第123話 救援要請 その5

 こうして雲を掴むような意見交換は続き、話は結論に辿り着く事なくあーでもないこうでもないと迷走を続けます。いつまで経っても終わりの見えない話し合いに困り果てたうさぎは、不安そうな顔でりんご仲間達に声をかけました。


(あの、話は終わりましたか?)


「や、ちょっと待って。星を越えて移動するんだから、そんな簡単には行かないよ」


 泰葉はうさぎの言葉をもっともらしい理由をつけて先延ばしにします。何せこの場に5人いるので意見もバラバラ、中々話だってまとまらないのも当然です。

 うさぎは彼女の言った理由に対する不安を解消しようと、軽くみんなに向かって説明しました。


(いえ、移動は一瞬で終わります)


「えっとね、そう言う問題じゃ……」


 泰葉は誠実に答えたうさぎの論点をしれっとずらしました。その対応で移動の問題がただの言い訳に過ぎないと察したうさぎは、その前の段階で揉めていた話題の思い返して、そちらの問題点も潰す事にします。


(月にもちゃんと人は生活していますし、空気もしっかりありますから)


「月に人がいるの?」


「嘘でしょ?」


 うさぎのその言葉に泰葉とセリナがほぼ同時に反応しました。ワンテンポ遅れたゆみは素直に驚いた2人と違い、呆れ顔でファンタジーな返事を返します。


「まるでかぐや姫の世界だ、はは……」


「メルヘンですぅ~」


 鈴香はいつも通りのゆる~い反応でした。こうして5人の内の4人がうさぎの言葉に驚く中、1人アリスだけがどことなく真剣な顔をしています。


「月に人……確か聞いた事がアリマス」


「え?何?アリス」


「月には人工建造物があるッテ……月の裏側にも秘密ガ……」


 彼女の言葉を聞いた泰葉がセリナの顔をじっと見つめました。


「そうなの?」


「私は知らない」


 2人のそんなやり取りを見て誤解させてはいけないと感じたアリスは、両手をデタラメに振り回しながらすぐに真相を口にします。


「あ、飽くまでもそう言う噂デス。私も100%信じている訳では……」


「ああ!都市伝説みたいなアレか!」


「そ、それデス!」


 泰葉はまだ腑に落ちない顔をしてましたが、流石セリナはすぐにピンときてアリスの話の内容を把握しました。その後もうさぎの話について話があっちに飛びこっちに飛びしてしまい、やっぱり議論は終わりを見せる気配がありません。

 ずっとその様子を静観していたうさぎも段々と痺れを切らしてきました。


(えーと、まだまとまりませんか?)


 イライラしているホログラムに対し、腕を組んだままのセリナが根本的な質問をぶつけます。


「あの、ひとつ質問があるんだけど、その頼みってすぐに終わるような簡単なものなの?」


(そうですね、上手く行けば……)


「何その含みのある言い方……。ちょっと不安になるんですけど」


 5人の中でもかなり心配性な彼女は、不確定な要素があると言うだけでこの話に乗り気にはなれないようでした。話の雲行きが怪しくなってきたと感じたうさぎは、すぐにさっきの言葉を誤魔化そうと明るいトーンで声を弾ませます。


(大丈夫です大丈夫!すぐに終わります!)


「ちょ、余計に怪しいよ。ねぇ、やっぱここは……」


 話が簡単に前言撤回レベルに変わった事をセリナは訝しみます。こうしてうさぎの話は怪しいので断ろうと言う空気が形成されかける中、最初に声を聞いた泰葉はうさぎの映像の目の前まで近付くと、目線を合わせようとしゃがみ込みました。


「うさぎさんは困ってるんだよね?」


「ちょ、泰葉!」


 1人で話を勝手に進めようとする彼女に、セリナが声を荒げます。泰葉だって負けじと声を張り上げました。


「助けを求めてるんだよ!話くらいは聞こうよ!」


(有難うございます。では皆さんを月へご招待します)


 自分の話を受け入れてくれたと感じたうさぎは、早速5人全員を月に転送しようとします。流石にいきなり地上を離れる感じになるとは思っていなかった泰葉は、ここで急にうろたえ始めました。


「や、まだ心と色々な準備があの」


「はい、着きました。ようこそ月の宮殿へ」


 さっきうさぎが言っていたように月への転送はほんの一瞬の出来事でした。瞬きする暇すらもありません。気がつくと周りの景色がガラッと変わってしまっているではありませんか。

 うさぎの言っていたように確かにそこは宮殿の中だったのです。


 テレビやネットでしか見た事のないような荘厳な内装、真っ白な壁、高い天井、天上には幾何学模様のステンドグラスのような美しい細工がなされ、更に床も大理石のような石が敷き詰められています。

 何も前情報がなければ、ここが月の中にある建物だと言われても誰も信じられない事でしょう。


「え、嘘?」


「もう月?」


 泰葉とセリナも一瞬で変わってしまった周りの景色に全然実感が沸かないみたいで、キョロキョロと動かす視線の動きを止める事が出来ません。ゆみも事態を把握しようと腕を混んで考え込み始めました。


「どう言う仕組み?」


「メルヘンですぅ~」


「大変な事になりマシタァ~」


 この突然の変化には一番冷静だったはずのアリスでさえ混乱させてしまうレベルの衝撃だったようです。目の前に地上ではホログラムだった喋るうさぎの本体がそこにいると言うのに、その事に誰も気付かないほど。

 で、そのうさぎですが、全員の心が落ち着くまでただ静かに待つばかりなのでした。


 本当にここはうさぎの言うような月の宮殿なのか、本当に一瞬で月にまで飛んできてしまったのか、うさぎは5人に何をさせようとしているのか――まだまだ謎が謎を呼ぶばかりです。

 こうして5人による月の冒険の幕が切って落とされたのでした。

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