第101話 プチ旅行 その7
そんなやり取りをしながら繁華街を歩く事数分、ついにお目当ての温泉に一行は辿り着きます。そこには何の説明もなくても分かる立派な建物がありました。
「ここっスね」
「結構歴史を感じる佇まいだよね」
この古めかしくて立派な時代を感じさせるその建物を前にして、泰葉は建物を上から下までじっくりと舐めるように観察します。温泉の建物に興味津々な彼女の横で、セリナはこの建物についての豆知識を披露しました。
「出来てから100年近く経つらしいよ」
「へぇ~」
感心した泰葉は、スマホを取り出して建物の外観を何枚かパシャパシャと撮りました。その内にフレームの中に仲間達が混じり込んで、いつの間にか即席の写真会が始まります。その内に全員がスマホを取り出して、お互いに撮ったり撮られたりと楽しい時間が過ぎていきました。
そうしてみんなが撮影に満足したところで、ようやく本題の温泉へ向かう事になります。みんながスマホをしまい始めたところでセリナが歩き始めました。
「じゃ、入ろっか」
「温泉温泉~」
温泉は温泉旅館の形を取っていますが、勿論入浴だけの利用も可能です。泰葉達は入浴料を払って大浴場へと向かいました。偶然にもその時間帯は誰も入浴している人がいなかったので、一時的な貸切状態となります。
更衣室で服を脱いでタオル一枚になると、準備の出来た人から浴室に入っていきました。
「おお~」
「大きなお風呂デスネ」
その大浴場を目にした泰葉とアリスが感嘆の声を上げます。そこに鈴香が入ってきました。
「露天じゃないんだ~」
「銭湯みたいな感じ?」
期待していたものと違ってがっくりと肩を落とす彼女の後に、ゆみが入ってきます。最後にセリナが入って彼女の言葉に相槌を打ちました。
「ま、効能のある銭湯だよね」
「あ、鈴香、いきなり入らないの!」
「えええ~」
身体を洗わずにいきなり湯船に入ろうとした鈴香をゆみがすぐに止めました。この仕打ちに当の本人はすごく嫌そうな顔をします。
彼女以外のメンバーは洗面台の前に座って、それぞれが備え付けのボディソープを使って体を洗い始めました。泡だらけになりながら、セリナがみんなに話しかけます。
「まだお昼だからかな、たまたまお客さんがいなくてラッキーだったよ」
「今度は露天風呂がいいなぁ~」
「じゃあ、それは鈴香が探してきてね」
「えええ~」
まだブツブツ不満を口にする鈴香に、ゆみが突き放すようにぶっきらぼうに返事を返します。その後の鈴香の反応を含め、一連のやり取りが面白かったのでここでみんなは笑い合いました。
ひとしきり笑った後、日本の温泉初体験のアリスが体を洗いながら感想を口にします。
「みんなと並んで裸で体を洗っているなんて不思議な感じデス」
「そう?楽しんでくれてるなら嬉しいよ」
初めての温泉体験を笑って話すアリスを見て、泰葉は何となく嬉しい気持ちに満たされていきました。
みんなが体を洗っている中、ショートカットのおかげか、一番最初に洗い終わったルルは体についた泡をきれいに洗い流すと、早速たっぷりお湯の張った源泉かけ流しの湯船へと向かいます。
「私が一番っス!」
ゆっくりと湯船に浸かった彼女は満足そうに目を閉じました。温泉の様子を知りたかった泰葉は彼女に感想を求めます。
「どう?」
「何だかじんわり暖かくっていいっスねぇ~」
ルルが温泉の感想を口にしていると、急いで身体を洗い流した鈴香が次に湯船に足を入れました。彼女はそのまま湯船の中を歩いて一番奥まで進むと、そこでゆっくりと腰を下ろします。
「うぅ~ん。ぬくぬくう~」
次に湯船に入ったのは今回の旅の名目上の主賓となる泰葉でした。彼女は大浴場の真ん中辺りまで進むと、そこで満足したのかゆっくりと腰を下ろします。
