第6話
イライラとしているのだろう、小さな車の中でセシルは足をカタカタと鳴らす。そんな様子を見てなのか、それとも単純な興味本位なのか。ダンはイライラとしているセシルをちらり、と見ると声をかける。
「どうだった? 身体検査は」
「あ? 喧嘩売ってんのか、オイ」
一番突かれたくないところを突かれて、セシルは余計に機嫌が悪くなった。
なにしろ身体検査は思い出すだけでも気分が悪くなる。服の上から体の隅々を触られて、セシル自身でも触ったことのないような場所まで触られた。男の頃であればそんなに触られた記憶もなかったのだが、どういうわけだか、セシルが女だったせいなのか、それとも相手の警備員が男だったからか、はたまた両方が理由なのか、執拗に触られた気がしてならない。
「別に感想を聞いただけなんだけどな。それともセシル。そんなに嫌だったのかい?」
ニヤニヤと薄い笑いを浮かべながらハンドルを握るダン。セシルは図星を突かれて、内心かなり腹立たしい思いだったが、そんなのを表に出そうものなら何を言われるか分かったものじゃない。
そんなわけでセシルは、ムスッとしながら外を眺めるに終わった。
荒野のど真ん中とは違う、滑らかに走る車は乗り心地がよく、快適。もっとも今のセシルの精神状態をのぞけば、であるが。
とはいえ町の様子は素晴らしく、辺りには隣人や盗人、強盗など蠢く荒野が広がっているとは思えないほど、きれいに整った町だった。警備員に向かって話していたセシルの予想は大方当たっていたと言って間違いない。
綺麗に舗装され、白を基調とした高層ビルが立ち並ぶ道路の中を車は走り続ける。どれくらい走っただろうか、警備員が進めてくれた宿へようやくたどり着く頃には、もう日が傾き始めていた。
夕日で真っ赤に染まる高層ビルの数々は天をも恐れぬ摩天楼のように思えた。今の世の中でもこんな建物を立てることが出来るんだな、とセシルは関心しつつ、ダンと共に車を降りる。そしてそのまま、高層ビルとはまったく無縁、古びた小さな宿の中にと入っていく。
中に入ると古臭い外見とは違い、綺麗に掃除の行き届いた館内が二人を出迎える。
と、同時。いらっしゃい、と元気の良い声が聞こえたかと思うと現れたのは、セシルよりも少しばかり背の高い、若い女の子。ニコニコとしていて愛嬌があって、おそらくセシルが男であればその場で口説いているに違いない。そんな可愛らしい容姿を持っていた。
そんな彼女は首をちょこんと傾げつつ人差し指をピンと立てると、
「えーっと、お部屋はおひとつ?」
「お嬢さん、このファッキン野郎と一緒にはぜっっったいに一緒になりたくないんだが」
「わ、かわいー声!」
セシルの声を聞いた受付の女の子は、まるで宝石でも見るような顔になった。どうやらセシルの口の悪さなど気にも留めないらしい。そのままパタパタとセシルに近寄っ高と思うと目をキラキラとさせながら、セシルの手を包み込むように握る。
けれどもセシルにその言葉は毒以外の何物でもない。セシルは触るな、とばかりにぶんぶんと手を振るが、受付の女の子は一向に手を離そうとしない。それどころか、
「可愛いし、声も可愛らしいし! おまけに彼氏さんはカッコいいし、ほんと羨ましい! じゃあお部屋はひとつで……」
「あー、お嬢さん?」
「離せ! このクソアマ!」
ダンとセシルの声が重なって初めて、おや、と受付の女の子は目をパチクリとさせる。
「んっと、どうしました?」
「部屋は二つでお願いするよ」
「手を離せ!」
再び重なる声に受付の女の子がセシルの手を離して、あっれぇ、と頭をかく。
「喧嘩中ですか?」
いい加減、青筋の浮かび始めたセシルの腕をダンがしっかりとホールドする。
「離せ! ダン! こいつの眉間にぶち込んでやる!」
