第5話 悪魔

 ルーパはリリアを串刺しにして殺害したあと切断された右手を拾い、右腕にくっつける。切断された面同士がくっつくと傷がなかったかのように瞬時に再生し、手を握ったり開いたりと自分の手が正常に動くかどうかを確認する。


「ふむ、死ななければこれぐらいの傷はすぐに回復するか。さて、残ったやつらは殺しに参加した執事も含めて皆殺しにするか」


 そう思って玉座の間から出ようとするが、突然ルーパは部屋を支えている柱に向けてナイフを投擲し、投げられたナイフは柱に突き刺さる。


「そこにいるのはわかっている。さっさと出て来い。さもなくばこの部屋ごと城を破壊する」


 そう脅しをかけると、一人の女性が柱の陰から姿を現す。その女性はルーパに対し拍手をしながら彼を褒め称えるような口調で言った。


「素晴らしい復讐劇だったわ。あれがあなたの復讐? 私好みでとっても素敵」

「お前は……レーゼか」


 柱の陰から現れたのは今日に新人のメイドとして配属されるはずだった女性レーゼ。レーゼの今の服装はメイド服などではなく、彼女本来の服装であろう肩をはだけさせて胸元を強調し、滑らかな脚を晒しだした扇情的な漆黒のドレスだった。彼女の恰好は非常に目のやり場に困るものだったが、それと同時に人を惹きつけるものだった。


「レーゼは仮の名前。私はルクシエラ。シエラって呼んでくれると嬉しいわ」


 レーゼ改めルクシエラはハイヒールをコツコツと部屋に響かせながらルーパに近づいてくる。彼女の一つ一つの動作が妖艶で一度彼女を目にすれば女性であろうと惹きこまれそうなほどの色気を醸し出してる。だがそれに対しルーパは彼女を冷ややかな目で見ながら尋ねる。


「俺も悪魔になってようやく気付いたが、お前……同胞悪魔だな?」

「ええそうよ。私もあなたと同じ悪魔。あなたが憤怒を司っているのに対して私は色欲を司っているの」

「見ればわかる。会って数時間も経っていないがお前以外に色欲が務まる者がいるとは思えん」

「あら、嬉しいこと言ってくれるのね。ありがとう」

「…………」


 ルクシエラはルーパに対し警戒をせずに近づいてくるがルーパは敵意を隠す様子もなく、それどころか殺気を見せている。しかしルクシエラはルーパが殺気を見せているというにも関わらずに微笑みを絶やすことはない。それがまたルーパに怒りを抱かせていた。


「一つ質問がある」

「何かしら?」

「お前は今回のセイントオーダーにどう関わっている?」

「どう、というのは?」

「……やはり単刀直入に言おう。お前がリリアを誑かしたのか?」

「…………」

「答えろ!」


 ルーパの怒号が響き渡ると同時に殺気が強くなる。ルクシエラは歩みを止めるがその微笑みを絶やすことはなく言った。


「……私が彼女を誑かしたと言ったら?」


 その瞬間にルーパが見せていた殺気が殺意へと変わる。その殺意はビリビリと空間を震わすほど凄まじく常人ならば殺意に当てられただけで失神するだろうが、それでも彼女は笑顔を絶やさなかった。余裕なのか虚勢なのかは彼女を見ればすぐにわかるのだがルーパはその判断もできないほどに怒りで猛っていた。


「殺す!! 貴様がリリアの乱心の原因だと言うならば!例え同じ悪魔であろうと許さん!! 例え地の果てまで逃げようとも貴様を殺し、その魂を喰らうまで追い続ける!!」


 その様子を見たルクシエラはあくまで上品に、だが笑いを堪えるかのように笑みを浮かべる。彼女のその姿にルーパは更に激昂する。


「何が可笑しい!!」

「ふふふっ。ごめんなさい。だってあなたが直接手を下したはずのあの娘をまるで自分の恋人のように言うんですもの。それが面白くって、つい」


 ルーパは彼女の物言いに苛立ちが止まらなかった。今すぐにでも彼女を焼き殺し、その肉体をただの肉塊にしてやりたかったが、本能が彼女は危険だと言うかのようになかなか行動に移ることができなかった。


