第100話 プチ旅行 その6

 食事をどこで取るか、正直なところ、ここが始めてきた場所だと言う事もあってセリナは具体的に決めてはいませんでした。現地に来てから、そこでみんなの判断を仰ごうと思っていたのです。まず飲食店の情報として、セリナが近場の情報を検索しました。


「駅の周りにも食べるところはあるけど……」


「どうせなら美味しいところに行こうよ。まだ時間はあるんでしょ?」


 泰葉はせっかく旅行に来たのだからと、妥協を許さない選択を希望します。どこで昼食を取るかの話し合いが行われようとしたその時、メンバーのひとりが空腹で倒れかかりました。


「ごはん~」


「うわっ、鈴香が溶け始めてる」


 急速にやる気を失い倒れ掛かる彼女をゆみが支えます。こうして事態は一刻を争うと言う雰囲気になって、セリナがひとつの提案をしました。


「じゃあ、まずは商店街に行こうか。そこなら美味しそうなお店もあるだろうし」


「路面電車で行ける?」


 その言葉に泰葉がすぐに食いつきます。速攻で食い気味に質問を返した彼女に少し引きつつも、セリナは画面を見ながら答えました。


「行けるよ。って言うかその商店街の先に目的の温泉があるんだけど」


「一石二鳥だ!やったね!」


 一連のやり取りを黙って聞いていたゆみは不思議な顔で泰葉に尋ねます。


「泰葉ってそんなに路面電車が好きだったっけ?」


「好きだよ。だって滅多に乗れないし」


「おお、それもそっか」


 彼女が泰葉の出した答えに納得していると、ちょうど時間になって視界の端っこから乗り場に向かって走ってくる路面電車が見えてきました。電車を待ち焦がれていた泰葉が最初にそれに気付きます。


「お、来た!」


 乗り場に到着した路面電車はお客さんを向かい入れようとドアを開きます。ここで駅に用事のある乗客数人が降り、代わりに今度は乗客であるりんご仲間達が次々に乗り込みました。車内のベンチシートにそれぞれが思い思いに座りながら、全員が路面電車初体験だったのでこの初めての体験にみんな興奮しています。


「意外とちっちゃくて可愛いっスね」


「路面電車はどこまで乗っても一律料金てのがいいね」


「懐に優しいとは主婦の味方ですなあ」


 利用料金がお得な事を喜ぶ泰葉の言葉に、セリナがふざけて返します。この返しを聞いた泰葉は、ニタリといやらしい笑みを浮かべました。


「主婦って……予定があるとか?」


「ないない、全然ないよ」


「お互い、淋しい青春よのう……」


 そんな会話を楽しみながら、路面電車は街中を緩めのスピードで走ります。道路と並走するその珍しい景色に、みんな窓の外の景色を見るのに夢中になっていました。それから20分ほど揺られて、目的の商店街に辿り着きます。

 仲間達がゾロゾロと電車から降りると、鈴香がすぐに鼻をひくひくと動かして辺りに漂う匂いに敏感に反応しました。


「美味しい匂いが漂ってくるぅ~」


「あ、ちょ、鈴香!」


 ゆみが止めるのも聞かず、彼女はその匂いの漂う方に向かって走り出します。普段はのんびりしているのに、どこからそんなパワーが湧き上がるのでしょう。初めてきた土地勘のない街でひとり暴走する鈴香を見失う訳にはいかないと、泰葉が残りメンバー全員に声をかけます。


「追いかけよう!」


「了解っス!」


「全く、世話が焼けるなぁ~」


 こうして急いでみんなが走って追いかけると、彼女は漂う美味しそうな匂いの元を突き止めたようで、あるお店の前で立ち止まって満面の笑みを浮かべながらみんなを手招きしました。


