第6話 復讐への協力者

 ルーパ改めイラムはルクシエラと共にイラムが時々帰っていた自宅へと向かっていた。イラムは亡き女王であるリリアの専属の執事となる以前はその自宅から王城まで通っており女王専属の執事となったあとは城に住んでいたが、たまに自宅へ帰っては掃除をしたりとしていた。

 その道中のことだ。ルクシエラはイラムがどこに向かっているのかを聞いておらず、当てもなく彷徨っているわけでもないため不思議に思ったので彼に尋ねる。


「どこに向かっているの?」

「……元々住んでいた自宅だ。そこに旅に必要なものが揃っている」

「そう。だったら今夜はそこにお邪魔させてもらおうかしらね」


 ルクシエラのその言葉を聞いてイラムは進めていた足を止める。そして彼女を冷ややかな目で見つめながら今度は彼がルクシエラに尋ねた。


「……なぜついてくる?」

「あなたが気に入ったから」

「さっきの情欲の話か? だったら諦めろ。俺はお前に興味など持っていない」

「興味はないけど気にはなっている、でしょ?」

「…………」


 ルクシエラはイラムの心情を見透かしたような口ぶりで言う。確かにイラムはルクシエラに対し情欲などの感情を持ってはおらず、むしろ興味など微塵も持ってはいなかった。だが彼女は自身と同じ悪魔だ。彼女もまた何らかの感情を持って悪魔へと堕ちているのだ。その点では彼は彼女に対し興味を持っている。よって先ほどルクシエラが言ったように、イラムは彼女に対して「興味はないが気になっている」という心情を抱いているのだ。


「……勝手についてくるのは構わんが、俺の邪魔はするなよ」

「肝に銘じておくわ」


 そう言ってイラムはルクシエラの同行を許した。その後は何の会話もなく彼の自宅まで辿り着いた。


「へぇ~。思ってたよりも小さな家なのね」

「一人で生活するだけだったからな。それにほとんど自宅にいることはなかったからそれほどでかい家は必要なかった」


 イラムが自宅に入ったのを確認してからルクシエラがそのあとに続いた。

 家の中は一軒家にしては小さく、先ほど彼が言ったように生活する上で必要最低限なものしか置いていないようにルクシエラは感じた。家の中を見渡しながらイラムに続いて部屋の中に入ろうとすると、彼女が部屋の前に入る前にイラムが扉を閉め彼女を締め出す。


「ちょっと。ぶつかったらどうする気よ」

「知らん。俺は着替える。中には入るなよ」


 イラムの服装は悪魔として復活したときから変わらず生前に着ていた執事服である。その服は女王リリアを始めとした城内の人間を殺害して回ったときに大量の返り血を浴びて真っ赤になっていた。そんな姿で街中を歩いていたにも関わらず街の人間に不審に思われなかったのはただ単に城が崩れていくのを見てしまい、それに絶望してイラムたちの姿など誰も気にも留めなかっただけである。

 入るなと言われたルクシエラだが、彼女は色欲を司る悪魔。異性の裸が見たいと思うのは当然のため何も恐れることはなく堂々と彼女は部屋の中に入る。しかし彼女が部屋の中に足を踏み入れた途端、彼女の喉元目掛けてナイフが飛んでくる。それを彼女は軽く首を動かすだけで避ける。いとも簡単に避けられてしまったためイラムは軽く舌打ちをする。


「……入るなと言ったはずだが?」

「いいじゃない。見られて困るような体してないんでしょ?」

「当然だ。トレーニングは毎日欠かしていない。もっとも、悪魔になった時点でその必要はなくなったがな」


 悪魔になった時点で人とは比べものにならない身体能力を手に入れるため、毎日欠かさず行っていたトレーニングもただの自己満足に変わり果てる。


「でも私は好きよ?あなたの体。と~っても引き締まっていて、素敵」


 今のイラムの恰好はというとまだ着替え始めてからそこまで時間も経っていないのでただ上半身の服を脱いで半裸になっただけである。だがその体はかなり引き締まっていて、かと言って筋肉の量は多くはなく細身の体にあったインナーマッスルが鍛えられていて女性が見れば見惚れてしまうであろう仕上がりだった。


「ふん。褒めても何も出んぞ」


 そう言ってイラムは着替えを続ける。ルクシエラを追い出してからとも考えたがあの女性を追い出してもすぐに戻ってくると思い、考えるだけ無駄なので結局彼女の目の前で着替えることにした。

 するとイラムがいざ服を着ようとシャツを背中に回す前にルクシエラがイラムの背中に自身の大きく膨らんだ胸を押し当てながら彼の腹部と胸部に腕を回して抱きついてきた。


「……おい。邪魔だ。服が着れん」


 イラムはそう言ってルクシエラから離れようとするが、彼女は離れない。それどころか彼の体を確かめるかのように彼の体を撫で回し始めた。


「素敵な体。このきゅっと引き締まったお腹にごつごつとした胸。凄くいいわ。ほんと、あなたに惚れてしまいそうなほどに」


 彼女から逃れようとするイラムを逃すまいと彼女は腕による拘束を強める。そして彼が動こうとする度に彼女のたゆんとした胸を変形させ、それを感じ取ってしまった彼は動きをピタリと止める。


「これも色欲の性なのかしら。こんな気持ちは初めて。あなたが欲しい。あなたが欲しくて欲しくて堪らない。もっとあなたを感じさせて。もっと、私を感じて頂戴」


 彼女の声は段々と湿りを帯びていき、その魅惑的な声を彼の耳元で囁く。彼女の人を魅了する力は例え相手が憤怒を体現した者であっても届くほどに蠱惑的だ。事実イラムが頭の片隅で「この女ならば深く愛することができるのではないか?」と考えてしまうほどにだ。だがイラムはその湧き出た考えを振り払って言葉を発した。


