第49話 呪いの人形 その2
彼女が人形に気を取られていると今度はその人形が泰葉に向かって語りかけて来たではありませんか。これについても彼女は大変驚き、つい大声を出してしまうのでした。
「しゃ、喋ったァァァァァァ!」
「泰葉、どうしたの?」
その大声を聞いて泰葉の母が何事かと飛んで来ました。突然の出来事に混乱しながらも彼女は何とか事態を説明しようと口を開きます。
「お、お母さん、今この人形が……」
「人形?どこに?」
「どこにってここにあるじゃ……あれ?」
泰葉が人形について説明しようとした所、人形はいつの間にか消えていました。その為、母に彼女の言葉は届かなかったのです。急に人形が消えてしまったので逆に泰葉の方が混乱してしまいます。
その様子を見た母はため息をひとつつくと彼女に言いました。
「……騒ぐのもいいけど、もう少し静かにしてね。もう夜も遅いんだから」
「あ、ごめんなさい」
母は言いたい事を言い終えると部屋から出ていきました。ドアが閉まったのを確認して泰葉は緊張から解き放たれて肩の力を抜きます。それからさっきの現象は何だったのだろう?と首を傾げながら振り向いた時、そこからまたひょっこりと人形が顔を出しました。
(ふう、びっくりしたわね)
「?!」
(あら?どうしたの?目をそんなに大きくして)
人形はさっきとは全く別の場所から姿を現したのです。人形自体が目の前で動いた訳ではないのに気がつくと移動している。それはまさに呪いの人形の本領発揮と言ったところでした。
こう言う場合、人形と会話する事は控えた方がいいと言うのが常識なのですが、好奇心に駆られた彼女はつい人形の言葉に口を聞いてしまいます。
「あなた、何でそこに?」
(ふふ、私、隠れるのは得意なの)
泰葉の問いかけに人形はそう言って笑います。とは言っても人形の表情は変わらないので聞こえる声が笑っているだけなんですけど。
「さっきは隠れてたの?」
(そうよ。それにこの声はあなたにしか聞こえない)
「えっと……」
その衝撃の告白に泰葉は一瞬固まります。何故ならこれが事実なら周りから見たら泰葉は人形に独り言を話しかけているおかしな人になってしまうから。
この時、この人形と会話をするのは誰にも見られていない場所でだけにしようと彼女は固く誓ったのでした。
(不思議でしょ?でも世の中は不思議で溢れているものなのよ)
黙っていてもずっと話しかけてくる人形に対し、彼女も開き直ります。こうなったらとことん話を聞こうと泰葉は好奇心の赴くままに人形に話しかける事にしました。
「あなたには名前があるの?」
(私、今まで色んな名前で呼ばれてきたわ。ジョセフィーヌとかアンヌとかマリーとか……)
そう話す人形の声はあまり楽しそうではありませんでした。もしかしたら今までに気に入った名前で呼ばれた事はなかったのかも知れません。それとも昔の思い出を振り返って寂しい気持ちになってるのかも知れません。そんな雰囲気に彼女は少し戸惑ってしまいます。
「じゃあ、私はあなたを何て呼べばいいかなあ?」
(名前って他人から付けられるものでしょ?好きに呼んでいいわ)
この人形の言葉に泰葉はますます困ってしまいます。決められない以上は決めてもらう方がいいと彼女は口を開きます。
「そっか、今までにどんな名前を呼ばれたのが一番気に入ってた?」
(どの名前もお気に入りよ、だから過去にこだわらなくていいの。そうね、今の名前が欲しいわね、新しい名前が)
ああ、きっと人形はそれが望みなんだと泰葉は直感でそう感じました。それならばと彼女は人形の想いに応える事にします。
「そうなんだ、じゃあ今から考えるよ、ちょっと待ってて」
泰葉はそう言うとくるりと椅子を回転させて机の引き出しを開けます。そこから何を書いてもいいノート取り出して空白のページを広げ、早速人形の名前を考え始めました。
キャラクターの名前を考えるのがそんなに得意でない彼女は天井を見つめたり、腕を組んだり、時には言葉を口に出しながらこの人形に合いそうな名前を懸命に考えます。
幾つか紙に書いてみたものの、その中からとっておきのひとつを決めきれません。困った泰葉はノートを片手に振り返ると、健気にじいっと待っている人形に向かって今の素直な気持ちを伝えました。
「えっと、いくらか候補があるんだけど……選んでくれる?」
(いいわよ。聞かせて)
人形は彼女の願いをあっさりと受け入れてくれました。泰葉は一呼吸置くと自分で考えたその名前をひとつずつ語り始めます。
「まずはクリス」
(いいわね)
人形はその名前を気に入ったようです。その反応を見ながら次の候補を挙げます。
「次はリーン」
(いいわね)
この名前もまた評価してくれました。更に候補を続けます。
「次はアリア」
(いいわね)
今のところ人形は泰葉の考えたどの名前も気に入っているようです。候補はまだまだありました。
「次はナリス」
(いいわね)
さっきから人形は彼女の考えたどの名前にも同じ反応です。この事についてどう解釈していいのか分からなくなりつつ、泰葉は名前候補最後のひとつを口にします。
「最後にみちる」
(いいわね)
結局最後まで人形はどの名前に対しても同じ反応を繰り返すばかりでした。これではこれだと言う名前がどれだか判別がつきません。結局雰囲気で察するのは諦めて、彼女は人形に直接どれがいいか聞く事にしました。
「ねぇ、どれがいい?」
(やっぱり私には決められないわ。あなたが決めて)
「えぇ……?」
選択する事を放棄した人形のこの言葉に言葉に泰葉は大きなため息を吐き出します。どの名前を出しても反応が一緒だったところからそんな予感を薄々と感じてはいた彼女は、仕方なく候補の中から可能性の薄いのから消していく消去法で名前を決めていく事にしました。
「でも、洋風のお人形だし和風の名前はないよねー」
(そう?悪くはないと思うけど)
「じゃあ、ナリスでいい?」
(いいわよ、あなたがそう決めたのなら)
本当は他の名前も捨て難かったのですが、全ての名前を出してもまた自分だけが悩む形になりそうだったので、結局強引に決めてしまう事にしました。
強く勧めると彼女はその名前を素直に受け入れます。そう言う訳で目の前の呪いの人形は今からナリスと言う事になりました。
「じゃあ私も自己紹介するね。私は泰葉。よろしく、ナリス」
(よろしく、泰葉)
その後、泰葉とナリスは眠るまで色んな会話を楽しみます。ナリスの事を知る度に彼女はこの人形が好きになっていくのでした。
ナリスの話によれば作られたのは300年位前で、その頃から今までに様々な人の手に渡って愛されて来たと言う事でした。話の中には冒険心溢れるものや魔術めいた怪しげな話もあって、泰葉はそんな話を聞きながら眠りについてしまいます。
「おはよう、ナリス、私学校に行ってくるね」
(いってらっしゃい、泰葉)
朝になって目が覚めた彼女はナリスに挨拶をして準備を済ませると部屋を出て行きます。そんな泰葉をナリスは人形らしく無表情なまま見送るのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます