第99話 プチ旅行 その5
今朝の泰葉の行動をセリナは手放しで喜びます。その反応が何か馬鹿にしている風に感じてしまった彼女は、思わず頬を膨らませました。
「何よそれー」
「褒めてるんだってば」
誤解されていると感じたセリナはすぐに泰葉に真意を伝えます。このやり取りを聞いていたルルがここで会話に割り込んできました。
「休みの日とかいつもより早く目が覚めたりってあるっスよね」
「そう、それだよ!」
その言葉に思う事があったのか、泰葉は目を輝かせて相槌を打ちます。今度はアリスがこの会話の流れに沿って、自分の事を口にしました。
「私は中々寝付けませんでしたが、朝は何故かちゃんと目が覚めマシタ」
「それもあるあるだよね」
この言葉にはセリナが同意します。自分の意見が受け入れられて嬉しくなったアリスはニッコリと笑みを浮かべました。
「はい。楽しい日は身体が自然に起きちゃいマス」
その笑顔がとても可愛らしく、りんご仲間はみんなほっこりと柔らかい雰囲気になります。それからも休日の起床時間についての雑談は続き、待ち時間はあっと言う間に減っていきました。
やがて時間となって目的の温泉に向かう電車がやってきます。それにすぐに気付いたのは、会話に敢えて参加せずに聞き役に徹していたゆみでした。
「お、電車が来たよ」
その言葉にみんな電車に乗る準備を始めます。電車はやがてホームに入ってきて、この駅で降りる人を吐き出していきました。その流れが途切れたところで今度はこちらが乗る番です。
りんご仲間が次々と順序よく電車に乗り込む中、ひとりの少女が手を振りながら彼女達を見送ろうとします。
「みんな~。たっさでな~」
「はいはい、鈴香も来るの!」
「眠いよお~」
鈴香のおふざけに呆れたゆみが強引に彼女を電車に乗せました。全員が乗り込めたところで電車は動き出します。後は目的の駅に着くまで全て電車にお任せでした。
ベンチシートに並んで座ったゆみと鈴香の仲良しコンビは、電車が動き出したと同時に話し始めます。
「鈴香、昨日は何時に寝たの?」
「覚えてない~」
「そか」
そんないつも通りの会話が繰り広げられる中、並んで座ったセリナと泰葉も話を始めます。
「ねぇ、向こうの駅に着いたらすぐに温泉?」
「う~ん。まだ行った事のない場所だから、行ってみてから考えるかな」
「買い物とかは荷物になるし、帰りにした方がいいよね」
「だね~」
電車が動き始めてやっとスピードが乗り始めた頃、待ち合わせていた頃から寝不足のオーラを放っていた鈴香の緊張感の糸がぷっつり切れました。
「ぷしゅ~」
「鈴香っち、また目的の駅の直前になったら自動的に起きるっスかね?」
「ふふ、さてどうかな~」
ルルのこの質問にゆみは含み笑いを浮かべながら答えます。何だかんだ言いながら彼女は鈴香を信じているのです。ルルもまた前回の電車エピソードのような奇跡を信じて、寝息を立てる鈴香を見守るのでした。
一方、車窓の景色に見入っているアリスは、まだ紅葉には程遠い山の緑を眺めながら、その感想を口にします。
「この時期の景色もいいものデスネ」
「うん、天気が良くて良かったよ。これも私の行いがいいからだよね」
「はいはい」
泰葉の冗談にセリナが付き合い程度の相槌を打ちました。そんなコントを黙って眺めていたアリスは、車窓に映る景色について質問します。
「ここら辺は秋が深まると鮮やかになるのでショウカ?」
「紅葉?そうだね、鮮やかになるのかも」
「真っ赤に染まったらその景色も見たいデス」
彼女のリクエストを聞いた泰葉はポンと手を打ちました。それからニッコリ笑うとアリスの顔を覗き込みます。
「じゃあ、紅葉狩りもしよっか」
「いいんデスカ?」
「うん、だってアリスには私達の地元の景色を好きになって欲しいし」
泰葉のこの言葉を聞いたアリスは、表情がパアアと明るくなりました。
「有難うございマス。その時は一緒に楽しみマショウ!」
「うん。でも時期になってそんなに鮮やかにならなかったらゴメンね。地元はそんなに紅葉のスポットって思いつかないから」
「それでも楽しみデス」
何気ない一言で泰葉から紅葉狩りの約束を取り付けたアリスは上機嫌になりました。そうして電車は更にレールの上を走り抜けていきます。りんご仲間達はそれぞれ思い思いの事をしながら目的の駅に着くまでリラックスして過ごしました。
ゲームをする泰葉とセリナ、スマホを眺めるゆみ、ずっと車窓を眺めるアリス、ずっと眠ったままの鈴香、それをたまにチラチラと確認するルル――みんなを乗せた電車は何も問題なく走り抜けていきます。
街を抜け、トンネルをくぐって、鉄橋を渡って――みんなが電車に乗ってから数時間後、りんご仲間達を乗せた電車は目的の駅まで近付きました。
「ほえ?」
「本当にまた目覚めたっス!」
「すごいでしょ」
目的の駅に近付いたアナウンスが流れ終わった次の瞬間、それまでずっとまぶたを閉じていたルルがパチッと目を覚まします。その様子を観察していたルルは驚き、ゆみはドヤ顔で自分の事のように誇らしげに胸を張りました。
そんな中、目覚めたばかりの鈴香は少しの間寝ぼけていて、ぼうっとしたまま過ごします。
目的の駅に着いて電車から降りた一行はとりあえず駅から外に出ました。ずっと電車に揺られていた身体を解きほぐそうと、泰葉は両手をグイーッと頭上に伸ばして思いっきり背伸びをします。
「うーん、揺られたー!」
背伸びの後に簡単なストレッチをしていると、残りのメンバーも泰葉の周りにゾロゾロと集まりました。こうして全員が揃ったところで泰葉はここから先の予定をセリナに尋ねます。
「じゃ、どうする?」
「駅から温泉ってどのくらいだっけ?」
泰葉に続いてゆみも言葉を続けました。2人から追求されたセリナはスマホをいじって端末に記録している予定表を呼び出します。そのデータを読んで適切な情報をみんなに伝えました。
「えーとね、ここから温泉までは路面電車で20分くらいかな」
「路面電車!」
「他にもバスがあるけど……」
路面電車と言う言葉に反応した泰葉。彼女の目が輝きます。地元に路面電車がない事もあって、泰葉はすぐに今から利用する公共交通機関を指名しました。
「電車で行こう!電車がいい!」
「う、うん……。分かったってば」
その熱い情熱の圧に押し切られる形で、セリナは次の移動を路面電車でする事に決めます。異議が出たらまた考え直そうとも思ったのですが、どうやら路面電車があるのにバスに乗ろうなんて考える人はいなかったようで、文句は誰からも出てきませんでした。こうしてみんなは路面電車乗り場へと向かいます。
目的地から乗り場を選び、電車を待つ間にルルがお腹を抑えながら口を開きます。
「でもお腹も空いたっスね」
「今日行くとこって温泉しかないんでしょ?」
空腹を訴える彼女を見たゆみは軽い雰囲気で質問します。この問いかけにセリナはすぐにスマホで確認すると、画面を見ながら答えました。
「いや、そんな事もないけど……そもそもホテルだし、お高いよ」
「じゃ、まずは腹ごしらえだ」
こうしてゆみは次の目的地を提案します。この駅に着くまでに長時間電車に揺られ、気がつけば時間はもうお昼直前になっていました。
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