「一つ聞きたい」

「なあに?」

「お前の目的は何だ?」

「あなたを落とすことかしら」

「とぼけるな。お前にはいるのだろう?その身を悪魔へと堕とすほどに深い激情を宿した相手が」

「……そうね。やっぱりあなたには隠せないわね」


 そう言ってルクシエラはイラムから離れる。自由になったイラムは背後を振り返り彼女の言葉を待つ。そして彼女は言った。


「私の目的は復讐。父さんと母さんを殺し、私を故郷から追いやったあいつを始末すること。そのためにあなたを利用させてもらうつもりだった」


 ルクシエラの口調はあくまでも上品で穏やかな口調だったが、彼女から滲み出る憎悪を、憤怒を、激情をイラムは感じ取った。ルクシエラは利用されることを怒っていないかと胸中不安になったが、彼は怒るどころか口角を吊り上げて笑みを浮かべていた。


「……怒っていないの?」

「怒る? 何故だ? 俺は憤怒を体現せし者。私欲のために使われるのであれば俺も怒るが、復讐のため、憤怒のためとあれば喜んで力を貸そうではないか」


 そう言ってイラムはルクシエラに手を差し伸べた。


「さぁ手を取れ色欲。そして憤怒である俺を求めろ。この手を取った瞬間にお前は俺の協力者となる。そうなればお前は俺のために協力することを求められるが、その代りに俺もまたお前に手を貸そう」


 ルクシエラはイラムの顔と差し伸べられた手を交互に見る。そして彼女は迷うことなく差し伸べられたその手を握った。


「ふふふっ。それじゃあ、これからよろしくお願いするわね」

「フッ。喜べ色欲。これでお前の復讐は果たされる」

「色欲じゃなくてシエラよ。あなたこそ、私の夫となれることを喜びなさい」

「誰が喜ぶものか。それ以前に何故俺がお前の夫になどならなければならん」

「私があなたを気に入ったからよ」


 そう言ってルクシエラは握っていたイラムの手から手を放し部屋の外に出て行った。イラムはルクシエラが部屋を出て行ったことを確認するとまだ途中だった着替えを再開した。



◇◆◇



 悪魔にも食事と睡眠は必要である。なぜなら彼らには魔力と呼ばれる彼ら独自の生命力を維持しなければならないからである。魔力は彼らが力を行使するときに消費される。彼ら特有の固有能力であるノーマの使用もそうだがイラムの扱う炎、悪魔の自己再生にも全て魔力が使われている。彼らを殺す方法は脳や心臓を潰すことではない。再生が追い付かないほどの傷を負わせるか、魔力を空にさせるしかない。そのため彼らにとって敵となりえる者は同じ悪魔か、人ならざる力を持った各国の王のみである。

 話を戻そう。彼らが食事と睡眠を取るのはその魔力を回復、消費の削減をするためである。魔力は常に彼らの中で働いている。そのため魔力のスイッチの切り替えが非常に難しいのである。そのため彼らは食事を取ることで魔力を回復し、睡眠を取ることで魔力の消費量を削減する必要があるのだ。

 今は空に月が昇り始めた時間帯のため市場はやっていない。それどころかイラムが城を崩壊させたせいでどこもかしこもパニックになっており商売どころではないため食料を買うことはできない。かといって自宅にあるもので済ませようとしようにもイラムの自宅はほとんど人が住んでいない空き家のようなものであるため食料があっても腐っていることだろう。そしてイラムは今日だけでかなりの魔力を消費したためそろそろ活動に限界が来るころだった。死ぬまでに至らないにしても活動ができないのは困るため今日は彼は早めに休むことにした。


「さて、俺は寝る。お前も好きなところで寝るがいい」


 そう言って彼はベッドに潜り込む。だがルクシエラは辺りを見渡しても眠れそうなところが見当たらないため眠ろうとしている彼に抗議した。


「寝ろって言われてもねぇ……。寝る場所がないのだけれど?」

「あるだろ。そこの床が」

「まぁ! 自分はベッドで眠るくせに女性を床で眠らせるなんて、酷い殿方」

「言ってろ。ここは俺が家主だ。だから俺の言うことに従っておけばいい」


 そう言って彼は目を閉じ、彼女に背を向けて完全に眠る態勢に入る。ルクシエラはしばらくどうしようかと立っていたが、悪いことを閃いたと言うかのように笑みを浮かべた。


「……好きなところで眠ってもいいのよね?」

「ああ。そうだ」

「そう。なら好きなところで眠らせてもらうわ」


 そう言って彼女はおもむろに服を脱ぎだし下着すらも脱いで一糸纏わぬ姿になると、イラムの隣で横になった。


「……何故入ってくる?」

「あなたが好きなところで眠ればいいと言ったから好きなところで眠るだけよ?」

「……ベッドに潜り込むのは百歩譲って許そう。だが何故全裸だ? 服を着ろ服を」

「だってあの服装で横になったら折角のドレスが皺になっちゃうじゃない? それに、あなたも嫌いじゃないでしょう? 女の人の裸を見るのは」


 イラムは舌打ちをするが、結局追い出す気にもなれず彼女と共に眠ることにした。ルクシエラもまた彼の反応を面白がりながら彼の隣で眠りにつく。

 こうしてイラムにとっての運命の一日が終わった。だがこれはまだ始まりに過ぎない。彼がこの世界にどんな影響を与えるのか、それはまだ誰にもわからない。

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