もうお父さんの手は借りず、自分で全部カットするのだ。


 大事な一回目。前髪は自分で切ったことはあったが後ろとなるとなかなか上手くいかず、風呂場に一時間以上居座り、ようやく切れた。

 お母さんは「上手く切れたじゃない」と褒めてくれたが、お父さんは首を傾げて「髪が重い」と言った。

 正直、褒めてくれてもいいのに、と思った。


 ある日、仕事から帰ってきたお父さんが新しい梳き鋏を買ってきた。「じゃーん」と余り表情を変えないお父さんが笑って私に見せたのだ。


「これで、お前の髪を切ってやる」


 これが、私とお父さんのスキンシップ。コミュニケーション。


 県外へ進学する私はお父さんといれるのもあと一年ない。


 梳き鋏のジョキジョキと髪が切られる音を聞きながら、私は口を開く。


「お父さん」

「何」

「8年目となると、やっぱりカットも上手くなりますな」

「そりゃな」

「───卒業するまでよろしくね」

「・・・・・・いいよ」


 いつもと変わらぬ調子で抑揚なく答える父。私は「あとちょっとかー」と笑いながら、遠くない寂しさを吹き飛ばした。



 Fin....

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