「みんな~、こっちだよぉ~」


 流石に至近距離まで近付くと、鈴香以外のメンバーでもこの匂いに気付き始めます。まずは泰葉が、次にゆんがその匂いに空腹感を刺激されました。


「あ、本当にいい匂いが」


「鈴香の野生の勘すごい」


 そのお店はどうやら和食の専門店のようでした。時間がお昼時と言う事もあって、店内は賑やかになってきています。お客さんが多いと言う事は、きっと味も評判と言う事なのでしょう。

 全員がお店の前で合流出来たところで、改めてセリナはお店の外観を確認しました。


「和食屋さんかぁ~。みんなはここでいい?」


「いいんじゃない?」


 彼女の問いかけにゆみが同意し、泰葉は首を縦に振ります。体育会系のルルはその匂いにお腹の音を鳴らしました。


「匂いを嗅いでいたらお腹空いてきちゃったッス」


「美味しい料理を出してくれそうデスネ」


 アリスもまた、このお店で昼食を取る事に不満はなさそうです。ここまでみんなの同意を得たところで、最後に一応鈴香にも確認を取ろうとしたところ、待ちきれなかった彼女は先にお店の扉を開けてしまいました。


「先に入るよお~」


「あ、ちょ」


「先に入られたらもう入るしかないっスね」


 ルルに諭され、仕方なく残りのメンバーもお店に入ります。店内はお昼時と言う事もあって結構席は埋まっていましたが、偶然カウンター席がいい具合に空いていました。その席の端っこでは、先に入った鈴香がちゃっかりちょこんと座っています。


「お~い、こっちこっちぃ~」


 元気良く手招きする彼女に呼ばれて、泰葉達はカウンターの空いている席に並んで座りました。ここでセリナは独断先行した鈴香にチクリと言葉の針を刺します。


「全く、調子がいいんだから」


「でもいい席デスヨ。空いていて良かったデス」


「でしょお~」


 彼女の愚痴をサラリと聞き流した鈴香は、アリスの褒め言葉にだけニッコリ笑って反応します。この対応に軽くため息を吐出したセリナは、改めてみんなに話しかけました。


「じゃあ何食べよっか」


 その問いかけに、じいっと備え付けのメニューを眺めていた泰葉がまず口を開きます。


「えっと、お蕎麦と……釜飯」


「私は……天丼かな」


「天丼の写真美味しそうデス、私も天丼デ!」


 ゆんが天丼を選び、釣られてアリスも同じものを所望します。次にメニューを決めたのはルルでした。


「じゃあ丼繋がりでかつ丼っス」


「私はねぇ~親子丼かなぁ~」


 鈴香は時間をかけて悩んでいましたが、結局は自分の好きなものを選んだようです。意見が出揃ったので、最後にセリナも欲しいものを決めました。


「それじゃあ、私はこの海鮮丼かな……と、みんな決まったね!店員さ~ん!」


 彼女の呼びかけにすぐに店員さんがやってきます。それぞれの注文は聞き届けられ、やがてお店自慢の料理が次々に運ばれてきました。みんなそれぞれ注文した料理に舌鼓を打ちます。美味しくて夢中になって食べていたので食事中の会話はあまりありませんでした。


「ふー、まんぷくぷー」


 こうしてお腹も膨れたと言う事で、みんなはお店を後にします。外に出たところで泰葉はセリナに話しかけました。


「初めて入ったお店だったけど大正解だったね」


「じゃあ早速温泉に行こうか!」


 彼女は早速今度こそ温泉に行こうと意気込みます。この商店街はその温泉を中心に栄えていたようで、通りにはお土産物屋さんが賑やかに並んでいました。観光客の人達がそのお店で色々と買い物を楽しんでいます。

 この様子を見た鈴香が、再度暴走しようと足の向きを変えようとしました。


「お土産屋さん~」


「鈴香、買い物は帰りにしよう、ねっ」


「ぶ~。ゆみの意地悪ぅ~」


 今度の暴走はゆみの無言の圧力によって無事阻止に成功します。買い物が出来なかった彼女は指をくわえて羨ましがりました。

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