月の冒険
第124話 月の冒険 その1
5人が連れてこられた月の宮殿には多くの人々とその人に付き従ううさぎが大勢歩いています。人とうさぎの関係がどんなものかは見ただけでは分かりません。
けれど、人とペットという関係ではなく、人と親しい隣人のようなそんな関係に見えました。やはり意思疎通出来るのと同じ二足歩行が出来るからなのでしょう。
月の住人の皆さんの服装はどこかエキゾチックで最新のファッションショーのモデルが着るような服を着ています。洗練はされているのですが、無駄な飾りもついていたりして。色使いは大人しめな感じの人が多い雰囲気でした。
室温が調整されているためか、皆さんそんなに着込んでいる風ではありません。ただし、足や腕をあからさまに見せる服装の人は見当たりませんでした。この場所が、日本の気候で言う秋のような温度設定だからでしょうか。
そんな月の人に付き従ううさぎは当然のように裸なのですが、体毛がもふもふしていて何の問題もなさそうです。全然汚れていない真っ白な毛並みが、この建物内の清潔さを表しているよう。
初めて見る月の宮殿の光景を前に、5人全員が周りをキョロキョロ見回していて全く落ち着きがありません。そこで仕方なく、みんなを連れてきたうさぎがわざとらしく大きな咳払いをします。その音に、やっとみんなは目の前にいるうさぎの存在に気付きました。
5人分の視線を一度に浴びて、うさぎはやっと話が進められるとニッコリと笑顔を浮かべます。
「それでは、どうぞついてきてください」
いきなりそんな事を言われてもと、みんなは動揺するばかりでした。
けれど案内役のうさぎがスタスタと歩き始めたので、仕方なくついていくしかありません。先行するうさぎに追いつこうと頑張りながら、泰葉は口を開きます。
「ど、どこに行くの?」
「姫がお待ちです」
この返ってきたシンプルな答えに、泰葉は隣を歩くセリナの顔を見つめます。
「姫だって」
「何だかそれっぽいね」
5人の中ですぐにうさぎの後に付いていったのは泰葉とセリナと鈴香でした。アリスは戸惑っているだけなので、落ち着いたらすぐに追いかけてくるでしょう。
問題はこの状況を全く受け入れようとしていないゆみです。彼女は、この展開に何の疑問も抱かずに流れていく友達に異を唱えます。
「ちょ、あのうさぎについて行くつもり?」
右も左も分からない世界で個々が思い思いの行動をして結局途方に暮れるより、案内してくれる存在に従った方が楽と言うもの。ゆみの訴えに対して、泰葉とセリナはお互いに顔を見合わせます。
「そりゃあ、ねぇ?」
「ここは話に乗る流れでしょ」
「早く行こうよぉ~」
鈴香にも無邪気に急かされてしまい、ゆみは言葉が返せなくなりました。アリスもまた戸惑う彼女を見つめます。
「ゆみサン……」
「あ~もー、分かったよ、じゃあ行くよ私も!」
味方が誰もいない事を悟った彼女は、先行するみんなのもとに走って追いつきます。それを見てアリスも同じようにしました。
全員がうさぎに追いついたところで、気持ちに余裕が出来た一行はそこから見える景色についてそれぞれが感想を口にします。
「すごいデスネ~」
「ここ、本当に月なの?」
月っぽさの全然ない人工物で溢れたこの景色に、泰葉は疑問を覚えました。案内うさぎは背後からのこの質問に振り返らずに答えます。
「勿論」
「だって……全然そんな風に見えない」
その答えに全く納得の行かない彼女は首を傾げるばかり。ただし、うさぎの言葉に納得したりんご仲間もいました。それは普段から色んな物語を楽しんでいるセリナです。
「地下なんでしょ」
「えっ?」
「こう言うの、映画とかで見た事ある」
彼女のその言葉を聞いても泰葉はすぐにはピンと来ませんでした。セリナは似たシチュエーションを映画で見たそうなのですが、泰葉はそう言う話の展開をする物語、SFをあまり見た事がなかったのです。
彼女が頭の中をはてなマークで踊らせる中、うさぎはセリナの推測にうなずきます。
「はい、そうです。地上には住めませんからね」
それから一行は透明なチューブの伸びる場所に辿り着きました。チューブはずっと上の方まで続いています。どうやらこの施設は月の宮殿のエレベーターのようです。しばらく待っているとドアが開き、みんなはこのエレベーターの中に入りました。全員が入室したところでドアが閉まり、エレベーターは上昇を始めます。
周りが見えるエレベーターの中、みんなは外の景色を見るのに夢中になりました。上昇していく建物の様子を見るのは自分が飛んでいるみたいでとても面白いものですからね。ただ、泰葉はこの展開に疑問を覚えます。
「どんどん上昇してるんだけど」
「姫は最上階にいますので」
うさぎは建物上部に向かう理由をさらっと口にします。それを聞いた泰葉は、自分達を呼んだ張本人の姫と言う存在に想像力をフル活動させるのでした。
エレベーターはその後も一度も止まる事なくまっすぐ昇り続けます。その事から、このエレベーター自体が姫のいる場所までの直通だと言う事がうかがわれました。上昇し続ける中、ずうっと天井を見上げていた鈴香は目をキラキラと輝かせてうさぎに質問します。
「そこからなら地球が見える~?」
「ええ」
望んでいた答えが返ってきたのもあって、興奮した彼女は親友の体を掴んでそのテンションのままに前後に激しく揺らしました。
「うわ~すっご~い!ゆみちゃ~ん!」
「分かったから、揺らさないで」
こうして全員がこの状況に慣れて気持ちに余裕が出来たところで、アリスがポツリと今の気持ちをつぶやきます。
「まるでSFみたいデスネ」
「みたいって言うかSFだよ……」
セリナはすぐに彼女の言葉を訂正します。この月の文明は現代の地球文明より遥かに進んでいるのは間違いありません。SF映画で見るような光景が目の前で展開されているのですから。誰もがこの先の読めない流れに対して多くの不安と僅かな希望を抱いていました。
これからりんご仲間達は、この文明に中心にいるであろう姫と言う存在に会う事になっています。だからこそ、みんなの興味は自然とその事に移っていきました。
「姫って一体どんな感じなんだろう?」
「うさぎなのかな?」
泰葉とセリナのこの会話を聞いたうさぎは、すぐにその想定を否定します。
「いえいえとんでもない。姫は人ですよ」
「人間なの?」
泰葉はうさぎの言葉に、宮殿内を歩いていた人々の姿を想像しました。するとうさぎはすぐに説明を続けます。
「そうですね、月人と言うのが正しいでしょうか」
「付き人?」
「いや、多分その想像しているのは違うと思うよ」
泰葉のこのボケにセリナが突っ込みます。この会話にうさぎは少し呆れた顔になりました。
「月の人で月人です」
「ああ、そう言う……」
つきびとではなくつきひとだと言う事が分かって、泰葉は納得します。
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