第93話 泰葉、倒れる その5

 質問をしたところで逆に夢の精に質問を返されてしまいました。夢の世界に他人が介入するだなんて有り得ないからです。そこでアリスは安心感を覚えてもらおうとにっこりと笑うと、簡単に自己紹介しました。


「私はアリス、泰葉のトモダチ。現実の世界からこの夢に……原理は上手く説明出来ないんダケド」


「あなた、泰葉の友達?」


「私、泰葉を助けにキタノ!ずっと学校休んでるカラ!」


「そっか、アリスは友達思いなんだね」


 夢の精もこの彼女の説明を素直に受け入れます。泰葉の友達と聞いて嬉しくなったのかも知れません。アリスは何かを知っているっぽいこの精霊に真剣な顔をして訴えます。


「私以外の友達もみんな心配シテマス。早く泰葉の元気な顔を見たいノデス」


「うーん、困ったなぁ」


 彼女に迫られて、夢の精は困ってしまいました。その様子からこの精霊もまた、この状況を打破する有効な手段を見つけられていないと言う事が伺えます。

 それでもアリスは夢の精に迫りました。もう手がかりは他にないからです。


「彼女はいつ目覚めマスカ?」


「それが分からないのよ。ただね、無理やり起こすのは駄目なの。それだけは分かる」


「そ、そんな……」


「私もずっと見守っているのよ……。いつ目覚めてもいいように」


 話によれば、夢の精もまた彼女を見守るしか出来ないようでした。この様子だときっと、眠ってしまった原因も分かってはいないのでしょう。心配になったアリスは何とか解決策を探ろうと質問を続けます。


「今までにこんな事ハ?」


「ないない!あったら対処してるって!」


 この状況は夢の精にしても初めての出来事だと言います。その焦った様子から見て、この精霊に頼る事は出来ないなと彼女は考えを改めました。


「やっぱり私が何とかシマス!」


「ちょ、さっきの話聞いてた?」


「聞いてマシタ!だから直接は起こしまセン!力を注入して目覚める力を呼び起こしマス!」


 そう、アリスには自慢の何でも出来る能力があります。この夢の世界ではうまくそれが働かないみたいですが、だからといって全く通じない訳でもありません。そこで夢の精が注意した事を含め、危険事項には触れない方向で能力を駆使しようと考えたのです。

 彼女のこの言葉を聞いた夢の精は、信じられないと言った風な顔をしました。


「まさか、そんな事が?」


「今の私なら出来る気がシマス!」


 泰葉本人を自分の能力で探し出せた事で、今のアリスには自信が満ち溢れています。その強い言葉を聞いた夢の精は、ベッドで眠っている泰葉の顔を眺め、それから軽くうなずくと、彼女に泰葉を任せてみる事にしたのでした。


「分かったよ、直接起こすのでないなら……でも慎重にね」


「了解デス!」


 精霊の了解を得て、アリスは能力を使います。いつもは念じるだけで目的を果たせてきていましたが、今回は舞台が夢の世界と言う事で少し勝手が違います。なので、慎重に探り探り状況を打破する突破口を探すのでした。



 現実世界ではちょうど2時間目が終わったところです。倒れたアリスを心配してセリナは保健室にやってきていました。部屋に入って先生に様子を伺うと、ここで新事実が発覚します。


「え?アリスまだ寝てるの?」


「ええ、でも徹夜で疲れてたんでしょ?そうしたら6時間はしっかり眠るでしょ。大丈夫、下校時間になってもこのままなら私が起こすから」


「よ、よろしくお願いします……」


 そう、あの時倒れたアリスはその後もすやすやと眠り続け、未だに目覚める気配はないとの事でした。折角来たのだからとベッドで眠る彼女の様子を覗き込んだセリナは、平和そうに無邪気な顔をして寝息を立てているその姿を見て安心します。

 お見舞いを終えた彼女は、後の事を先生に託して教室に戻ってきました。セリナが席に着くと、報告を待ち焦がれていた仲間達が次々に集まってきます。


「アリスちゃん大丈夫だったぁ~」


「苦しんでなかったからそこは大丈夫じゃない?」


 鈴香がすぐに心配そうに尋ねてきたので、セリナは寝顔の件を話して彼女を安心させました。次に話しかけてきたのはルルです。彼女もまた今回の件において、何もタッチ出来なかった事が心に引っかかっているようでした。


「私にも何か出来る事があったら良かったっスけどねえ」


「こればっかりはどうにも出来ないよ。でもアリスならきっと何とか出来るはず。今頃は泰葉を目覚めさせようと頑張ってるんじゃないかな?」


「だよね!私もそう信じてる」


 ルルを慰めたセリナの主張にゆみも同意します。それから今後の事についてみんなで相談しました。いくらかの話が出て、それをセリナがまとめます。


「休み時間の度に寄るのもどうかと思うから、次は昼休みに様子を見にいこう」


「そうだね~」



 4人がアリスの御見舞計画を立てていた頃、その当人は中々思うような結果が出ない事に悩んでいました。それに集中していたために気付くのが遅れたのですが、感覚的にはとっくにリミットが来ていてもおかしくないはずなのに、まだ頭痛が始まらない事にも違和感を感じます。


「ウーン……」


「どうしたの?」


「私の力、本当なら10分しか使えないはずナノニ……」


「そりゃここは夢の世界だからねぇ」


 夢の精は彼女の疑問に明快に答えます。どんな不思議な事も夢の世界では有り得るのです。自分が今どんな世界にいるのかを自覚したアリスは、吹っ切れたように目を輝かせました。


「なら!もっと本気を出してミマス!」


「え?なに?ちょ……」


 精霊がその反応に戸惑っていると、彼女は最高に気合を入れて自分の能力の限界に挑戦し始めます。アリスは普段その強力過ぎる力を制御するために、力を小出しにする事だけを考えて実行してきていました。実は、今まで限界を感じるほど思いっきり出力を上げた事はないのです。

 と、言う訳で、初めて本気で力が出せるこの状況に、彼女自身かなり興奮していたのでした。


 アリスの本気能力開放が始まって5分ほど時間が過ぎた頃でしょうか。この行為が始まってからもずーっと無反応だった泰葉が、突然まぶたをパチっと開きます。


「……ほえ?」


「ヤスハ!」


「な、何でアリスがこんな所に?」


 目が覚めた途端にアリスが側にいる事に対して彼女は大変驚きます。まだ夢の中で目覚めただけなので現実的には完全に完治したと言う訳ではないのですが、意識が戻ったと言う事でアリスはたいそう喜び、体を起こした泰葉に思いっきり抱きつきました。


「良かった!安心しマシター!」


「ヤレヤレ……本当に力技で起こしやがったよ……」


 その様子を見た夢の精はそう言って呆れ果てます。まだ状況が飲み込めない泰葉に、アリスは自分のしていた事を興奮しながら説明します。


「あの、私、どうしても助けタクテ……それで力を使ったらココニ……」


「そ、そうだったんだ。ありがと……」

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