はぁ、と呆れたようにため息をついてから、小声で、
「セシル、キミを離したら問題が起きそうだから絶対に離さないよ。まったく」
その言葉を聞いたセシルは、あぁ、と可愛らしい声ながらもドスを効かせてダンを睨み付ける。が、ダンはそれを無視して今度は受付の女の子に向かって話を始める。
「あのね、お嬢さん。勘違いしているようだけど、僕たちは旅人だ。キミの思っているような関係ではないよ」
「ち、違うんですか!」
セシルからしてみたらわざとらしく見えたのか。火に油を注いだかのように、さらに激昂して声を荒げる。
「おい! 離せ! このファッキン野郎! 良いか! このクソアマは俺が殺る! 風穴のひとつ二つあけないと気がすまねぇ!」
くそったれ、と手足をばらばらに動かす様はまるで子供のようにも見えなくない。もちろんセシルはそんな風に見えているとは露知らず。
「うー、分かりました。じゃあお部屋二つ、ご用意しますね」
と、受付の女の子はカウンターへと戻り鍵を取ってパタパタと戻ってくる。そしてそのまま持ってきた鍵を、はい、とダンに渡してから、
「えっと、お部屋はこの廊下をまっすぐ行って突き当たりのお部屋です」
「ああ、ありがとう」
「ごゆっくり!」
果たしてゆっくり出来るのか、そんなことを思わせるくらいに元気な声が二人を部屋へと送り出す。セシルはダンに無理やり連れられ、ぶつくさと納得しない様子だったが、ダンと別々の部屋になったので諦めたのだろう。それぞれの部屋の前に立つと、
「セシル、とりあえず今日は休みでいいだろ? 運転しっぱなしで僕もいい加減に疲れたからさ」
そういえばそうだった、とセシルは思うも、せっかくフリーの時間が出来るのだ。より体を慣らすための運動に当てるにはちょうど良いと言えた。加えて毎日毎日、顔を合わせ続けなければならないダンと顔を合わせずに済むとなれば大歓迎だ。ようするにセシルに断る理由など見つかるはずもなく、
「ああ、良いぜ」
「すまないね、セシル。じゃあ今日は解散、と言うことで」
「っへ、礼にはおよばねぇさ。てめぇのクソみてーな顔を見なくて済むんだ最高じゃねぇか」
「……そりゃ何よりで」
はは、と複雑そうな顔をしてダンとセシルはそれぞれの部屋にと入っていく。
部屋に入ると出迎えてくれたのは、木々の色合いが深く残る情景だった。窓には可愛らしいカーテンとベッドがひとつ備え付けられており、真ん中には小さなテーブルが鎮座している。
セシルの体が小さくなってしまったからだろう。以前であれば少し物足りないと思う部屋も今のセシルにはぴったりのサイズと言えた。
何はともあれ、セシルは持っていた着替え等を下ろすと、宙に身を躍らせながらベッドへと飛び込んだ。ふんわりとしたベッドの弾力がセシルの体を包み込んで、ぽわん、と反発する。
長旅であったとは言え、ずっと助手席に座っていた以上、あまり疲れていない、と思っていたのだが、どうもそうでもなかったらしい。鍛錬に時間を当てようと思っていたのだが、どうにもこうにも睡魔が襲ってきて止まない。
ベッドに転がり込んで物の数分、うっとり、うっとり、とし始めたセシルはゆっくり夢へ向けて舟をこぎ始めていた、そのときだった。
「セシルちゃん! ですよね!」
いきなり耳元で元気の良い、いや、怒号とも言える大声が響いてセシルは飛び起きた。
「な、なんだ!?」
突然の出来事に思わず口にしてしまうも、すぐに状況はつかめた。あの受付の女の子がセシルの寝ていたベッドの目の前に立っていたのだ。
夢に向けて舟をこぎ始めていた手前、いやそれだけじゃない。先ほどの言葉の通じない会話でもかなり業を煮やしていたセシルにとっては、願ったり叶ったりだ。
