12月24日 PM9:55 @鹿島香(太めの中年女)

「あ、何逃げようとしてるんですか」


 逃げようとした香の腕を、ぬぼーっと突っ立ち、二人が出て行くのにも気づかなかった自称・探偵が慌てて掴み、引き留めた。


「あなたたちも、立派な容疑者なんですよ」


 そして、いらないことを付け足す。


「言いがかりはやめて下さい」


 できるだけ落ち着きを払い、香は探偵を突き放す。


「大体、調べてもらえればすぐにわかることですけど、私たちはその事件とやらにまったく関係がありません。それなのに――」


「……殺したって言ったのは、あんたの夫だろ」


 大柄の大学生がぼそっとつぶやく。香はそちらをキッと睨みつけた。


「ですから、この人はいまちょっと不安定なだけだって言ってるじゃないですか」


「何だ? どうなってんだ、俺は――俺じゃなくて、お前らが殺したのか、その――」


 ナイフ男がこめかみを押さえる。香はいっそ馬鹿馬鹿しくなって声を張り上げた。


「だから、殺してないって何回言ったらわかるんですか! 大体、あの悲鳴が聞こえたとき、私たちは食堂に――」


「あ、その台詞、いいですね」


 黙って聞いていた探偵が嬉しそうに腕組みをした。


「悲鳴が聞こえたとき、あなた方は食堂にいた。うん、いいですよ」


「……馬鹿にしてるの?」


「いえ、とんでもないです」


 探偵はにやけながらも、ぶるぶるっと首を振った。


「けれど――そう。あなた方が食堂にいたことは、何のアリバイにもならないわけですよ」


「なぜ」


「なぜなら、女性の悲鳴が聞こえた――そのときに二階の女性が殺されたとは限らないからです。つまり……」


「つまり?」


「殺害時刻の偽装ですね。女性が殺されたのは、もっと前かもしれないということです」


「……この人、何言ってんの?」


 女子大生がつぶやく。大柄が、よくわからないというように首を振る。


 香も困惑したような笑みを浮かべた。


「私、ちょっとそういうのは……それって、小説やドラマの見過ぎじゃありません?」


「他にも可能性はあります」


 しかし、探偵は少しも動じずに芝居がかって人差し指を立てた。


「あなた方は二階の女性を殺してはいない。けれど」


「けれど?」


「もしかしたら、どこか他で殺人を犯し、この山荘へと逃げてきたのかもしれない」


 食堂を動揺が走った。驚いた皆の顔を嬉しそうに見渡し、探偵は続けた。


「どうです、当たりましたか? ついでに言えば、俺が殺した――そちらの男性は、殺人を犯し、そのショックで精神が不安定になっているんだ、そうでしょう?」


 ぐっと香は唇を噛んだ。


 なるほど、もっともらしい説だった。もちろん、真実・・とはまるで違うが、これでは真実・・のほうが分が悪い。


 かといって、こんな状態の夫をこれ以上興奮させるわけにはいかなかった。


「面白いお話だとは思います。けれど、証明のできない話をされましても」


「ですから、これから証明をしましょうと言っているんです!」


 何かのスイッチが入ったかのように、探偵が目を輝かせた。


「いいですか、これから私が皆さんのお話を聞きます。そして、そこから矛盾する箇所を導き、見事に犯人を推理して見せます!」


 さあ、というように探偵は両手を広げた。


「皆さん、ご協力ください。ここで一つの命が奪われました。その儚い命のため、卑劣な犯人の用意したアリバイを暴き、たった一つの真実を導き出すために、どうかご協力を――」


 そのとき、探偵の言葉を遮って、ナイフ男が言った。


「で、そういえば、殺されたのは誰なんだ?」


 皆がナイフ男を振り返った。


「だから、俺が殺したのは誰なんだ?」


「何を――」


 探偵が言いかけ、何かに気づいたように、まさか、とつぶやいた。


「まさか、二階から落ちたときに記憶喪失に……?」


 ややあって、ナイフ男が無言で頷く。


「マジで……?」


 大柄男が、間抜けな声を出す。隣の女が、うそ、とつぶやく。


「俺が……殺した……」


 隣の夫がつぶやき、香はその足をそっと踏みつけた。

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