第4話 人ならざる者
黒い靄が晴れるとそこには先ほど首を刎ねられて死んだはずのルーパがリリアの目の前に立っていた。リリアは驚きで固まってしまい何も言葉を発することができなくなっていた。
「……どうしてあなたが生きているの……?」
震える声でようやく出した言葉がそれだった。先ほど死んだばかりの人間が目の前で立っている。そのことに驚きを隠せないリリア。ノストリアには魔法というものは存在しない。そのため超常現象というものなどこの世界にはないも等しかった。ましてや死者の復活などという現象は起きるはずもなかった。ルーパはリリアを冷ややかな目で見つめながら言った。
「生きてる?それは違うな女王よ。俺は今でも死んでいる。そう。人間のルーパは死んだ。今ここに立っているのは、お前たちへの憤怒によって目覚めた悪魔だ!」
悪魔という言葉を聞いてリリアは震える。『ノストリアには悪魔は存在しない』それはこの世界にいる者ならば誰もが知っていることだった。いや、そのはずだった。悪魔などいない。そう否定しようにもたった今目の前の男は生き返って自分の目の前にいる。その事実は覆すことはできないためリリアは目の前にいるものが悪魔だと信じざるを得なかった。
「さぁ、今こそ復讐のときだ。俺はお前たちに復讐し、この腐った世界を破壊する!そのための一歩としてまずはお前を殺す。女王」
そう言ってルーパは袖の中にしまってあったワイヤー付きのナイフをリリアの首に向けて投擲する。その行動は一瞬の出来事で避けることどころかナイフを投げたということすら気づかないような速度で飛ぶナイフを、ただの選ばれて女王になっただけの平民に避けられるはずがなかった。
だがそのナイフは彼女の至近距離まで飛ぶと一瞬で地面に突き刺さる。ルーパはナイフに何が起こったのかわからなかった。
「ふふふっ。知っていますか?信仰の対象に選ばれた王は民衆から信仰という名の力を与えられる。その信仰は絶対のものであるが故に絶大な力を王に与える。その力があるからこそセイントオーダーという絶対命令権を行使することができるのですよ」
信仰は神にとっては己の力の源となるものだ。だがこのノストリアには神はいない。ならば信仰の対象となった王はどうなるか?答えは簡単である。信仰が多ければ多いほどにその王は神に近い力を手に入れる。
「……お前は最初から人ではなかったんだな……」
「いいえ人ですよ。ただ普通の人にはない優れた力を持っているだけですけどね」
事実リリアの言うとおり彼女はまだ人間である。神に近い力を持っているからといって不老ではないし不死でもない。ただ優れた力を持っているだけに過ぎないのである。もっとも、その力は普段は使われることはなく人の目に触れられることはない。使ってもセイントオーダーという絶対命令権を行使するときだけだが、今のように故人に向けて力を扱うという状況は王にとって非常に異常なことなのだ。
「ふむ、お前が人ならざる力を持っていることはわかった。だがそれがどうした?俺は既に人の身ではない。故に!お前が人の身である以上、俺がお前を殺せない道理はない!」
悪魔に殺せない者はいないと豪語するルーパにリリアは不敵な笑みを浮かべ、両手を掲げると言った。
「いいでしょう。ですがあなたに私は倒せません。なぜなら、私は世界そのものの力を操れるのですから」
そう言ってリリアは掌に黒い球体を作り出すとそれをルーパに向けて飛ばす。特別速いわけでもないその球体はある程度まで飛ぶと辺りのものを吸引し始める。
「!! ふっ!」
自身の体までその球体に引き寄せられているためルーパはナイフを投擲し、球体の中心に突き刺す。その途端にナイフの刃の部分は一瞬で消え去り、球体も消滅した。
「吸引、墜落、そして刃の消滅。それらのことからお前の能力は重力を操る力を持っているようだな」
「よくわかりましたね。そうです。私の能力は惑星の重力を操る力。今のは疑似的なブラックホールを作ったに過ぎません」
