12月24日 PM10:10 @苫野浩三(山荘のオーナー)

 誰もが絶対に俺の存在を忘れているに違いない。


 苫野はそんな確信を持ってはいたが、ナイフ男や探偵にそこを動くなと言われた以上、椅子に座るわけにも行かず、長い時間、棒立ちに佇んでいた。


 若い者はともかく、年寄りの苫野に立ちっぱなしでの話は辛い。それも寒い吹雪の晩だ。


 足元から冷気が上がり、膝がずきずきと痛み出す。それに時間ももう遅い。普段ならとっくに眠っている時間なのだ。


 こんな騒ぎの中でも、あいつは寝こけてるんだろうな。


 暖かい布団の中の妻を思い、羨ましくなる。


 山荘に響き渡った悲鳴に、厨房を飛び出てみれば、二階の客室で殺人が起こったと言われ、驚いているうちに血まみれの男が現れ、あの飛び入り宿泊の夫婦が殺しを告白し、美人の女の子は血まみれナイフ男に人質に取られている。


 それなのに、この山荘のオーナーはほかでもない苫野だというのに、勝手に話は進み、その上、彼がひどくなる膝の痛みに気を取られているうちに、どうにも話についていけなくなってしまった。


 これも年のせいだとは言いたくない。けれど、若者たちの会話のスピードは新幹線並みに速く、苫野が理解する前にどんどんと先へ行ってしまう。


 殺人が起きた、そう言われたときには、客室の汚れ具合や、まだ支払いの終わっていないローンのことや――もちろん誰が殺人を犯したのか、そんな考えが頭を次々とかすめていったのだが、いまはそんなことはどうでもよくなっていた。



 苫野は、ただただ膝が痛かった。



 そして、彼が最も覚えてなくてはいけなかったこと――コンソメスープを温めるコンロの火が点けっぱなしになっていることも、忘れてしまっていたのだった。

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