第122話 救援要請 その4

 その言葉を聞いて同じように空を見上げた泰葉は景色の感想を彼女に返しました。


「本当だ、幻想的だね」


「ま、そんなに珍しい気象現象でもないけど」


 ここで2人の会話にセリナが割って入ります。確かに真昼の月は割とよく見かけるもので、見る人によってはそこまで心を動かすものではないのでしょう。

 ただ、アリスとの会話を楽しんでいた泰葉は、この無粋なツッコミに苦言を呈するのでした。


「何でそこで話の腰を折るかな……」


「別にいいでしょ、だって事実なんだし」


 セリナの返事にこれは何を言っても暖簾に腕押しだと感じた泰葉は返す言葉がありません。会話が止まってしまったところで、何となく消化不良気味になってしまった彼女はここで話を霊感少女に振りました。


「ねぇ、まだゆみは何も感じない?」


「いや別に何も」


「おかしいなぁ」


 確か謎の声は昨日もう一度ここにきてと伝えて来たはずです。その言葉通りにしたと言うのに何も起こらない。目に見えない存在を感知するゆみが何も感じていない。その結果から泰葉は腕を組んで考え込み始めます。

 もしかしたら声の主に騙されていたのではないかと言う結論が導き出されようとしたところで、気まぐれにキョロキョロと周りを見回していた鈴香がこの空き地内で発生した何らかの変化に気付きました。


「あれ?あそこに何かいるよぉ~?」


「え?」


 彼女の指差す方向を見た泰葉は驚いてゴクリとつばを飲み込みました。その視線の先にはさっきまでいなかったはずのある動物の姿が浮かび上がっていたのです。

 そうしてその動物が発した声こそ、昨日泰葉が聞いた声だったのでした。


(本当に来てくれたんですね……)


「は、半透明の……うさぎ?」


 そう、声の主はうさぎでした。すっくと姿勢よく二本足で立っていて雪のような真白さで……ただし実体がそこにあるのではなく、背景の透けた半透明の状態でした。りんご仲間全員が動揺しているところから言って、おそらく全員がその姿を目にしているのでしょう。

 この突然出現したよく分からない存在の正体を確認するために、泰葉はゆみの肩を掴んで激しく揺さぶります。


「ゆみ、ゆみってば!」


「いやあれは霊体じゃないよ。私には分かる」


「えぇ?そうなの?」


 考えてみれば彼女以外にも見えている時点で霊体のはずがありません。ただ、動転している泰葉はすぐにその考えに至る事が出来なかったのです。

 声の主の正体が分かったところで、りんご仲間達は全員この状況を受け入れるので精一杯。そんな中、アリスがまず最初に動きます。


「あ、あの……うさぎサン。一体何があったんデスカ?」


「大丈夫だよぉ~。私達怖くないからぁ~」


 彼女に続いて、天然少女の鈴香も言葉を続けました。泰葉以外にも言葉が通じているところから言っても、うさぎが普通に言葉を喋っている事は間違いなさそうです。ただし、それは物理的に口を動かしていると言うよりテレパシー的なもののようではありました。

 2人の呼びかけに対して、うさぎは口を動かさずに彼女達に要件を伝えます。


(皆さんは私達を助けて下さいますか?)


 やはり話の内容は昨日と同じで何らかの救援要請のようでした。慎重派のセリナは困っているうさぎに対して詳しい情報を求めます。


「えっと、まずは事情から話してくれないかな?」


「そうだよ!大体、私達、そんな特別な力を持っているとかじゃないし、力になれるかどうかは……」


 セリナに続いて、泰葉もまた心に抱えていた不安を爆発させました。一気にまくしたてた後、彼女はうさぎの顔をじいっと見つめます。

 返事を求められたうさぎは、全く表情を変えずに2人の言葉に応えます。


(私の姿が見えて会話が出来るなら、それだけでもう十分なんです)


「そ、そうなの?」


 助けるのに特に何の条件もいらないと言ううさぎの言葉に泰葉は拍子抜けしました。その言葉の裏には普通の人間にはこのうさぎの姿も声も感知出来ないと言う意味もあったのですが――。

 ここでゆみがこの会話に満を持して参戦します。


「って言うかさ、そもそも君は何なの?何を助けて欲しいの?」


(私は本当はこの星にはいません)


 会話の返答としては全く正しくはないのですが、うさぎの放ったその一言にりんご仲間全員が衝撃を受けました。


「えっ?」


「まさか……」


 りんご仲間の中でも割と想像力の豊かなセリナがこの展開にある想像を働かせます。その言葉を言い終わる前に更にうさぎは話を続けました。


(今から私達のいる宮殿に招待しますね)


 宮殿――どうやらうさぎはそのどこかにある宮殿から、何らかの方法を使ってこの空き地に映像を飛ばしていると言う事のようです。その前のこの星にはいないと言う星間単位の表現を聞いて、泰葉は悪い予感を覚えました。


「ちょ、それって……」


(はい、月の宮殿です)


 このうさぎのサラッと言い放った衝撃の言葉に、りんご仲間全員が驚きの声を上げます。


「「「「「え、ええ~っ!」」」」」


 色々と混乱しながらも、ここで泰葉が両手をデタラメに動かしながら確認のためにうさぎに質問しました。


「ちょ、ま、今から月に来いって言ってるの?」


(そうですけど?)


 うさぎはそれが当然のような反応をします。ここで我に返ったセリナがゆみに話しかけました。


「月って空気ないよね?」


「や、空気なかったらそもそも生き物がいる訳じゃん!」


 ゆみも混乱しながら正論を口にします。常識が邪魔をして誰もうさぎの言葉を素直に受け入れられません。この展開には流石の鈴香も頭を抱えます。


「私難しい事分からないぃ~」


「あの、皆さん落ち着いてクダサイ~」


 色んな意見が飛び交って混乱する中、アリスは何とかこの場を収めようとみんなに向かって話しかけます。そこで一旦落ち着いた面々はこの問題に対してそれぞれが真剣に向き合いました。

 そうして、仲間の中でも割と知性派でならしているセリナが一旦話をまとめます。


「えっと、一旦話を整理しよっか。このうさぎは月にいる、で、私達に助けを求めている」


「私達に何が出来るって言うの?」


 彼女の言葉にゆみがツッコミを入れます。この疑問に明確に答えられるメンバーは現時点では誰1人としていません。なのでセリナも言葉を濁しました。


「それは、話を聞いてみないと……」


「メルヘンですぅ~」


 理解を放棄した鈴香がこのシチュエーションだけでどこか楽しそうに感想を口にします。その言葉を右から左に受け流しながら、セリナは当面の一番の問題について自説を熱弁しました。


「とにかく、生き物が生息している以上、その場所は空気とかはあるんだよ、多分!」


 この推測には一同納得したように首を縦に振りました。とは言え、テレパシーで話しかけてくる目の前の半透明のうさぎがちゃんと実在する動物かどうかはまだ判別がつかないのですが。

 大体、この場に出現しているのはホログラムなので、精巧に作られたCGみたいな仮想映像の可能性だって完全には否定出来ません。


 次に話を切り出したのは最初にこの声に遭遇した――そう、泰葉です。彼女は別の視点からこの話の問題点について訴えます。


「でも月だよ!いきなり行ける所じゃないし、色々準備だっているでしょ」


「うん、それも一理ある」


 その当然すぎる意見にセリナもうんうんとうなずきました。

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