「安心してちょうだい。私はやってないわ。あの命令を下したのはおそらく彼女自らの意思よ」

「ならばなぜ悲劇が起こるとわかった?」

「簡単よ。あなたが人の憤怒、怒りに敏感なように、私は人の色欲、恋の話に敏感なの。今回のセイントオーダーは色欲に連なるものだったから私は感じ取ることができただけ」


 悪魔にはそれぞれ七つの大罪の一つを司っている。ルーパの場合は憤怒、ルクシエラの場合は色欲というようにそれらに対応する感情を感じ、聞き取ることができるのだ。


「……その話、本当だろうな?」

「ええ。折角のお仲間を減らすようなことはしたくないもの。私に利益がないわ」

「……そうか」


 ルーパは彼女の言葉が真実であると捉えると放出していた殺意を収める。ルーパが殺意を収めたことを確認すると再びルクシエラは彼に向けて歩き出す。彼女は話すのに困る距離はないにも関わらずルーパに不用意に近づこうとする。ルーパは「何故必要以上に近づこうとする?」と訝しげな表情を見せるが彼女は気にせずに近づいてくる。そのときふと、彼の鼻腔をくすぐる甘い香りが漂う。彼女の体臭である。動作、体臭、プロポーション全てが男を惑わせ落とすものであり、ルクシエラはもはや人を惹きつけるための体と言っても過言ではないほどの魅力を持っていた。


(甘い、臭いだな……)


 思わず彼女の魅力にぐらりと揺れそうになるが、すぐに復讐の怒りで我に返る。その様子を見たルクシエラは――


「あなたは、欲情しないのね……」

「あ?」

「私は色欲。私を見た者は誰であろうと私に欲情し夢中になる。そのせいで私は一国の王に狙われる羽目になったわ。でも、あなたは違う。私に魅力を感じながら欲情するどころか欲情しようとする自分を律している。あなたのような人は初めてだわ」


 ルクシエラの両手はルーパの頬に触れる。そして言葉を発していく度に彼女の顔は赤みを帯びていき今にも蕩けそうな恍惚とした表情で彼を見る。


「あなたみたいな人を落とせたらきっと、幸せになれるかしらね……」


 するりと彼の頬から首へ滑るように絡ませた彼女は静かに目を閉じ、彼を求めるかのように唇を近づけていく。その様子がルーパには亡き恋人を彷彿とさせ、思わず彼女の求めに応えてしまいそうになるが、再び復讐の怒りで我に返り人差し指を彼女の唇に当てることで接近を遮る。


「情が欲しいなら他を当たれ。今の俺には興味はないんでな」


 そう言ってルーパは彼女によって首に絡められた手を解き玉座の間から出る。


「……意地悪な人」


 思い通りにならなかったことで茫然と立っていたルクシエラだが、口角を吊り上げて微笑むとルーパのあとを追って玉座の間を出た。



◇◆◇



 玉座の間を出た二人は騎士たちに真っ先に狙われた。理由は単純だ。まだ女王が生きているものだと思い、彼女のセイントオーダーであるこの城にいる女を皆殺しにしろという命令を遂行するためにルクシエラを殺害しようとしているのだ。また、ルーパを女王の前に連れてこいという命令もあったため、ルーパは探す手間もなく彼らを襲いかかって来る騎士たちを返り討ちにしていた。


「死にさらせ!ヘル・ヴィング!」


 前方から来る騎士たちをルーパは闇の炎で焼き払う。高火力のその攻撃は騎士たちを一瞬で蒸発させ、塵も残さなかった。その様子を目の当たりにした騎士と共にメイドたちを仕方なく殺害していた執事たちは人のものとは思えない彼の力に恐れおののいた。


