第76話 愉快な休日 その3

「ちょ、ここ移動時間が計算に入ってなくない?」


 鈴香に続けとばかりに今度はゆみがこのスケジュールの不備を口にします。全体的な感想としてアリスもまたこの計画に異を唱えます。


「流石にこれはタイト過ぎマスネ」


「あ~もう!じゃあどうすればいいのよっ!」


 折角寝不足になりながら作ったのに誰からも好意的な意見が得られず、セリナの不満が爆発しましました。この不穏な雰囲気を察した泰葉はそこで急遽打開策を思いつきます。


「遊びの計画なんだからさ、もっとゆるくていいんだよ。だから例えばこことここは今回はやめるとか」


 彼女はシャーペンを筆箱から取り出してセリナの作ったスケジュール表のギチギチに詰まっている予定の幾つかに斜線を入れます。そうして余白を作ると、それを目にしたゆみがまるでナイスアイディアかのように声を弾ませました。


「お、そうしたら確かに余裕が出来る」


「実際、行き当たりばったりでもいいんじゃないかなって私は思うよ。休みの日にする事なんだから」


 斜線を引いた本人はそう言ってドヤ顔になりました。セリナが考えた計画なのに部外者によってかなり好き勝手に変更が加えられていきます。

 そうして余裕のあるスケジュールが組まれ、ゆみが代表になってみんなにそれを見せました。


「じゃ、こんな感じにする?」


「セリナが納得するならいいんじゃない?」


 彼女の呼びかけに泰葉はそう答えます。一番大事な決断の責任だけを背負わされた格好になったセリナですが、話がここまで進んで今更拒否出来る訳がありません。本心はともかくとして、彼女は戸惑う風な表情を見せながらその案を受け入れます。


「わ、私はいいよ別にそれで」


「じゃあこれで決定って事で」


 こうして次の休日にみんなが遊ぶ予定は大体決まりました。大体と言うのはそう、このスケジュール自体も大まかなガイドラインと言う事で、その場で何か別に思いついた事があったらその都度予定を変えていこうと言うものです。

 ゆるゆるスケジュールで行こうと言うのがみんなで話し合った結果、決まった事なのでした。


 そうして時間は流れ休日当日の朝になります。待ち合わせの時間に余裕をもたせたのもあって集まる時間に差異はあったものの、みんなドタキャンせずにちゃんと全員集まりました。

 一番最初に来たのがセリナで、最後に来たのが鈴香と言うのはもはやテンプレと言っていいでしょう。


「揃ったね、じゃあ行こうか」


 全員が揃ったところで泰葉が声をかけます。一同が向かった先は、当然のようにショッピングモールでした。休日な事もあって市内最大の複合商業施設は大繁盛です。自転車で向かった6人の脇を同じ場所に向かうであろう車が列をなしていました。モールの駐車場は満杯で誘導員さんが必死に入場する車を誘導しています。

 幸い、二輪の駐車場はまだ少し空きがあって泰葉達はその空きにバラバラで自転車を押し込んでいきました。


 しっかり自転車を停められたところでみんな集まります。そうして立派な建物を眺めながら改めて泰葉が口を開きました。


「やっぱここに来ちゃうよね」


 その言葉に秋らしいコーディネイトをバッチシ決めたゆみが返事を返します。


「ここに猫カフェも入ってたら良かったのにね」


「本当だよ~」


 その言葉に鈴香は眠そうな目をこすりながらうなずきます。このやり取りにみんな苦笑いを浮かべました。そんなこんなでみんなはモールの建物に入ろうと歩き出します。


 モール前の広場はイベントなどが行えるような仕組みになっているのですが、その広場では既に多くの人が集まっていました。その様子を見て泰葉は疑問を感じます。


「あれ?今日何かイベントしてたっけ?」


「確かに人が多いデスネ」


「ここにポスターがあるよ!何か人気芸人の野外ライブがあるみたい」


 セリナはポスターを見つけると、みんなにそれを説明します。ポスターによれば今日テレビで人気のお笑い芸人がここでライブを行うようでした。人が多かったのは有名人だったのと、ライブ自体が無料ライブだったからのようです。人だかりの理由が分かったところで泰葉はポツリとこぼしました。


「ああ、興味ないわ」


「そっスか?私この人結構好きっスよ」


 泰葉はテレビのお笑い芸人に余り興味がありません。対象的にルルはそう言うのが大好きなようです。ここでちょっとした好き嫌いによるプチ論争が始まりかねない雰囲気が生まれてしまいますが、それを察したセリナが先手を取ってみんなに向かって忠告します。


「好きでも嫌いでもスケジュール被ってるから」


「はいはい、セリナ様に従いますよ」


 この言葉に泰葉達は少しふざけ気味に返し、みんな穏やかな気持ちのまま建物に入ります。立ち並ぶお店は思い思いのディスプレイで、歩く人を誘惑しています。アウトドアグッズのお店、アクセサリーのお店、携帯電話ショップなどをみんなが横目で眺めていると、自然な流れで流行りの服が視界に入ってきました。


「服はやっぱり季節を先取りだね」


「お財布が許せばなぁ~」


 お店に飾られたオシャレな服を見ながらセリナとゆみがそれぞれの思いを口にします。すぐにでもお店に突入したいところですが、まずは一番の目的に向かう事が先決です。何故ならそこは時間が決まっているからです。動物達が目に見えたところで立ち止まった鈴香に泰葉は強めに声をかけました。


「さ、まずは映画だよ!」


「ペットショップウ~」


「鈴香、あとあと!」


 中々動かない彼女を無理やり動かして6人はモール内の劇場にやって来ました。広い入口では現在上映中の映画の情報やチケット売り場、食べ物などの売店。室内のモニターには次回上映の映画の予告編が上映されています。


 映画の上映予定の時間を表示するモニターを眺めながらアリスが質問します。


「それデ、何の映画を観るんデスカ?」


「みんなの好みに合えばいいけど……この昔アニメだった作品の実写版」


 その質問にセリナはもうすぐ開場される映画のひとつを指差します。それはアメリカの有名映画制作会社が制作した今話題の作品でした。元となったアニメも大ヒットして誰もが知っている作品です。その作品が実写化されると言う事で以前から大きな話題にもなっていました。

 既に全世界で上映され、どの国でも大ヒットを飛ばしています。この劇場でも期待されているらしく、一番大きな劇場で上映されていました。


 観ようとする作品をここで知らされてルルはポツリとこぼします。


「洋画っスね」


「えっと……ダメ……だった?」


「いや、オッケーっス!」


 ルルはセリナに向かってニコッと笑うとサムズ・アップしました。

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