第8話 欲深き者
己の復讐を果たすため、そして復讐を生むこの世界を終わらせるために世界滅亡の旅をしているイラムとルクシエラ。彼らは現在ノストリア王城のあった街を出て二日目の夜に差し掛かろうとしていた。
「今日はここら辺で休むぞ」
「わかったわ」
そして二人は街と街を繋ぐ街道の脇に逸れると、旅を始めた初日に集めておいた焚き火用の木材に火をつける。
この世界はのどかである。異世界のような魔物はおらず、危険な動物は大体が森の奥におり人前に姿を見せず、姿を見せる動物のほとんどが人間と共存しており、賊に出会うようなこともほとんどない。人間の9割が自国の王への絶対の信仰と忠誠を誓っており、ほとんど存在しない盗賊や、国同士の戦争に駆り出される傭兵のような野蛮なイメージを持つ人間ですらも必ず特定の国の王ではないにしろ、誰かに信仰を持っている。ならば賊や傭兵は何のために賊や傭兵といったことをしているのか。それはこの世界ならではの考え方。信仰をするため、そして信仰するべき人を見つけるため、である。人に絶望しそして自分を信じられなくなったとしても彼らは誰かに願いという名の信仰を捧げたいのである。そのため人が悪行に走ることは少なく、悪行に走った賊がいたとしてもそれは少数であり、むしろ賊に出会う方が珍しいとまで言われるほどだ。と言っても賊が賊であることは変わりはないため盗られるものは盗られるのだが。
悪魔である二人にとって人間など矮小な存在……とまではいかなくとも取るに足らない存在であることは間違いない。そんな二人の前にその取るに足らない人間たちが寄ってきた。
「おい兄ちゃん。食料とその女を寄越せ。じゃねえと痛い目に遭うぞ?」
悪は悪に好かれるのか、彼らが出会うことはないだろうと思っていた盗賊が現れる。彼らは信仰をする以前の問題である生きるための食料と共に自身の慰みものにしたい女であり、そして絶世の美女であるルクシエラに狙いを定めた。盗賊たちの数は十数人はいるため一般人であれば震えて許しを請うか、立ち上がれなくなるまで彼らに蹂躙され、大事なものを奪われていくかのどちらかだったが、彼らにそれは通用しない。二人は盗賊たちに構うどころか彼らの存在など目に入らないかのように食事を進めながら会話をしている。
「ねえイラム。今日は一緒のテントで眠らない?」
「断る。狭い、邪魔、鬱陶しい」
「んもう、そんなに嫌がらなくてもいいじゃない。……もしかして、恥ずかしいの?」
「そんなわけがあるか」
「それならそうと言ってくれればいいのに。大丈夫、私が優しくしてあげる」
「ちっ……」
このように聞く者が聞けば一種の惚気話に聞こえるような会話を目の前で聞かされた挙句、自身たちの存在を完全に無視した態度に彼らは腸を煮えくり返す。
「テメェ!無視してんじゃね――」
そして業を煮やした盗賊の一人がイラムの胸倉を掴もうと手を伸ばし、彼に触れるという寸前で言葉が途切れる。暗くてよく見えなかったので急に言葉が途切れた仲間に何があったのかと尋ねた盗賊の一人だが、すぐに何が起きたのかを理解する。その男は首を盗られていた。もっと詳しく言うと頭部もあり、胴体もある。だが首だけがそこにはなく、まるでその部分だけが奪い取られたかのように無くなっていた。そして地面に落ちた頭部のボトリと言う音で止まっていた時間が動き出したかのように悲鳴を上げる。
「ひ、ひやあああああああああああ!!!!」
彼らは恐怖で腰を抜かした。そして目にする。いや、目にしてしまった。彼らが対峙していたイラムの右手には先ほど亡くなった仲間の首があったのだから。そしてその隣にいるルクシエラの姿が目に映る。彼女はまるで愉快なものを見たかのようにクスクスと笑みを浮かべていた。その姿は彼ら盗賊にとっては愚かな人間を嘲笑う悪魔のように見えた。だが彼らは動けない。いや、動くことができなかった。彼らが動くことができないのは目の前で見せつけられた恐怖からではない。ルクシエラという色欲の悪魔が見せた無類の美しさが脳裏にこびりついて離れず、そしてその嘲笑の笑顔は彼らの中ではいつの間にか悪魔ではなく、死神によって与えられる死から人々を救済しようとする女神の姿にすり替わっていたからである。これも色欲であるルクシエラの魅了の力である。彼女に魅了されてしまえば例え目の前に死が迫っていたとしても彼女から目が離せなくなってしまう。そして何もできない彼らに痛みを感じさせることもなく死を与えるのが彼女のやり方である。
