オレとメガネ
オレとメガネ
ずっと黙っていたことがある。そう切り出されて、オレは、言葉の続きを待った。
オレの部屋。乱雑に服とか脱ぎ散らかしたままで、布団もよれているのが、やけに目に付いた。
オレの向かいに座って、教科書から顔をあげて、奴は言った。
「実は俺、メガネが本体なんだ」
「はあっ⁉︎」
返事するのに、一秒も待てなかった。考える暇はない、必要ない。何を言い出すんだお前は。
こいつが、視力はそこそこいいくせに、黒板が見えにくいと言って前の席に変わったり、メガネを掛けたりし始めたのは、最近のことだ。つまり。
「お前、前はメガネ掛けてなかったじゃねーか! それまでは何だったんだよ。メガネの亡霊かよ!」
「その辺はあんまり覚えてなくて」
「意味が分からん」
「俺も」
しん、とした室内で、オレは頭をゆっくり振る。
「何でメガネ」
「何でって言われても。最近急に自覚したんだ。お前は、自分の本体がどこなのかって、すぐ分かるの?」
「そりゃそうだろ!」
オレは、どん、と自分の胸を叩く。室内の鏡に映ったオレは、ふてぶてしく笑みを浮かべている。オレはオレだろ? この体がある。ちなみに勉強の成績は微妙。
「もういいや。メガネの話は無し。テスト前の詰め込み暗記しに来たんだろ。続けようぜ」
「そうなんだけど」
相手は言いよどむ。顔には、知的ぶった、細い金属フレームのメガネ。つい、それを見ながら話してしまう。
あいつはメガネを外して眉間をもむ。メガネ本体は無造作にたたまれて、床へ。それ、本体なんじゃなかったのか。メガネが離れていても、遠隔で体を操作できるのかよ。
「信じてくれなくてもいい。ただ知っておいてほしかったんだ。俺が、メガネだってことを」
「メガネ型宇宙人なわけ?」
「宇宙人? なのかなあ」
だんだんしんどくなってきた。真面目に、メガネ型宇宙人について考えそうになるのを、どうにかやめなくてはならない。
「……何か飲もうぜ、気分転換」
オレは立ち上がる。たぶん受験勉強疲れなんだ、オレ達は。朝の三時まで勉強してる同級生なんて、小人さんが見えるって言ってたしな。こいつが、メガネが本体だって突然思い込んでも、おかしくはない。いや、おかしいけど。
いきなり立ち上がったせいで、足がふらつく。
「おっと……」
直後、事件は起こった。
めきゃ!
とてもウキウキした、楽しそうな音がした。
「えっ」
相手の顔が、真っ青になる。オレもだ。
部屋の中。メガネを。さっきあいつは。床に。置いていて。
「うわっ、あの、ごめん!」
オレは足を持ち上げる。足元の床に、ぐしゃりと、ひしゃげたメガネがあった。レンズは欠けてない、無事か。
真っ青になった相手が、絶叫をあげて倒れた。
「何やってんの!」
階下から親の叫び声。ヤバイ、こいつのメガネ踏んだのバレたら怒られる、でもそれより、もっとヤバイことがある。
「救急車! メガネが! 死んじまう」
……オレ、ばかなのかな。何でこいつのことメガネって呼んだんだよ。メガネが本体とか、こいつの冗談だってば……たぶん。
なかなかそうは思えないくらい、絶叫は長く続いた。
※
「メガネ?」
タクシーで運ばれた先。病院で、医者は顔をしかめた。
「メガネって。生命反応がないのに、生きてるわけないでしょ」
生命反応がないって、あんたら調べたのかよ!
オレだって信じたくないけど、あいつ、メガネを踏んだら壊れたんだ。
「しばらく休みなさい、メガネは直せるんだから」
「メガネっていうか、あいつは?」
医者は、少し目を細めた。忘れてしまった何かを思い出すみたいに。
オレは焦る。
「メガネが本体なんだって、あいつ言ってたから。オレが踏んだから、こんなことになったんだろ」
医者は首を傾げてから、ここは総合病院だから大丈夫だよと答えた。
「大丈夫。何とか、うまくやっていける方法を見つけよう」
※
医者は思い切って口を開いた。
「息子さん、受験ノイローゼ気味ですね」
「はぁ……ご迷惑をお掛けしてすみません、うちの子の、しょうもない冗談だとは思うんですけど。メガネっていうか」
「以前からですか? メガネの話は」
「あの子、メガネを掛けた誰かと喋ってるつもりになってるって本当ですか? ずっと、独り言だと思ってたんですけど。勉強中に、暗記とかのためにやってるんじゃなくて……?」
「ご自宅だけではなく、病院内でも症状があります。トイレの鏡なんかで自分を見ると、それと話しているようなので」
「はぁ……」
廊下に出た親の手には、壊れたメガネ。
少し気味が悪いが、直したほうがいいだろう。
医者と親の振り向いた先。
一人部屋の病室は静まり返っていたが、しばらくして、話し声が聞こえてきた。
#ヘキライ 12/24開催第6回お題メガネ
参加作品の再録です(http://ncode.syosetu.com/n9497dr/2/)
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