第102話 プチ旅行 その8
思わぬ援軍の登場に、セリナは彼女の方に顔を向けて微笑みかけました。言いたい事がうまく伝わっていないと感じた泰葉はすぐにアリスに説明します。
「いや、それはみんな知ってるよ。飲み方がおっさんだって言ってるだけ」
この言い分を耳にしてピクリと眉を動かしたセリナは、その心ない意見に抗議をしました。
「泰葉もポーズ取って飲んでみなって、美味しいから」
「別にポーズで味が変わるわ……美味しい」
勧められたので何も感じなかったら文句を言ってやろうと同じポーズでコーヒー牛流を飲んだ泰葉は、その不思議な飲後感に自分でもびっくりします。
仲間が増えた事に気を良くした彼女は、おっさん飲みをみんなにも広めます。
「この際だからみんなおっさんのポーズで」
「いっスね!」
「いいよ~」
何だか面白そうと言う事で、ルルや鈴香もそれぞれ好きな飲み物を買ってセリナに習います。足並みが揃ったところで彼女が音頭を取りました。
「じゃあタイミング合わせよっか」
「ハイ」
「せ~のっ!」
こうしてゆみを除く5人が、揃っておっさんポーズで冷たい分ジュースを一気飲みします。ごくごくとみんなは喉を鳴らしました。5人の乾いた喉を冷たい液体はあっと言う間に流れていきます。
「くう~。最高!」
こうしてお風呂上がりの儀式も終わり、みんなは温泉を後にしました。ちなみに儀式に参加していなかったゆみは、5人が揃ってジュースを飲む姿をスマホで撮影していたりしていたのでした。
繁華街に戻ったみんなは帰りの道中でお土産物屋さんの前を通ります。後はもう帰るだけとなり、折角ここまで来たのだからとお店の前でセリナがみんなに話しかけました。
「さて、何か買って帰ろっか」
「お菓子い~」
温泉に入る前から立ち並ぶ土産物屋さんに並ぶ品物に目を輝かせていた鈴香が、ここで早速本能を爆発させます。彼女はお土産の定番ご当地名産品お菓子を色々と手に取っては悩み始めました。
その様子を見た保護者代わりのゆみが、しっかりここでも彼女の暴走に釘を刺します。
「無駄遣いしないようにね」
「分かってるよお~」
さて、そんな鈴香以外のメンバーですけど、それぞれが思い思いに店先のお土産物を前に物色を始めていました。
「名産品、色々あるっスね」
ルルが土産物を物色しながら店の奥まで歩いていく中、アリスは店先に展示している可愛いご当地ゆるキャラの人形に目をつけます。
「あ、このマスコット、かわいいデス」
「お、いいね」
彼女の選んだお土産を見た泰葉はすぐにそれを気に入りました。2人がゆるキャラグッズを見て和んでいると、お気に入りのお土産グッズを手にしたルルがドヤ顔でそれを自慢げに見せびらかします。
「旅先のお土産と言えばペナントっス!」
ペナントとは三角形の旗のようなおご当地アイテムで、昭和の時代はこれがお土産の定番アイテムのひとつでした。このお土産も今では時代遅れとなって目に止める人もかなり減っているのですが、一応売り物としてまだ売られてはいるようです。そんな伝説のお土産アイテムを泰葉は興味深そうに眺めました。
「おお……初めて生で見たよ」
「みんなは買わないっスか?」
ルルはそれが当然と言わんばかりに問いかけます。その純真でまっすぐな瞳に泰葉は若干引き気味になりました。
「か、買ったんだ……」
「当然っス!」
自信に満ち溢れたルルのオーラに泰葉は思わず腕で目を覆います。その頃、お菓子を物色していた鈴香は、幾つもの箱を腕に抱きながら更に顔を左右にキョロキョロとさせていました。
「おまんじゅうと~クッキーと~後は~」
みんながお土産物屋さんでそれぞれハッスルしているのを目にしたセリナは、困り顔でハァとため息をつきます。
「泰葉のためにセッティングした旅行なのに、みんなそれぞれ勝手に楽しんでるし……」
その言葉を耳に挟んだ泰葉は、彼女を慰めるように自分の考えを伝えます。
「いいよ。その方が嬉しいし。セリナも楽しんでよ」
「私も楽しんでるよ。でも、泰葉が楽しそうで良かった」
セリナはそう言うとニッコリ微笑みました。お土産物屋さんをはしごしてみんなそれぞれお目当てのお土産を買って満足したメンバーは、その後、行きと同じように路面電車に乗って駅へと向かいます。電車に乗りながら鈴香がこの旅行の心残りを口にしました。
「市内観光もしたかったねぇ~」
その言葉を聞いたゆみはハァと溜息をつくと、すぐにツッコミを入れます。
「日帰りだから帰る時間も計算しないと。夕方までここにいたら家に着く頃には真夜中だよ」
「え~っ!それは嫌ぁ~!」
自分の睡眠時間が削られるのが一番嫌な鈴香は、彼女の言葉にギュッと目を閉じて頭を押さえます。帰りの電車内ではそれまでにみんながはしゃぎすぎたせいなのか、ほとんど会話らしい会話もなく大人しく椅子に座って過ごしました。
その後、駅前について路面電車から降りた一行は帰りの電車に乗って地元の街まで戻ります。その電車内でちょうど夕方の時間に差し掛かり、紅く染まる景色に馴染む山を車窓から見たアリスは、紅葉もこんな感じなのかなと想像力を働かせるのでした。
電車が地元駅まで着いたので、みんなはゾロゾロと降ります。駅前広場まで出ると一番星が空に煌々と輝いていました。この旅行を存分に楽しんだ泰葉は、メインで計画を立ててくれたセリナに改めてお礼を言います。
「今日は楽しかったよ。良いプランを立ててくれて有難う」
「うん、また学校でね」
感謝された彼女はニッコリ笑うと最後の挨拶をして家に帰っていきました。その姿を見送っていると他のりんご仲間もそれぞれ泰葉に声をかけて帰っていきます。
「さよなら~」
「またっス!」
「またね」
「また遊びまショウ」
全員を見送った泰葉は自分も帰ろうと自転車置き場に向かいました。
「さて、私も帰るかな……」
そうして彼女も自転車に乗って自宅へと帰ります。家に帰るとちょうど夕食の準備が出来ていたので、そのまま夕食を楽しみました。それから両親に今日の旅行のお土産として、一番人気と言う触れ込みで買ったおまんじゅうを渡して自室に戻ります。
部屋に戻った泰葉はすぐに留守番をしていたナリスに笑いかけると、早速今日の報告をしました。
「いい日帰り旅行だったよ」
(ふふ、それは良かったわね)
朝と同じ場所でちょこんと座っていた人形も、その話を待っていたのか声を弾ませて返事を返します。それからは朝の駅前の待ち合わせのエピソードから電車内の様子、路面電車の感想、鈴香の暴走、メインの温泉の感想などを熱っぽく一方的に話しました。
話に熱くなってしまい、いつの間にか時間が過ぎていたのか、お土産屋さんのエピソードを話している途中で母親から呼びかける声が部屋に届きます。
「泰葉~お風呂入っちゃいなさ~い」
「はぁ~い」
こうして昼間は温泉を楽しみ、夜は入浴剤のお風呂を彼女は堪能します。作り物の温泉に浸かりながら、やっぱり本物とは違うなあと泰葉は温泉の湯の素晴らしさを家のお風呂に浸かる事で再確認したのでした。
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