第3話 堕ちし者

 「以上がこの城の案内になります」


 ルーパは新人のメイド、レーゼに仕事を教えるため、城の設備と部屋を案内し終えたところだった。


「あなたは新人なので研修中であるここ二日の間は私が案内しますので、それまでに地図を頭に叩き込んでおいてくださいね。では次は仕事の内容についてに入りたいと思いますが、何か質問はありませんか?」


 質問がないか尋ねるとレーゼは質問があるかのように手を挙げる。


「凄く個人的なことになるのですけど、よろしいですか?」

「……個人的なことならばあとにして欲しいところですが、まぁいいでしょう」

「では質問です。ルーパさんはずばり、彼女はいらっしゃるのですか?」


 普通の人間ならばレーゼのような美人に「彼女はいるのか?」なんてことを言われたら驚いたり彼女のことを意識し始めたりするだろう。だが他人に感情を見せたがらないルーパは驚くどころかかなり冷めた目でレーゼを見つめる。


「……なんですか藪から棒に……」

「だって、ルーパさんみたいなかっこいい人がいるならメイドはもちろん、女王様も恋してしまうのではないかと思ったので」

「何を馬鹿なことを……メイドはともかくリリア様が私を好きになるはずがないでしょう?」

「でもそれが原因でこのあと悲劇が起こるとしたら?」


 レーゼは先ほどまでとは別人のような声色で言う。まるで今まで見せてきた姿は嘘だとでも言うかのように。豹変したレーゼの言葉でルーパは一瞬固まる。


「な、にを……」

「気をつけなさい。あなたが今から見るものは悲劇。憤怒で身を焦がさなきゃあなた、死ぬわよ」

「あなたは……」


一体何者?そう言いかけたときだ。近くから悲鳴が上がったのは。


「悲鳴!?」


 悲鳴は一つだけでなく次々と上がっていく。悲鳴に驚いたルーパは思考が中断してしまう。まさか本当にこれから悲劇が起こってしまうのか?と。そのときに脳裏には彼の恋人であるユウナの姿が浮かび上がる。だがこれが本当に悲劇とは限らない。そう思って後ろを振り返るがそこにはもう既にレーゼの姿はなかった。ルーパは胸に込み上げてくる嫌な予感を拭えないまま悲鳴が上がった場所まで駆け出した。


◇◆◇


 ルーパが向かった先はまさに地獄だった。使用人たちが次々と殺され、血みどろになりながら地面に倒れ伏す。しかも使用人たちを殺しているのはこの城を守るはずである騎士団たちであった。


「な、なぜ騎士団が使用人を……」


 彼らが殺しているのは主に女であるメイドが多く、執事たちはメイドを庇ったせいで殺されていた。だが騎士団と共にメイドを殺している執事もいることからルーパはある一つの結論に辿り着く。だがそんなことはありえないと信じたい。あってはならないと信じたかった。だがこの胸の奥にある嫌な予感は消えてくれない。


「あなたの……あなたの命令なのですか……リリア様……!」


 彼が辿り着いた結論とは、各国で信仰されている王が使うことを許される絶対命令権、セイントオーダー。それは何者も背くことは許されず、背けば最後、その場で首を刎ねられ殺される結末のみ。ルーパは男は生かされ、女は殺されるという状況を分析した結果、自分の仕えている主に今まで隠してきた自分に恋人がいることを知られたのではないかと思った。いずれにせよこのままではユウナが危ない。そう思ったルーパは急いでユウナが休憩しているはずの休憩室に向かった。


「無事でいろ、ユウナ!」


◇◆◇


 ルーパはひたすら走った。廊下に倒れている死体には目もくれず走り続ける。ユウナを助けなければ。その一心で走り続ける。そして休憩室のドアが開けられていたため急いで部屋の中に駆け込む。


「ユウナ!!」

「!! ル――」


 部屋の中にはユウナがいた。しかし彼女は今正に殺される寸前であった。ルーパは駆け出すが彼の位置からユウナまでの距離は遠く、とても助けられそうな距離ではない。そしてユウナはルーパが助けに来たということよりも死ぬ間際に彼に会えたことを嬉しく思いながら笑顔のまま首を刎ねられて殺された。


「――――!!!きっ……!」


 ぼとりと落ちた首の音と共に彼の中の感情が爆発した。


「キサマらァァァァァァァァァァアアアアア!!!!」


 袖と腰に携帯していたワイヤー付きのナイフを取り出し、騎士たちに向かってナイフを投擲する。そのナイフは騎士たちの鎧の隙間に吸い込まれるように正確無比に飛んでいき騎士たちを殺害する。騎士たちは――


