第78話 愉快な休日 その5

 しかし、人の好みはそれぞれで、セリナの右隣のルルもまた泰葉の言葉に賛同していました。


「私も出来れば素早く始まって欲しいっスね」


「うお、味方がいなかった」


 早く映画が始まって欲しい派に囲まれて急にセリナは肩身が狭くなってしまいます。なので予告上映中、彼女はすっかり無口になりました。


 同じ頃、同じ映像を真後ろの席で鑑賞していた鈴香は劇場の環境が心地良かったせいもあってか、早速気力が抜けていきます。


「ぷしゅ~」


「ちょ、鈴香、まだ上映前!」


「彼女に常識は通用しまセンネ」


 ゆっくりまぶたを下ろす彼女に気付いたゆみは何とかそれを阻止しようとします。それに気付いたアリスは思わず苦笑いを浮かべました。


「しょうがないなー。上映始まったら起こさなきゃ」


 結局ゆみは鈴香を起こす事が出来ず、しばらく寝かす事にします。そうこうしている内に怒涛の予告ラッシュは終わり、もはや定番になった映画泥棒のコーナーが始まります。ようやく本編が始まると、泰葉はつい声を上げました。


「おし、映画泥棒、やっと本編だ!」


「最近は泥棒終わっても、もうちょっと続くんだよ……」


「え?マジで?」


 映画を滅多に観ない彼女が昔の記憶を元に判断していたので、映画通のセリナがその情報に最新の事情を説明します。確かに数年前までは映画泥棒のコーナーが終われば即本編が始まっていたのですが、いつの間にかそうではなくなってしまっていたのです。

 この説明を聞いた泰葉は地味にショックを受けていました。


 しかし、だからといってその後もダラダラと本編前上映が続くと言う事もなく、やがて待望の映画本編の上映が始まります。


 映画の内容は昔大流行した海外製アニメの忠実な実写化です。なので面白さは保証付きなのでした。実写化と言っても、そこは流石本場のスタッフの本気の作品です。アニメの実写化作品にありがちな違和感は何処にもなく、出演する俳優さんたちもまるでアニメからの生き写しで、みんな一気に作品に魅入られます。


 予算をかけたCGやスタントアクション、緊張感のあるシーンや、派手なアクションシーン。そのどれも全てが一級品でした。悲運に襲われるシーンではみんな思わず涙を流し、コメディシーンでは劇場のあちこちで笑い声が溢れます。


「あはははっ!」


 気がつけば上映時間2時間はあっと言う間に過ぎていました。みんなよっぽど満足したのか、映画が終わりスタッフロールが流れている間も誰ひとり席を立つ人は現れません。照明が明るくなっても映画の余韻に浸っていた泰葉達はすぐには立ち上がれませんでした。


「ふー、2時間があっと言う間だったね」


「やっぱ映画はいいっスね」


 そんな感じでJ列が映画の感想で盛り上がる中、K列では問題がひとつ発生していました。そう、それは上映中熟睡問題です。結局鈴香は起こしてもらえず、照明が明るくなってから自力で意識を取り戻します。目を覚ました彼女はすぐに事情を察し、隣の席のゆみに感想を求めました。


「ねぇ~面白かったぁ~?」


「ごめん、夢中になって起こせなくって」


「別にぃ~、いいよぉ~」


 起こせなかった彼女の謝罪を鈴香は軽く受け流します。もうその頃にはみんな次々に席を立ち始めていたので、その流れに乗って泰葉達も劇場を後にしました。

 そうして劇場前の多目的スペースにみんなで集まって、ここから先の行動についてまずは泰葉が口を開きます。


「さて、今からは自由時間……と、行きたいところだけど、その前にご飯だね」


「ちょっと早くないっスか?」


 その意見にルルが異を唱えます。この時、時間を確認すると11時30分を少し過ぎたくらいでした。確かに昼食を12時とするなら少し早い時間帯です。

 しかし今日は休日です。みんな考える事は同じなのです。高速道路の渋滞を避けるみたいにみんなより少し早くに行動する事が時間を無駄にしないコツなのです。


「早い内に行かないと列が長くなって待ち時間が勿体ないよ」


 後で長時間並ぶのは誰だって避けたいものです。この泰葉の説得でみんなすぐに食事を摂る事になりました。次の問題はどこで食事をするかと言う事でしたが、場所がショッピングモールと言う事もあってその件はすぐに解決します。

 食べ物の好みがバラバラでもみんなが笑顔になれる場所と言えば――泰葉はドヤ顔でみんなに向かって宣言します。


「やっぱここはフードコートでしょ!」


 と、言う事でみんなはモール内の他の飲食店には向かわずにまっすぐフードコートに行きました。辿り着いたその場所は広い室内にそれぞれ個性豊かなお店が出店していて、みんな自慢の腕をふるっています。まだ時間帯が早い事もあって席は十分に空いていました。

 この状況を目にしたセリナは何か閃いたのかドヤ顔である提案をします。


「ねぇ、食べる場所だけ決めてみんな好きなところで買おうよ」


「それ、いいね!」


「それで行こう!」


 泰葉もゆみもその話に乗り、誰からも反対意見が出なかったのでそのアイディアは採用されます。大体の集まる場所を決め、みんなそれぞれに好きなお店に散りました。列の進み具合で多少集まりに差は出来ましたが、結構スムーズに料理を手に入れる事が出来、決めた席にみんな注文した料理を手にして集まります。

 全員が席に座ったところで注文した料理についての雑談が始まりました。


「うわっ、美味しそう。私もそっちにしたら良かった」


「そう?私はうどんも美味しそうに見えるんだけど」


「隣の芝生は青く見えるってやつだ」


 泰葉が注文したのはうどんで、本場の手打ち麺が美味しそうです。トッピング用に野菜とちくわの天ぷらも購入済み。そんな彼女が羨ましがっているのがハンバーガーを注文していたセリナでした。こちらのハンバーガーも有名チェーン店のもので味は保証付きです。


「鈴香はラーメン?」


「美味しいんだよぉ~」


 ゆみの言葉にほくほく顔の鈴香が答えます。彼女の選んだラーメンは塩ラーメンです。チョイス、結構渋い。自分の選んだ料理の話題が出たので、今度はお返しとばかりに鈴香はにっこり笑顔のままゆみの選んだ料理の事を口にします。


「オムライスもいいね~」


「いいでしょ」


 ゆみの選んだオムライスはオムライス専門店の作るそれなので、それはとても美味しそうでした。ふっくら卵の新鮮な黄色、その玉子にかけられたケチャップ……オムライス好きが見たらみんなこれを選ぶしかないと断言出来る程美味しそうなオムライスが彼女のお皿に乗っていました。


 その隣の席ではルルがアリスの選んだ料理について感想を述べています。美味しそうなそのメニューは日本人なら誰もが大好きなものでした。


「カレーって言うのも悪くないっスね」


「そっちの天丼も美味しそうデス」


 ある意味お約束のカレーを選んだアリスに対し、対面に座るルルが選んでいたのが天丼です。

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