「おお、温泉だ、確かに」
「そりゃそうでしょ」
ほぼ同時に湯船に入ったゆみが彼女の横に座りながらツッコミを入れます。次にお湯の中に足を踏み入れたのは今回の旅行のプランをひとりで立てたセリナでした。彼女は鈴香と同じく浴場の一番奥まで進んで腰を下ろします。
「くう~生き返るなぁ~」
「セリナ、おっさんになってる」
セリナが湯船に浸かってすぐに発したその言葉がおかしくて、思わず泰葉はツッコミを入れました。その指摘を受けて急に恥ずかしくなったセリナは、顔を真っ赤に染めます。
「べ、別にいいでしょ」
「いやぁ~、気持ちいいね~」
温泉の気持ち良さに泰葉が浸っていると、最後に湯船に入ってきたアリスが彼女の隣にやってきて腰を下ろし、感想を口にしました。
「本当、入浴剤とはやっぱり違いマスネ」
「アリスも気に入った?」
「ハイ!」
日本の温泉を気に入ってくれたその言葉に泰葉もニッコリと笑顔を返します。
この大浴場は最近改装されたのかとてもきれいで、窓の外からは外の景色が見えるようになっていました。浴場の奥の方に座ったセリナは、そんな外の景色を間近に眺めながら温泉の雰囲気を楽しみます。
「露天じゃなくてもここから外の景色が見えるからそれで十分だね」
「ぷしゅうう~」
みんなが温泉を思い思いに楽しむ中で、ある意味お約束の予想通りの出来事が発生してしまいました。湯船の気持ちよさに気持ちが緩んだのか、鈴香の充電がここで切れてしまったのです。
湯船に沈んでいく彼女を、近くにいたセリナは焦って支えました。
「鈴香!お風呂の中で寝ちゃ駄目だって!」
「ふにゃあ~。だって気持ちいいんだも~ん」
「全く、油断出来ないなぁ」
眠りかけた彼女を取り敢えず起こして、セリナは今回の主賓に声をかけます。
「泰葉はどう?」
「え?うん、気持ちいいよ」
「そっか、良かった」
自分が選んだ温泉がちゃんと喜ばれている事を言葉で確認出来て、セリナは安堵しました。そんな彼女を見た泰葉はねぎらいの言葉をかけます。
「セリナもありがと」
「や、そんなの当然じゃん。もう体調崩さないでよ」
「あはは。分かった分かった」
セリナに体調面の事で軽く注意されて泰葉は苦笑いを返しました。温泉の成分のおかげか、湯船に浸かっているみんなは穏やかな気持になり、肩の力も抜けきってリラックスした表情になります。きっと日頃の疲れもストレスもお湯の中に溶け出している事でしょう。
「ふぅ~。癒されるっス~」
みんなが大人しく温泉を楽しんでいる中で、ひとりアクティブな少女がここで突然泳ぎ始めます。その行為を目にしたゆみがすぐに彼女に注意しました。
「こら、鈴香、泳がない!」
「えええ~」
泳ぎを止められた鈴香は頬を膨らませて精一杯の抗議をします。その様子がおかしくてみんなはまた笑うのでした。
「あはははは……」
それからはみんなで外の景色を見たり、のんびり温泉トークを楽しんで、のぼせる寸前までこのひとときを堪能します。
温泉から上がったみんなは服を着替えて、それぞれ好きな方法で火照った体を冷やし始めました。その中でセリナは定番のコーヒー牛乳を買って一気飲みをします。
「くう~。やっぱ風呂上がりはコーヒー牛乳だね~」
「やっぱセリナおっさんだ」
「い、いいでしょ別に」
またしても泰葉にからかわれた彼女はぷくっと可愛らしく頬を膨らませました。そのやり取りを見ていたアリスがフルーツ牛乳片手に口を挟みます。
「でも、お風呂上がりに飲む冷たい飲み物は美味しいデス」
「でしょ?」
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