12月24日 PM7:50 @苫野浩三(山荘のオーナー)
吹雪は一向に止む気配を見せず、それどころかますますひどくなっていくようであった。
この苫野山荘は、十年前のリフォームで内装はそこそこの清潔さを保っているものの、築六十年ともなる骨組みはぎしぎしと嫌な音を立て、いまにも崩れ落ちそうである。
こりゃあこの冬を越せるかどうか、と苫野はフライパンに味付けしたチキンを並べながらため息をついた。
クリスマス・イブということもあって、今宵の宿泊者には特別なメニューを出しましょうよ、そう言いだしたのは、共にこの山荘を切り盛りする妻だった。
チキンの丸焼きに、デザートにはケーキとシャンパンの特別サービスをつけて……そうすれば、多少はお客も増えるわよ。
しかし、妻の思惑は見事に外れた。
いや、外れたというより、クリスマスの特別メニューなどで客寄せをしようというほうが間違っていたのだ。
第一、それくらいのサービスなら他のお洒落なペンションも行っている。こんな古ぼけた山荘に客を呼ぶのなら、もっと特別な方策が必要なのだ。
例えば、屋根の上から花火を打ち上げるといったくらいの。
そんなことしたら火事になって丸焼けじゃない、妻は呆れたようにそう言った。花火で燃やしただなんていっても、火災保険は下りないわよ。
それはその通りだった。山荘が燃えても、後に残るのはリフォームのローンだけ。
けれど苫野は内心、それでもいいと思っていた。元はと言えば、妻の父親が始めた山荘だ。
始めた当時は繁盛したらしく、その当時に買った調度品はかなり高価なものだといって、妻はそれらに指一本触らせてくれない。
しかし、苫野にしたら、そんな高価な物は宝の持ち腐れとしか思えなかったし、過去の栄光にすがる妻と共に、こんなところで一生捕らわれたままかと思うと、ぞっとするものがある。
そのとき、ピーピー、と頭上でけたたましいアラーム音が鳴り響いた。火災報知器だ。苫野は舌打ちをして、その機械の電源を引っこ抜いた。
チキンソテーのような、フライパンから煙が出るような料理に、この機械はすぐに反応してしまう。
と、そうする間に、フライパンのチキンは焦げ付きそうになっている。扉一つ隔てた向こうの食堂では客が次の料理を待ちわびている。
こんなに忙しいのも、あいつが風邪なんか引くからだ。
苫野は苛々しながらも、コンソメスープの火を点け、人数分の食器を並べながらも、ソテーを焦がさないことに集中した。
普段は厨房担当である妻が、今日は風邪を引いて寝込んでいるのだ。それもこんな忙しい日に限って。
それでも妻が当てつけのように密かに山荘に来ていることを彼は知っていたが、どこにいるのか姿は見えない。大方、地下の事務室でいびきをかいているのだろう。
ったく、どうして俺がこんなことを。
胸の内で悪態をついたとき、ふと玄関から呼び鈴の音が聞こえた。
客は全員揃ったはずである。一体誰が――
不審に思いながらもそそくさと厨房を出ると、そこには全身雪にまみれた中年の夫婦が凍えていた。
妻の方は太り、旦那の方はやせ細っている。まったく男が大変なのはどこも変わらないもんだな、苫野は八つ当たりのように考える。
「あの、すみません、予約はないんですけれど、部屋は空いているかしら……」
マフラーを首に何重にも巻いた妻が、助けを求めるように苫野に言った。彼女の傍らで、夫の方は寒さに凍りついてしまったかのようにぼうっとあらぬ方を眺めている。
「はあ、まあ、空いていますが」
苫野は気づかれないようにため息をついた。金が入る、という嬉しさよりも、いまはこれ以上仕事が増えるのはごめんだという気持ちのほうが大きかったのだ。
しかし、外は吹雪。このまま追い返すのも可哀相だろう。
それに、まさか手配中の逃亡犯というわけでもないだろうからな。
山奥の山荘という土地柄、犯人が潜伏するのにうってつけだと思われるのだろう、何か事件があるとすぐに警察がポスターを持って現れる。
けれど、目の前の夫婦の顔はその写真の中のどの顔にも似ていなかった。
似ていると言えば、どこかで見たことがあるような気もするが。苫野はそんなことを考えながらも、渋々頷いた。
「それではどうぞ、こちらへ。お部屋へご案内します」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます