第77話 愉快な休日 その4

 その笑顔を見た彼女はほっと胸をなでおろしました。


「あ、私この俳優さん好き!」


 意外とミーハーなのか、その映画の情報を見た泰葉は主演俳優に胸をときめかします。そうして誰からも不満の声が出なかったので、みんなでこの映画を観る事は確定事項となりました。

 観る作品は事前に話し合っておいても良かったのですが、最初にそうしようとした時にみんなさほど映画に興味なかったのかセリナに丸投げだったので、彼女が責任を持って決める事となっていたのです。

 重圧から開放され、彼女は小さくため息を吐き出します。


 映画の上映予定を眺めていた泰葉はここでもうひとつの選択肢に気付きました。


「……吹き替えと字幕があるけど」


「セリナはやっぱり字幕?」


「や、字幕だと感覚が混乱するから吹き替えの方がいい」


「そか、ダイレクト翻訳の能力と字幕で訳された言葉が違ったりするから……」


 映画の字幕は俳優の言葉を映画の展開に合わせて訳さなければならないので少し特殊な感じになっています。テンポ良く読ませる事が何より重要なのです。

 セリナはその言葉のズレがどうしても気になってしまう為、何も考えなくていい吹き替え版の方が好きなのでした。


「そそ、結構不便なんだよ~。能力を得てから字幕作品が観られなくなってさ」


「お主も不便よのう」


 能力故の不便さを語るセリナを泰葉が労らっていると、背後から更に吹き替え版希望の声が届きます。


「私も吹き替えでいいデス」


「アリスも?」


「まだ漢字ちょっと苦手ダカラ」


「あー、そうだね。分かる」


 帰国子女のアリスはまだ漢字については勉強中で、難しい漢字が字幕で出てくるとそこに気を取られて映画に集中出来ないようです。それを聞いた泰葉は知ったかぶりをするようにうなずきました。その彼女を横目で眺めていたゆみが軽くツッコミを入れます。


「泰葉はもうちょっと賢くなった方がいいんじゃない?」


「何よもー!字幕の漢字くらい分かりますー!」


 ハッキリ馬鹿にされている事が分かった泰葉はゆみに向かって頬を膨らませました。ふたりがそんなコントを演じている中、モニターを見ていたルルが大事な事に気付きます。


「吹き替え版観るならもう開場してるから早くチケット買うっスよ!」


 ルルに急かされてチケットを買う事になったのはいいのですが、ここでも問題が発生します。


「席どうしよっか?ちょうど6人分空いていたらいいけど……」


 そう、ここの劇場は全座席予約制でした。なのでチケットを買う時に座席を指定しないといけません。チケット券売機で手続きをして座席指定をする項目になったのですが、買う時間が遅かったせいか、ちょうどいい席は軒並み埋まっていました。

 空き座席を表示するモニターを見ながら泰葉はため息をひとつこぼします。


「うーん……ちょっと買いに来るのが遅かったのかな?ちょうどいい席で6つ開いているって言うのはないね」


「真ん中の席のちょっと後ろ気味で席が3つずつ空いてるっスよ」


「じゃあ、じゃんけんで決める?」


 ここに来て席をどうやって決めるのか問題が発生し、その事について何も考えてなかった泰葉は、悩んだ時の定番、じゃんけん案を提唱します。それを聞いたゆみがここでまた大きく揉めるのは時間のロスだとすぐに代替案を唱えました。


「取り合えずみんなが好きな席を指定して、被ったらその席だけ考えよう」


 じゃんけんで運に左右されるより、好きな席に座れた方がいいとみんなは即このゆみ案に賛成。次々に座りたい席を口にします。3列空いていたのはJ列とK列。どちら真劇場の真ん中よりやや後ろ側でポジションとしては悪くない位置です。空いていたのはそれらの席の11~14番。これらの席番も右に寄り過ぎず、左に寄り過ぎずのいい感じで真ん中周辺でした。


 早く決めないとこれらの席も埋まってしまうかも知れません。事は一刻を争うと言う事で、みんな矢継ぎ早に自身の座りたい席番を決めていきました。


「じゃあ私はJ列の11番」


「同じくJの13番っス」


「それじゃあJの12番」


 泰葉がJ列の11番を指名するとルルがその一席飛びの席を、セリナがその間の席を選びます。これで3席空いていたJ列が埋まります。残りはすぐ後ろのK席ですが、残りメンバーも誰ひとりこれらの席を選ぶ事に不満はなかったようで、ここから先もスムーズに話は進みます。


「うーん……Kの12デ」


「じゃあK14でいいよ」


「私はぁ~空いている席ならどこでもぉ~」


「ほんじゃ、鈴香はKの13ね」


「ほぉ~い」


 アリスがK席の12番を、ゆみがひと席開けて14番、どの席でもいいらしい鈴香はその真ん中の13番をゆみに指定されました。結局誰ひとり同じ席を選ぶ人は現れず、じゃんけんより適切に席順は決まりました。この成果に泰葉は驚きます。


「結局全然被らなかったね」


「友情の勝利っス!」


 ルルが拳を握りしめてガッツポースを取ると、その様子を見たセリナがボソリとつぶやきます。


「人はそれを妥協と呼ぶ……」


「ちょ、セリナ……」


 ゆみはすぐにその言葉に気付き、軽くツッコミを入れました。

 そんな軽いやり取りを挟みつつ、もたもたしていると上映が始まってしまうのもあって、みんな急いでチケットを買います。焦って操作の覚束ない人には操作慣れしているベテランの指導が入ります。具体的にはのんびり屋の鈴香にセリナが世話を焼いたと言うところですが。

 結局鈴香の分はセリナが代わりに全て操作してチケットを買う羽目になりました。全員がチケットを買えたところで泰葉がみんなに確認を取ります。


「みんなチケット買えた?それじゃあ早速出陣じゃ~!」


 こうして6人は意気揚々と指定された劇場に向かいます。モールの映画館はシネコン方式で6劇場が併設されています。誰ひとり違う劇場に迷い込まないようにと、列の最後にはセリナがついてみんなを見守ります。とは言っても、ここでもその対象は唯一迷いかねない鈴香だけなのですが。

 そんな彼女の気配りのお陰でみんな間違いなく正しい劇場に入ります。そうしてチケットの席順に無事に座る事が出来ました。


 普段なら映画鑑賞時の口寂しさの解消等に売店で何か買うのも良かったのですが、今回は時間の余裕もなくて何も買わないまま劇場に入ります。みんなが席に座ったと同時くらいに劇場照明が暗くなり、映画上映前の他作品の予告ラッシュが始まりました。

 次々に流れる予告映像を眺めながら、泰葉はこのシステムについて不満を漏らします。


「映画ってさ、この予告が長いんだよね」


「え?いいじゃん予告、私好きなんだけど」


 この意見にそれが好きなセリナは驚きます。何故なら彼女は映画予告ならずーっと見ていても飽きない性分だったからです。

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