12月24日 PM9:11 @榎本裕太(三枝美夏の彼氏)
一体何が起こっているんだ――窓の外から男を引っ張り込みながら、祐太は必死で回転が速いとは言えない頭で考えた。
女の悲鳴に、血まみれで二階からぶら下がったこの男。
ヒナ子を見つめていたという少年が、探偵だと言いだしたときには冷や汗をかきながらも笑い飛ばしたが、いまこの山荘で確かに事件が起きている。
「祐太と美夏が計画したもの」ではない、他の何者かによる事件が。
食堂の床に転がった男の体が毛布で包まれる。
やはりこの吹雪では、救急車がここまで辿り着くことは難しいらしい、と山荘のオーナーが困ったように伝えに来る。
クローズド・サークルの完成ですね、なぜか探偵――自称探偵がにやりと笑みを浮かべて、どこへいくのか食堂を出て行く。
血が怖いらしい翔平は、元々青白い顔をさらに白くして、いまにも倒れそうな風情である。
自分と同じく困惑しているだろう美夏を、祐太は振り返る。
一体何なのよ――目が合った美夏は、他の皆に気づかれないように顔をしかめて首を振る。私たちが起こす以外の殺人事件だなんて、ごめんだわ。
翔平はまだあれを渡してないよな、目顔で美夏に尋ねる。まだよ、美夏が答える。
あれ、とはヒ素を仕込んだ毒入りの角砂糖で、使う相手は――もちろん、ヒナ子だ。
もちろん、二人が疑われないように、翔平からのプレゼントの中身を事前にすり替えておいたものだ。
彼女は食後にコーヒーを欠かさない。そのコーヒーにヒ素を溶かし込み、飲ませ、死んでもらう予定だったのだ。
ヒナ子は罪な女だった。
彼女はその気がなくとも、道行く男性のすべてをその虜とし、だというのにあまりに簡単にうち捨てる。
あの子は、他人の気持ちが理解できないのよ、
涙は白い頬を汚し、色のない唇は力一杯噛み締められていた。
あの子は、他人のことなんてどうでも良いの。自分がちやほやされて、その瞬間が楽しければ、あとはどうだって――振られた側がどんな思いをするかなんて、一度も考えたこともないのよ。
黒いリボンで囲われた遺影を、目に焼き付けるように見つめる美夏の隣で、祐太は黙って立っていた。
写真の中で笑う彼は生き生きとしていて、棺の中で横たわっている人間とはまるで別人に見えた。
健介と祐太、美夏は家も近所で、幼稚園のときから大学に入るまで、親も呆れるほどの仲良し三人組であった。
その大学で、健介がヒナ子に一目惚れしてしまう前までは。
いつまでも三人組だ、そう言って笑い合っていたというのに、その一人が最悪の形で欠けてしまった。
そして残された二人の心を襲ったのは、悲しみなどという生半可な感情ではなかった。血の通う心臓を、無理矢理半分千切られたような、そんな激しい痛みだった。
件のヒナ子は、健介の葬式に姿を現わしもしなかった。美夏の言う通り、彼女にとって健介は取るに足らない存在だったのだろう。
黒い服で埋め尽くされたその長い日を終え、帰りに二人は喫茶店に寄った。高校時代から三人で良く無駄話をした喫茶店だった。
店のマスターは、何も言わずに三人分のコーヒーを出してくれた。ソーサーに載せられた角砂糖の数も正確だった。
三人の中で、健介だけが三つも角砂糖を入れた、甘すぎるそれを好んだのだった。
それを見たとき、祐太はふと口にしていたのだ。このままじゃ、あいつが可哀相だ、と。
二人は、健介の代わりに復讐を果たすべく計画を練った。
美夏はヒナ子に近づき、情報を集めた。
そして、健介の二の舞になりそうな男――彼女にとりわけご執心な金沢翔平という男子学生の存在を見つけたのだ。
美夏と祐太の代わりに犯人となる人物である。そのための工作も念入りに打ち合わせてきたはずだった。
それなのに――。
謎の自称探偵は現れるわ、山荘に響き渡るほどの女性の悲鳴、それからこの血まみれで二階から落ちてきた男。
今夜中に――健介の死んだクリスマス・イブのこの日の夜にヒナ子を殺そうと誓ったにもかかわらず、この騒ぎではどうすればいいものか見当も付かない。
「皆さん、聞いて下さい」
先ほど出て行った少年探偵が――いや、名刺によれば大学院生である彼は祐太よりも年上に違いないが――大きな声で呼びかける。
そして、皆の注目が集まるのを見計らって、両手を広げ、朗らかに宣言した。
「二階の客室に、女性の遺体がありました。これは、殺人事件です」
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