先ほどの球体は球体の中心に核を作りその核に向けて重力を働かせ、中心まで引き寄せられたものを超圧縮によって塵も残さないくらいにまで圧縮する使い捨てのブラックホールなのである。
「ふむ、流石の俺でもその人ならざる力で殺されれば死ぬだろうな」
「では降参しますか?」
「誰が降参などするものか!俺は例え死に目に会おうとも己の復讐を遂げるために何度でも!何度殺されようともお前たちを殺しにやってくるぞ!!」
「そうですか。ならば消えてください」
リリアはブラックホールを一個だけだが、先ほどのものとは比べものにならないほど巨大なものを作り、それをルーパに向けて飛ばした。最初のものは体を引き寄せる程度の引力しか持たないが、それが巨大なものとなると凄まじいほどの引力となり、引き寄せられる程度では収まらず、体がブラックホールに向けて弾け飛ぶような勢いで真っすぐ球体に向けて引き寄せられる。ルーパの体も巨大なブラックホールに向かって弾かれるようにして飛んでいるが、触れれば体が消滅するというのにさほど慌てる様子はなく、むしろこんなものかと失望しているかのようだった。
リリアはいくら正確にナイフを投げられると言ってもここまで巨大なブラックホールを消せるほどの手段を持っているはずがないと思いこの攻撃をしてきたのだ。実際、彼に巨大な球体を消すほどの手段は生前には持ち合わせていなかった。そう、生前には。「悪魔といってもただ生き返っただけの人間だろう」というその慢心が彼が人ならざる者だということを忘れさせていた。
「散れ。ヘル・ヴィング!」
その一声と共に彼の右腕から放出される高出力の闇の炎が、本来ならば吸い込まれて消えるだけであるはずのブラックホールの核を破壊し消滅させる。放出された炎は消えてしまったものの、炎の余波がブラックホールの背後に立っていたリリアを巻き込む。余波とはいえ、高出力の攻撃を受けたリリアは吹き飛ばされ、背後の壁に激突することでようやく止まった。しかも彼女の皮膚は所々火傷を負っていて炎の熱がどれだけ凄まじいものだったかを物語る。
「なんだ?人より優れた力というのはそんなものか?」
倒れているリリアに向かって悠然と歩を進めるルーパ。そして倒れていた彼女の首を掴みギリギリと力を込める。
「グ……ガ…ァ…ギ……ッ」
徐々に右腕に込める力は強くなっていき、リリアはその右腕から逃れるためにもがき暴れる。だが首を絞める腕の力が強く、逃れることができない。「もうすぐ止めをさせる」そう思いルーパは力を更に強め、一息に殺そうとする。
だがいつの間にか彼の右腕は切断され、宙にぶら下げられていたリリアは地面に落ちる。そして何が起きたと判断する前にルーパは多大な重力によって地面に叩きつけられる。
「ゲホッ……!ゴホッカハッ……!」
ルーパが地面に叩きつけられて動けない隙にリリアは酸素を目一杯取り込む。彼女は一か八かの賭けで重力を広範囲に広げるのではなく、狭い範囲に集中させて彼の右腕を切断し、何が起きたのか判断させる前に彼を最高出力の重力で地面に叩きつけたのだ。
「こ、これなら……動けない……でしょ……」
普通の人間が喰らえば全身の骨が砕け散るだけでなく塵と化して絶命するほどの威力を持っているのだ。いかに悪魔でもこれなら立ち上がれない。そう思っていたのだが――
「クハッ!クハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」
「!? ま、まだ生きているの!?」
「いい判断だった。普通の人間ならば死んでいただろう。だが!悪魔である俺を殺すには及ばなかったな。もっとも、俺も体はボロボロだがな」
そう言いながらルーパは地面に手をついて未だ重力により全身に多大な負担をかけられている状態で立ち上がろうとする。
「ど、どうして動けるの!?この重力の中でボロボロのあなたのどこにそんな力が!?」