もう少し彼女の魅了の力に触れておこう。彼女の魅了は誰も抗うことはできない。イラムは憤怒という特性上、他人に向ける憤怒と自身への怒りが強いため彼女の魅了は効果が薄いように思えるかもしれない。事実他の一般人と悪魔よりは効果は薄い。だが普段の彼女が魅せるものは自身の力の一部に過ぎない。彼女が本気で人を魅了をしに来た際は例え憤怒であるイラムであろうと逃れることはできない。彼女の魅了の力は世界における『美』そのもの。故に人間であろうと悪魔であろうと美に関心がある限り彼女の魅了から逃れることはできないのである。
そして盗賊たちを皆殺しにしたイラムとルクシエラ。彼らの焼死体に囲まれながら二人は途中だった食事を何事もなかったかのように取り、何事もなかったかのように死体を放置したまま眠りについた。
◇◆◇
翌日、再び歩き出したイラムとルクシエラであるが、彼らは今朝からこんな話をしていた。
「そういえばイラム」
「何だ?」
「一応確認しておきたいのだけれど、世界を滅亡させる手段は考えているの?」
ルクシエラが確認してきたのは彼らの最終目的である世界滅亡のための方法である。
「考えてはいる。だが場合によって変わる場合もあるからはっきりとしたことは言えんが、少なくとも現在の状況だと原初の悪魔を目覚めさせるのが現実的ではあると思っている」
原初の悪魔。彼ら二人を含めた七つの大罪を司っている悪魔を目覚めさせ、そして悪魔全員の力をこの世界の核に封印された原初の悪魔のに流し込むことで世界滅亡へのカウントダウンを始める。それが今のイラムたちにとって最も簡単で最も険しい手段である。
「別に全ての街を一つづつ破壊してもいいが、それだと面倒な上に討ち漏らしがある。そして何より生ぬるい。それらの理由から俺は原初の悪魔を目覚めさせることを推奨する」
ここで原初の悪魔と七つの大罪の説明をしようと思う。
まずは原初の悪魔だが、この世界には神と天使と同じく悪魔もいないとされている。だがこの世界にも神はいたのだ。しかし神とその使いである天使はこの世界をあるものを封印するために作ったあとこの世界から退散した。そのあるものとは今先ほどイラムが口にした原初の悪魔のことである。神は別の世界で誕生した災厄である原初の悪魔を封印すべく彼の力を抜き取り、力の無くなった体を世界の核とすることで原初の悪魔を封印することに成功する。それが原初の悪魔であり、この世界の成り立ちだった。神が原初の悪魔を封印したまではよかった。だが神と天使は原初の悪魔との戦いでかなり消耗し、傷つき過ぎた体を癒すために己の住む世界へと戻る途中、原初の悪魔から抜き取った力が暴れだし『憤怒』『色欲』『傲慢』『嫉妬』『怠惰』『強欲』『暴食』の七つに分散することで神の手元から放れこの世界に落ちたのである。その分散した七つの力こそが現在イラムとルクシエラが堕ちた悪魔であり、それを神は七つの大罪と称した。消耗した神と天使はその傷の深さから落ちた力を回収することができないまま自らの世界に帰った。それが人間の生まれる数万年前の話。そして人間が生まれてから数千年、数万年の時を経て神の手から落ちた悪魔の力は生まれてきた人間に宿り続けてきた。いつか自身が原初の力として復活できる日を求めて――。
これらの情報はイラムとルクシエラが悪魔に堕ちたときに自動的に手に入る情報である。故に悪魔以外にこのことを知るものはおらず、世界は未だ神も悪魔もいないと本気で信じているのだ。
「まぁ妥当なところではあるわね。協力してくれるかはわからないけれど他の悪魔がいれば原初の悪魔を目覚めさせなくても世界を滅亡させやすくなる。今後は復讐を主軸に他の人間を悪魔に堕とすことを副軸とすればいいかしら?」
「ああ。それで問題ない」
今後の方針が決まり、彼らは街に向けて歩を進める。
「もうすぐヒメリアという町に着く。小さな町ではあるがそこは立派なグランナイト領だ。当然騎士たちもたくさんいる。俺はその町を破壊し、グランナイトの王に俺の存在を知らしめる!」
右の拳をか硬く握りしめ復讐の炎に燃え上がる。だがその町で、彼らは思わぬ人物と出会うこととなる。
◇◆◇
「ヒャハハハハハハハハハハハ!!飯を!酒を!女を寄越せ!!」
その者は強欲だった。あらゆるものを欲し、あらゆるものを手にするためにあらゆる手段を講じる。彼は求めていた。食料を、酒を、女を、そして力を。強欲であるために彼は力を欲した。強大な力を、奪われないための力を手にしたとき、彼は世界にどんな影響を与えるのか。世界も、悪魔も、そして神すらも知らない。
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