第92話 泰葉、倒れる その4

「あ、ちょ……」


 彼女の手が届きかけたその時、目を閉じたままのアリスはそのまま教室の床に倒れ込みました。この突然の状況にクラス中が大騒ぎになります。


「アリス!」


「取り敢えず、保健室に運ぼう」


 クラス中の注目がりんご仲間達に注がれる中、事態を収集しようとゆみが声をかけます。こうして彼女とセリナがアリスの肩を担いで保健室まで運ぶ事となりました。保健室の中ではちょうど保健の先生が事務作業をしています。ノックもなしに入ってきた3人を見た先生はこの突然の出来事にキョトンとした顔になりました。


「あれ?どうしたの?」


「ちょっとアリスが……」


「まあ、大変!すぐに寝かせて!」


 セリナが状況について説明をし始めると、肩を担がれているアリスを見た先生が急いでベッドに寝かせる準備を始めます。こうして説明をほぼしないまま、まずはアリスをベッドに寝かせました。掛け布団をかけて落ち着いたところで先生はため息をひとつ吐き出します。


「ふー。これで一安心」


 アリスを運んだ2人も同じようにスッキリした顔になりました。と、ここで状況を理解しようと先生は彼女達に質問します。


「一体何があったの?見た目じゃただ眠っているだけみたいだけど……」


「え、えーと……」


「ね、寝不足です!アリス徹夜してたって」


 ゆみが上手く答えられない中、セリナが機転を利かせてそれっぽい理由をでっち上げます。先生はその言葉を信じ、さらに追求しました。


「そっか、徹夜かぁ。で、彼女は徹夜で何を?」


「そ、それは聞いてません!」


 そこまで深く考えていなかったのもあって彼女は大声を出して誤魔化します。とは言え、その事情を知らないとしても別に不自然な事ではないので、この返答で先生がセリナを疑うと言う事はありませんでした。


「そっか、うん、分かった。後は見ておくから。2人は教室に戻って」


「はい、よろしくお願いします」


 こうしてアリスを保健の先生に任せ、2人は教室に戻っていきました。先生は2人が保健室から出るのを見届けた後、椅子に座り直して事務作業の続きを再開させます。


 ベッドに寝かされたアリスは不思議な夢を見ていました。これは泰葉の病気を治そうと彼女と意識をシンクロさせたところで、能力が2人を繋げた結果起こった現象です。泰葉の夢の中にアリスがお邪魔したと言う事ですね。

 ただし、当の彼女本人も最初はその事に気付いていませんでした。


「あれ?ココハ?」


 アリスはそこが夢の中だと言う事にすら気付かずに、この現実的なようで現実的でない世界を彷徨っていました。学校の教室にいたはずが、気が付くと誰もいない住宅街に出てきてしまったのです。彼女は周りをキョロキョロと見渡して、自分がどこにいるのか確認しようとしました。

 人がいないと言う事以外は特に不自然な部分のないその光景が少し怖くなって、心を落ち着かせようとポケットからスマホを取り出します。


「それより時間、大丈夫カナ?」


 時間の確認は現実を感じる一番手っ取り早い方法のひとつです。今の時間を知る事で安心感を得ようとしたアリスですが、そこで問題が発生します。


「な、何コレ!why?」


 そう、スマホの液晶画面に表示されていた時計の時間は35時87分……。最初は時間の表示だけがおかしくなったのかと思ったものの、通信も出来ないしアプリも動きません。スマホ自体が全く役に立たなくなっていたのです。

 この状況に一体何が起こってしまったのかと彼女は混乱します。


「もしかして、ここッテ……?」



 その頃、教室に戻った2人はそのまま何事もなかったように授業を受けます。休み時間になると、セリナの席の周りにりんご仲間が自然と集まりました。

 椅子に座った彼女に向かってゆみが心配そうに話しかけます。


「ねぇ、アリス、大丈夫かな?時間的に10分はとっくに過ぎてるけど……」


 この言葉に一同返す言葉もなく黙り込みます。それから30秒ほどして何かを閃いたようで、セリナはそれを口にしました。


「あ、でも、ほら、保健室で寝てるから10分過ぎても大丈夫だようん」


 そうです、例えアリスの能力限界時間が来たとしても、最初から眠っているのだから問題なかったのです。それに、もし苦しみ始めても保健の先生がケアしてくれる事でしょう。

 セリナの主張を理解したゆみは、心配も吹き飛んでニッコリと笑顔になります。


「そっか、ま、でもあの能力があれば泰葉の病気とかもすぐに治っちゃうよね。万能だもん」


「大丈夫大丈夫~」


 ずっとこの会話を黙って横で聞いていた鈴香はニコニコと笑いながら彼女の言葉に同意するのでした。



「ヤスハー!いまセンカ~?ヤスハー」


 夢の中を彷徨うアリスはこの世界のどこかに泰葉がいると直感で感じ取り、必死に呼びかけながら歩きます。能力を駆使してワープも試みたのですが、夢の中ではうまく力が働かないのか、どこにも辿り着けませんでした。

 ただし、微かに泰葉の気配は感じるために、こうして彼女を探しながら歩いていると言う訳です。


「ここは、さっきも通ッタ……?ループしているのでショウカ?」


 実際、夢の中は時空が歪んでいて、西に歩けば東に出るし、右を行けば左に出ると言う感覚のおかしくなる世界でした。何度も同じ通りを歩かされたアリスはこのままでは埒が明かないと、また能力を使う事にします。


「能力を……もうイチド!」


 彼女はまぶたを閉じて意識を集中し、微かに感じる泰葉の気配を辿りました。ターゲットが認識出来たところで、次はその場所に飛ぶイメージを高めて気合を入れます。

 次の瞬間、アリスは夢の世界で時空跳躍しました。今度こそしっかり手応えを感じた彼女は恐る恐るまぶたを開きます。


「……イタ!」


 そう、そこには仰向けになったまま眠っている泰葉本人の姿が。一体どこに飛んだのか、彼女は周囲をキョロキョロ見渡しました。どうやら泰葉の眠っている場所はまるでどこかの部屋のようです。昨日見た泰葉の部屋とも違う、まるでドラマのセットのような部屋。ただ、そのベッド自体は泰葉の部屋のベッドと同じものでした。

 眠っている彼女を見つけたアリスはそおっとその顔を覗き込みます。


「眠ってマスネ。ダッタラ……」


「待って!起こしちゃ駄目!」


 アリスが能力を使って彼女を起こそうとしたところで、その行為を止める声が背後から聞こえてきました。その聞き馴染みのある声に振り向くと、そこにはもうひとりの泰葉が立っていたのです。この状況にアリスは目を丸くしました。


「え?ヤスハ?」


「私は彼女の夢の精」


 もうひとりの泰葉は自身を夢の精だと主張します。見た限り、見た目も声も泰葉とそっくりです。もし側に寝ている彼女がいなければ、泰葉が冗談を言っているとしか感じられなかった事でしょう。

 アリスはこの夢の精を名乗る少女に尋ねます。


「あなたが泰葉を寝かせていルノ?」


「って言うか、あなたは誰?どこからきたの?」

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