「な、何なんだよお前!何で俺たちを殺そうとする!?同じ執事の同僚だろう!?なのに何で!?」


 腰が抜けて立つことができない同僚にルーパは怒りを隠すことなく牙を剥く。


「貴様たちがッ!俺の仲間を殺した騎士と共にメイドたちを殺したからだ!!」

「し、仕方ないだろう!?リリア様のセイントオーダーなんだ!従わなかったら殺される!」


 死にたくなかったのだから仕方がない。そう同僚である彼は言った。


「ならば一つ教えておこう。女王リリアは死んだ」

「は?」

「俺がッ!この手でやつを殺したッ!」

「なっ!!?」

「だから安心しろ。お前らは人を殺さなくてもいい。命令を出したやつが死んだのだ。死んでも尚命令を守る必要はない」


 ルーパの言葉に同僚の執事は安心したのか瞳から涙を流した。それほどまでに仲間だった者を殺すことが精神にダメージを与えていたのだ。


「そ、そうか……よかった……ハハ……」


 他の執事たちも安心感から腰を抜かしへなへなと地面に座り込む。各々が泣いて喜び、そして殺してしまった者たちに謝罪をしていた。


「俺たちは……これからどうすればいいんだ……」

「そうだな。お前たちは――」


 次の瞬間に同僚の執事の首はルーパによってもがれ、首と胴体が離れ離れになっていた。


「ここで死んでおけ」


 ルーパの慈悲など微塵も見当たらない行動に他の執事たちは次々と悲鳴を上げて我先にと逃げ始めた。

 逃げ惑う執事たちを次々と殺害していくルーパに一人の執事が叫んだ。


「ば、化け物!」


 その言葉にルーパはピクリと反応し、彼はその動きを止める。そして振り上げていた腕を下ろしたところを見た執事は助かったのだと思った。しかしその執事の体は闇の炎に包まれ、悲鳴を上げる間もなくその体を跡形もなく蒸発させた。そしてルーパ以外にルクシエラしかいないその空間で彼は声高らかに叫んだ。


「化け物? ハッ! それは今の俺にとっての最高の褒め言葉だ!! 俺は悪魔! 慈悲を持たぬ悪そのものなり!!」


 声を張り上げて笑うルーパをルクシエラは背後で楽しげに上品な笑みを浮かべながら見つめていた。



◇◆◇



 城のロビーに向かった二人。ルクシエラはルーパはそのまま城を出るものだと思っていたのだが、実際は違った。


「この辺りか……」


 そう言って右腕の拳に闇の炎を纏い始め、力を溜めていく。その意図を察したルクシエラは黙ってルーパを見つめていることにした。

 そして彼の拳に溜まった力が限界を超えたとき、それは放たれた。


「ディザスター・レーヴァ!!」


 彼の限界を超えた一撃が城の床に向けて放たれる。拳は床に激突し崩落が始まる――と思いきや、床に穴が開くこともなければ崩落が始まる様子もない。彼の攻撃は不発に終わったかのように思われた。だがルーパは目的は果たしたと言うかのようにその場から立ち去り城の出口へと向かう。ルクシエラもそれに続いた。

 ルーパの一撃をまるでなかったかのように佇む城。だがそれは一瞬にして終わった。二人が門番のいない城の門をくぐり、街に繰り出したところでそれは始まった。まるで彼らが城を出るのを待っていたかのように彼が技を放って数分後に城は崩壊した。


「意外ね。私は城を焼却するのかと思ったのだけれど」

「別にどっちでもよかったんだが、やはり象徴となっていたものが崩れ去ったときの絶望感は人々の記憶に残る。それに、崩壊させた方が何かが起きたと知らせることができるだろう?」

「ふふっ。悪い人」


 彼らは城の前に集まってくる人だかりに逆らって人通りの少なくなった広場に出る。するとふと、ルーパは何かを思いついたかのように言う。


「そうだな……。俺は先ほど死んだ身だ。どうせだからこの名前を捨てようと思っている」

「そう。じゃあこれからあなたを何て呼べばいいのかしら?」


 少し逡巡するような素振りを見せ、彼は言った。


「イラム。それがこれからの俺の名だ」

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