「一つ言い忘れていたが、悪魔にもお前らと同じでノーマと呼ばれる固有の能力がある。俺の能力は超越。あらゆる限界を乗り越える能力、それが俺のノーマだ!」
超越、それは攻撃の威力だけでなく速度の限界、生命活動の限界、逆境さえ乗り越え、果ては空間や時間の概念すらも乗り越える力。彼は今、その能力を使って活動限界を乗り越えているのだ。
「そ、そんなの卑怯よ!そんな能力があったら勝てるわけないじゃない!!」
「相手を殺すことに卑怯もクソもあるか!お前もその力で一体何人殺した!己に力があることをいいことに殺しを楽しんだだけだろう!!」
地面に這いつくばった状態から完全に立ち上がったルーパは未だ負担がかかっている重力の中を一歩ずつ足を踏み出してリリアに向かって歩き出す。
「違う!違うッ!!私は殺してない!!」
「何が違うものか!貴様が殺せと命じた時点でお前は人を間接的に殺している!そして自身の理想とやらのために人の死を積み重ねる!貴様ら王はいつもそうだ!自分の理想だけを求めて現実を見ようとしない!そんなことだから貧困が生まれ、差別が生まれ、戦争が起きる!自分だけが特別だと思うな!!」
「いやッ!来ないで!来ないでッ!!」
ルーパの持ち上げる脚が重くなる。リリアが自身の体が悲鳴を上げるのも厭わず限界を超えて更に出力を上げたのだ。しかしそれでも彼の脚は止まらなかった。彼の体は既に限界の先へ来ているはずだが彼が歩みを止めることはない。なぜなら、今彼は己の憤怒という激情のみで動いているからだ。
そしてついに彼はリリアの目の前に立った。
「お前が選ばれた人間だというのは間違いない。だが!自分以外は特別ではないと思い、周りの人間を殺し始めた時点でお前はもう人ではない!!」
「違う……!違う……!」
そして耳を塞いで座り込んでいるリリアに向かって片膝をついて見下すのではなく対等な位置で言った。
「私は……あなた様にはそうなって欲しくなかった……」
「……えっ……?」
「人は皆一人一人が特別なのだと、それを知っていて欲しかった。人は誰でも誰かの特別になれるのだと。あなたにとって私がそうであったように、私にとってもあなたは特別になれるのだと」
先ほどまでの憤怒による口調とは一転してルーパはリリアが憧れたルーパの口調で穏やかに語りかける。
「人の特別になる方法は一つじゃありません。きっと様々な方法があります。私はあなたにそれを知っていて欲しかった。ですがあなたは人の道を外れてしまった……。あなたがそうなってしまったのはきっとそれをしっかり伝えることが出来なかった私の責任でしょうね……」
「ルー……パ……」
リリアは重力操作を止め、目の前にいるルーパの体に腕を回し、泣きじゃくりながら彼の胸に顔を埋める。それを見てルーパは彼女の頭に切断されていない左手を伸ばし、慰めるように頭を撫でる。
「ごめ……なさい……ごめんなさい……」
「大丈夫です。リリア様。私はあなたを許します……」
しかしルーパは突然リリアの首を掴み空中でぶら下げるように持ち上げる。リリアは一瞬何をされたのかがわからず、ただ彼に首を絞められているという事実しかわからなかった。
「だが
再び彼の表情は一転して怒りの形相で言った。
「死ね!!インフェルノ・シューラ!!」
そして彼女の足下から三本の槍が伸び、彼女の体を串刺しにする。彼女の口から溢れ出た大量の血液がルーパの顔にかかり、彼の顔を血で濡らす。
ルーパは絶命したリリアの首から手を放し、槍に刺さったまま宙吊りの状態の彼女に向かって言った。
「貴様に残す言葉など何もない。お前はただの俺の復讐の道への一歩に過ぎないからな」
そう言ってルーパは絶命したリリアに背を向ける。彼は彼女のために涙を流すことはなく、また新たな憤怒の炎を宿すのだった。
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