おばあちゃんのおもてなし

おばちゃんのおもてなし

第59話 おばあちゃんのおもてなし その1

 10月に入っての最初の休日。泰葉の自宅ではアップルパイパーティーが開かれていました。集まるメンバーはもうほぼ固定されていて、顔馴染み同士の和やかな時間が過ぎていきます。

 やがて時間になってお開きとなり、参加者がそれぞれ泰葉に挨拶をしながら帰り始めました。


 まず最初に彼女に声をかけたのはリンゴ仲間以外で一番参加してくれている皆勤賞の井出希です。


「いや~、今日のアップルパイも美味しかったよ」


「ありがとう」


 満足気に帰っていく彼女を見送っていると、同じく皆勤賞の田口京香が泰葉に声をかけます。


「またやってよね」


「うん、期待してて!」


 彼女もパーティを楽しんでくれたようで、その言葉を聞いた泰葉も嬉しくなって言葉を返しました。次に声をかけて来たのはパーティには3度めの参加の城島みと。


「う~ん、満足ゥ」


「そう言ってもらえると嬉しいな」


 彼女もこのパーティーに満足してくれたようで、泰葉も同じように笑顔になって見送ります。みとを見送っているとその横ですぐに声をかけて来たのはクラスメイトの冴島義人でした。彼は泰葉が気付いて振り返るとサムズアップをしながらドヤ顔で口を開きます。


「やっぱりアップルパイは泰葉のが一番!」


「本当?やった!」


 女子に褒められても嬉しいけど、男子に褒められてもやっぱり嬉しい訳で、彼の言葉に泰葉の声も踊りました。手を振って見送っていると背の高い女子が横から彼女に声をかけます。それはバレー部所属の丸山聖子でした。


「どうやったらこんな美味しいのが作れるの?」


「企業秘密です」


 彼女の質問の対して泰葉は茶目っ気たっぷりに答えました。聖子はあははと笑いながら帰っていきます。次にパーティの感想を口にしたのはスリムメガネの伊藤真司でした。初めて参加した彼はメガネをくいっと上げると興奮気味に口を開きます。


「このアップルパイ、お金取れるよ!」


「ふふん、でしょお」


 売り物レベルの評価って最大の賛辞とも言えます。泰葉は彼の評価に胸を張って鼻息荒く答えました。次にそのひとりコント状態の彼女に声をかけて来たのが普段は本の虫の吉木秀行です。普段の彼は騒がしいところが苦手っぽい雰囲気を出していますが、実は甘党で高校に入ってからのこのパーティーの常連なのでした。


「文化祭はこれで決まりだね!」


「あ~文化祭かぁ~。それまでにもっと美味しくさせないとだね」


 泰葉の通う学校の文化祭は11月の始めに催されます。彼に指摘されて俄然泰葉はやる気になりました。文化祭と言ってもまだ先の話なのでクラスで何をやるかとかも、全く何も決まっていないんですけどね。


 彼女が腕を組んでうんうんとひとりうなずいていると、またひとり帰り際に泰葉に声をかけて来ました。彼の名前は江南義弘、普段はサッカー部で汗を流しています。今回は日程の都合がついたと言う事でこのパーティーに参加しました。何気にこのパーティ初参加です。


「美味しいけど、アップルパイ以外も食べてみたいかな」


「う、うん……。何か考えておくよ」


 義弘は初参加の癖にかなり贅沢な事を口走りました。実際のところ、泰葉がみんなに自慢出来るのはアップルパイくらいのものだったので、頬に冷汗がたらりと流れます。そんな贅沢リクエストをした彼でしたが、帰り際の満足そうな顔を見た限り特に不満は抱いていないようで彼女はほっと胸をなでおろします。


 これでリンゴ仲間以外のメンバーは大体帰ったかなと泰葉が振り返ると、そこにひとり不安そうな顔をしたクラスメイトが立っていました。

 その雰囲気に何かを感じた泰葉が声をかけると、彼女、鹿島明美はうつむいたまま話し辛そうに口を開きます。


「あの、私、何か最近変なんだ……」


「何かあったの?」


 泰葉が心配そうに明美の顔を覗き込みながら尋ねます。最初こそ話し辛い感じでしたが、黙って話を待つ泰葉の態度に安心した彼女は意を決して事情を話し始めました。


「このパーティーの日に限った事なんだけど、夜を全然暗く感じないんだ。その感覚のまま無灯火で自転車を走らせて職質された事もあるし、何でかな?」


「えっと……その効果はその日だけなの?」


「うん、次の日にはもう普通に夜は真っ暗で……不思議。もしかしてパイに何か特別なものを入れてるの?」


 明美の鋭い洞察力に泰葉はうろたえます。いきなり真実を話していいものか悩んだ彼女は取り敢えず誤魔化す事にしました。一旦ワンクッションを置こうと思ったのです。泰葉は手を左右に振って平静を装いながら口を開きます。


「いやいや、そんな事はないよ!でも不思議だね……うん、分かった!調べてみるよ」


「何か分かったら教えてね」


 明美は泰葉の態度に何かを感じ取ったみたいでしたが、敢えてそれ以上の事は追求せずにそのまま帰りました。彼女を見送っているとずっとそのやり取りを眺めていたルルが首を傾げながら声をかけます。


「どう言う事っスかね?」


「明美、きっとリンゴ能力に目覚めてる……ただ、効果はその日限りみたい」


「そう言う事もあるっスか?」


 このリンゴ能力の発現の話にルルは感心します。その流れで泰葉は過去に起こった話を彼女に話します。


「……昔パーティーに呼んだ子で同じ事があって……気味悪がられちゃった事があったんだ」


「それは初耳デス。まぁ全員が全員受け入れられるってものでもないかも知れないデスネ」


 泰葉とルルの話にいつの間にかアリスも参戦していました。高校に入ってからのリンゴ仲間2人を前に泰葉は持論を口にします。


「ずっと能力が使えるタイプなら受け入れるしかないけど、りんごを食べたその時しか発動しないなら食べなければいいだけだからね」


「で、その子の能力ってなんだったっスか?」


 好奇心旺盛なルルの質問に泰葉は一瞬答えるのを躊躇します。ただ、ここで誤魔化すのは信頼を裏切る事にもなるので正直に話す事にしました。


「確か……完全に気配を消してしまう能力だった……かな。誰にも気付かれなくなっちゃって泣いちゃって……リンゴ能力者には効かないんだけどね」


「能力がコントロール出来なかったっスか……それは辛いかも」


 ルルがこの話に同情しているところで、アリスが泰葉に質問します。


「その子にはリンゴの事は話したんデスカ?」


「話したよ。でもそれからは疎遠になっちゃった。謝ったんだけどね……」


 この質問にも泰葉は正直に事の顛末を話しました。彼女の言葉を聞いたアリスはその悲しい出来事に言葉を返せないようでした。そんな3人の会話を黙って聞いていたセリナはここで助け舟を出そうとこの会話に割って入ります。


「誰がどんな能力に目覚めるか分からないもんね、そう言う事もあるよ」


「その子が能力常時発動型じゃなかったのは不幸中の幸いデシタネ」


 こうしてアリスがその話を受け入れられたところで、セリナが改めて泰葉に質問します。


「で、明美には種明かしするの?」


「しようと思う。そんな困った能力じゃないし、嫌われはしないんじゃないかな」


「だといいっスね」

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