セシルはこれ以上ない、とばかりに目を鋭くし、睨み付けながら、
「……クソアマ、どういうつもりだ」
思いっきり低い声で脅しをかける。
しかし受付の女の子には逆効果だったらしい。パァっと顔をこれ以上ないくらいに明るくしたかと思うと、そのままセシルに抱きついて、
「あぁ、セシルちゃん、可愛い! その頑張って私を睨み付けようってしてるその無垢な努力! 高くて可愛らしい声を必死に低くしようと頑張る声! それにその口調! 狙ったとしか思えない! セシルちゃん、大好き!」
セシルはうご、とうめき声を上げる。まどろんでいたせいもあるだろう。身長の高い受付の女の子のタックルを避けることなく真正面から喰らって、セシルは再びベッドへと倒れこむ。
「は、はなせ! どけ! クソアマ!」
「いーやー! 離さない! っていうかね、セシルちゃん! どうして別々なの! 私、セシルちゃんのこと気に入っちゃったから、いつでも相談して! セシルちゃん、あの男の人狙ってるんでしょ? でもでも、セシルちゃんは恥ずかしくって本当は素直になれないんでしょ? もう分かってるんだからね! この『木々の麓』に居る間に絶対、モノにさせてあげるんだから!」
セシルはこの女の子が何を言っているのか、半分も聞いていなかった。
と言うか、聞けなかった。なにしろ、受付の女の子に思いっきり上乗りされて、ぎゅーっと抱きしめられた位置が悪かったのだ。首が絞まりかけていて、呼吸でそれどころではなかった。
ぱんぱん、とセシルは何度も女の子の肩を叩くも、自分の話に夢中になっていた女の子はそれに気づくことなく話し終える。そこでようやく気づいたのだ。
セシルがやけに静かだ、と。
「あ、あぁ! セシルちゃん! ごめんね! 苦しかった?」
受付の女の子は、顔を真っ青にして苦しんでいるセシルを見るや否や、すぐに抱きつくのをやめる。そしてそのままセシルの肩をつかんで、呼吸が出来ていることでも確認したんだろう。
「はぁはぁ、このクソアマ……」
その言葉を聴いて、良かった、とばかりに胸を撫で下ろす女の子。しかしセシルの息を上げている様子を見て居心地が悪いと思ったのか、それとも申し訳ない、と思ったのか。目をそらしながら指をこねくり回すと、
「うーっと、セシルちゃん、ごめんね。今日のところは出直すからゆっくり休んで!」
どの口が言ってやがる、とセシルは答えたかったが、出てくるのはケホケホと言う可愛らしい咳が出てくるだけ。どうやら予想以上に喉へのダメージが大きかったらしい。
「んっと、私はアルマって言うの。あのね、セシルちゃん。私はいつでも貴女の味方だからね。呼んでくれたらすぐ行くから!」
そう言い残すと、パタパタとセシルの部屋から出て行って、ご丁寧に合鍵で鍵まで閉めて言った。二度と来るな、と言いたかったが、やはり咳が邪魔して言えない。加えて合鍵を見てしまった以上、また覚悟をしておかなければ行けないんだろう。おそらく今回のように勝手に入ってくるんじゃないか、と言う覚悟を。
いや、とセシルは首を振る。
本質はそこじゃない。
確かに不意打ちであったかもしれない。
だが、何も変わっていなかった。前の町から分かっていたこと。それでも筋力をつけようと努力をしてきた。しかしそれがすべて無意味だったのではないか、と思わせてならない。
前の町と何も変わってない。たかだか背がほんの少し、相手のほうが高いだけの、女に負けた。いくら筋力をつけようと努力しても、まったく延び代の見えない身体。
底なし沼に落ちているのに、必死でもがいているような、そんな気分だった。
銃と魔人とTSF @honebuto
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