12月24日 PM8:35 @梶原ヒナ子(美人の大学生)
何でもいいから、おいしいもの食べたかったなあ。
出てくるのが遅いわりには味にも盛りつけにもセンスの感じられない料理に、ヒナ子はそっとため息をついた。
料理もそうだが、カトラリーもろくに手入れがされていないらしく、フォークは銀が曇っているし、ナイフにいたっては柔らかなチキンさえうまく切れない。
だって、これなら私が作ったほうがましだもの――
焦がしたり、逆に生だったりと、のんびり屋の彼女がまともに作れるものは少なかったが、少なくとも材料を調達する金に糸目をつけないぶん、食べられる部分はそれなりに美味しいのだ。
けれど、彼女の食が進まないのは、料理のせいばかりではなかった。視線が――どこからか監視するような視線が、彼女からずっと離れないのである。
「ヒナ子さん、どうしたの?」
しっかりと彼女の隣をキープした翔平が、心配そうに覗き込む。
「調子悪い?」
「ううん、そうじゃないの」
ちら、と顔を上げる。視線の主が、つと目を逸らす。
「あの子がどうかした?」
「何だか、ずっと見られてる気がして……」
「そういえば、あいつ、何なんだろうな」
二人の会話を聞きつけて、テーブルの向かい側に座った裕太が声を潜めた。
「最初はここの息子かと思ったんだけどさ」
そう言って、ちらりと少年を見やる。ヒナ子たちが到着したとき、階段の上にいた少年である。
美夏がどうでもいいとでも言いたげにフォークを空中で振った。
「違うでしょ。オーナーのオジサン、あの子にも給仕してたし」
「だよな」
祐太が頭を掻く。
「でも、どうみても高校生くらいだろ? 他に客もいないみたいだし、高校生が一人でこんなところに泊まるか?」
しかもクリスマス・イブだぜ、と付け加える。
「あ、でももう一組、お客さんいるみたいだったよ」
美夏が思い出したように言った。
「でも、若い人たちで、全然あの子の親って感じじゃなかったけどね。さては、彼女にすっぽかされたな」
「けど、それにしては落ち込んでる風でもねえしよ」
「じゃあ――家出、とか?」
ぽろり、とヒナ子の口から出た言葉に、美夏と祐太が同時に叫ぶ。
「それだ!」
「おい、聞こえるだろ」
慌てて翔平がなだめる。
「聞こえても、自分のこと話してるだなんて思わないわよ」
涼しい顔で美夏。
「堂々と話したほうが気づかれないわ」
「けど、家出だとしたら、警察に届けた方が良くないか? 親が心配してるんじゃねえ?」
「高校生なんだから平気でしょ。それにいま通報したって、この吹雪よ。警察が来れると思う?」
「それでも、居場所だけでもわかってたほうがさ」
謎の少年を、家出高校生と結論づけた二人は心配しているのか、それとも野次馬根性を見せているだけなのか、いやに盛り上がっている。
でも、どうしてあの少年は、ずっと私を見つめているのかしら――ヒナ子はため息をついた。
あの少年に見覚えはない。見られるようなことをした覚えもない。
それならば、またいつものこと――彼もきっと私に恋をしてしまったのだ。
いままでも、何度も経験がある。たった一目ヒナ子を見ただけだというのに、彼女を運命の人と決めつけて、愛の告白をしてくる。
それも、独り身の男性ならましだ。既婚者の心をも、彼女は知らず知らずのうちに射止めてしまう。
罪なことだわ――ヒナ子自身そう思わないこともないが、彼女が特別に何かをしているというわけではないのだ。どうすることもできない。
こんなひなびた山荘を訪れてまで、こんな思いをすることになるだなんて。ヒナ子は珍しく苛々を募らせた。
すると、それに敏感に気がついた翔平が、眉をひそめて立ち上がった。
「それにしても、ヒナ子さんのことをずっと見てるだなんて、失礼なやつだな。俺がちょっと言って――」
「あ、いいの、そんなこと――」
とっさにヒナ子が翔平を引きとめようとした瞬間、ガタン、と大きな音を立てて、少年がテーブルから立ち上がった。ひそひそ話をしていた四人は、思わずびくりと凍りつく。
「聞こえてた……?」
しかし、少年はそんな素振りも見せずに、真っ直ぐに食堂を出て行く。
「とりあえず、よかった……」
ヒナ子がつぶやく。入れ違いに、中年の夫婦がおずおずと食堂に入ってくる。
その直後、山荘をつんざくような悲鳴が響いた。
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