「ルーパ・ディアフルだ!生かして捕らえろ!なんとしてでも捕らえるんだ!」


 騎士の人間たちは必死にルーパを殺さないようにするために盾で攻撃してくる。面積の広い盾による攻撃を避けるためにルーパはナイフを今度は高い天井に吊り下がっているシャンデリアに向けて投擲しワイヤーを引っ掛けることで宙に跳び上がり騎士の包囲から抜け出し、彼らの背後に着地すると鎧の隙間にナイフを突き刺していく。


「ぬァァァァァァアアアアアアアア!!!!」


 彼の怒りは止まることなく次々と騎士たちを殺害していく。だが増援により次々と現れる騎士たちを全員を倒すことはできず、ルーパは騎士たちに捕らえられてしまった。


「放せ!!放しやがれ!!!ユウナ!!ユウナァァァァアアアア!!!」


◇◆◇


 城にはあまり使われることはないが、選ばれたばかりで専属の使用人を決めていない王が己の専属の使用人を決めるために使用人一同を集め、そこから仕えさせる者を決める儀式に使うための玉座の間がある。そこにルーパは騎士に連行され、取り押さえられた状態で玉座に座っていたリリアの前に引きずり出される。


「ああ!ルーパ。私の王子様。私の初恋の人。よくここまで来てくれました」


 ルーパはリリアの恍惚とした表情をしている普段では絶対に見られないような豹変ぶりに驚くが、すぐに我に返り彼女に尋ねた。


「……何故ですか……何故!こんな命令をされたのですか!リリア様!!」


 彼は最後まで信じたくはなかった。彼女こそ仕えるに相応しい人物だと思って選ばれた瞬間からこの人のために命を捧げると決めていたはずなのに、こんな命令を出してまで彼女は何がやりたかったのかルーパは知りたかった。


「何故?そんなの……ルーパ。あなたに振り向いて欲しかったからに決まってるじゃないですか」


 何の戸惑いもなく言い切る彼女の姿にルーパは絶句した。他に何か理由があるのだと思った。いや、思いたかった。なのに、自分が考えてしまった通りの答えが返ってきてしまった。


「そんな……そんなことのためにユウナを殺したのか!!そんなことのためにお前のために仕えていたメイドたちを殺したのか!!そんなことのために……俺の仲間たちを殺したのか……!!」

「だって、ルーパの恋人が誰かわからなかったから。だから全員殺せばルーパに恋人はいなくなるって思ったの」

「――――!!」


 ギリッという歯ぎしりの音が玉座の間に響き渡る。そして彼の目にはこれ以上にないほどリリアへの憎悪の炎を目に滾らせる。


「またしても……またしてもお前たちは!!俺から大事なものを奪っていくのか!!またしてもォ!!!」


 リリアは必至に喚き散らすルーパをまるで失望したかのように冷めた目で見つめていた。そして――


「この人はルーパじゃありません。なので殺してもらっても構いません」


 と言い放った。そしてリリアの命令に従った騎士はルーパの頭上に長剣が構える。


「殺す!!殺す!!絶対に殺す!!!リリア―――」


 そして彼の首に剣は振り下ろされ、ルーパは絶命した。


「……さぁ、本物のルーパを探してきなさい。見つけられなかった場合はあなたたちも死刑ですよ」


 騎士たちにそう命令してリリアは玉座に座るために踵を返す。騎士たちも命令を遂行するために玉座の間から出て行こうとする。

 だが――


『…し…やる』


 どこからか声が聞こえた。それはリリアにも騎士たちの耳にも確かに聞こえた。だが声に靄がかかっているかのように上手く聞き取れなかったため気のせいだろうと思った。


『殺してやる』


 再び声が聞こえた。今度は明瞭に。だがありえないと彼女たちは思った。なぜなら、その声はたった今死んだはずのルーパのものだったからである。リリアたちは急いでルーパの死体に目をやる。目を向けたその死体には黒い靄のようなもので包まれており、死体がどうなっているのかがわからない。


『殺してやる!』


 だが声は確かにその黒い靄から聞こえてくる。そして声は段々と肌に突き刺さるような殺意を帯びていく。そして――


『殺してやる!!』


 次の瞬間には黒い靄が動きだし、玉座の間の出口付近にいる騎士たちに向かって飛んでいく。騎士たちは黒い靄に危険なものを感じすぐさま抜剣するが、黒い靄に触れた途端に剣は折れ、騎士たちの首はかぶっていた兜ごと消し飛んだ。

 黒い靄が騎士たちを全て殺すとそれは段々と人の形を模っていき、完全に黒い靄が人の形になるとそれは晴れる。黒い靄の中身は死んだはずのルーパだった。


「地獄から舞い戻ってきたぞ、女王。今から俺が裁くのはお前の命だ」

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