呪いの人形

第48話 呪いの人形 その1

 その日、泰葉は久しぶりにおばあちゃんに会いに来ていました。おばあちゃんは相変わらずの若々しさで彼女を迎えます。高校生の一人旅と言う事で何か御褒美をあげようと言う事で家の隣りにある倉庫を案内してくれる事になりました。


 そこには今までおばあちゃんが仕事を通じて手に入れた珍しい物や貴重な物が沢山収められています。取り扱いの難しい物もあって普段泰葉はひとりで入る事を許されていませんでした。


 今回もおばあちゃん同伴ですが、珍しい物を見た時にその説明が欲しいのでむしろおばあちゃんは必要な存在です。泰葉は倉庫の中の色々な収蔵品を見ながらひとつひとつ丁寧に説明してくれるおばあちゃんの話に聞き入っていました。


「おばあちゃん、これは?」


「それはね、呪いの人形だよ」


 その倉庫に中でふと見かけた可愛らしい西洋人形は一見何の変哲もないように見えます。不思議な物や奇妙な物が多い倉庫の収蔵品の中で、むしろここに収められているのが不自然に見える程でした。

 けれど、おばあちゃんの話によればそれは曰く付きの人形だと言う事なのでした。呪いと言う言葉を耳に入れた瞬間、泰葉はゾッとしてしまいます。


「な、何でそんなものがここに?」


「別にいつも悪さする訳じゃない、ここにあれば何もしないのさ」


「そ、そうなんだ」


 おばあちゃんの倉庫は不思議な力が秘められていて、どのような噂のある代物でも、この倉庫に中にある間はその力は抑えられるようになっているらしいのです。

 この人形もその効力によって倉庫内では普通の人形と同じ状態になっているとの事でした。

 それで人形の顔をじいっと眺めていた泰葉はふとある事を閃きます。


「あ、そうだ。ゆみだったら何か聞けたりして」


「ああ、あの霊と話の出来るお嬢ちゃん」


「そう、その子」


 人形が呪われているとして、それは霊の仕業じゃないかと泰葉は考えたのです。霊が原因なら、霊と話が出来るゆみなら何か人形から情報が聞き出せるのではないかと泰葉は思ったのでした。

 その話を聞いたおばあちゃんは腕を組んでしばらく考えます。


「うーん、どうだろうね?確かに出来るかも知れないね」


「おばあちゃん!」


 おばあちゃんがその可能性について言及したその時、何か思いついたのか急に泰葉が大声を上げます。


「な、何?大声出さなくても聞こえるよ」


「あ、ごめん。あのさ、おばあちゃん、この人形、貸してくれない?」


 泰葉が大声を上げたのはおばあちゃんに頼み事をしたかったからのようです。話を聞いたおばあちゃんは呆れた顔をして言いました。


「泰葉、さっきの話を聞いていたのかい?この人形は呪いの人形だって。ゆみちゃんに見せたいなら彼女をここに連れてくるんだね」


「それもそうだけどさあ……」


 おばあちゃんに注意された泰葉は口を尖らせます。きっとゆみをここに連れてくるより自分が持って帰ってそこで彼女に見せた方がいいと考えていたのでしょう。

 不服そうな表情を変えない泰葉の顔を見て、おばあちゃんは自分がそう言った理由を優しく説明します。


「この倉庫は特別なんだよ。ここにあるから大丈夫なものがたくさんあるんだ」


 このおばあちゃんの説明を聞いて頭の中の豆電球が光った泰葉はこの倉庫においてある重要アイテムについて質問します。


「あ、だからリンゴもここに置いてあるの?」


「そうだよ。ずっと外に出しておくと普通のリンゴになっちまうんだ」


 泰葉の推理は当たったらしく、おばあちゃんは例のリンゴがこの倉庫に置いてある理由を説明しました。その説明を聞いた泰葉は人差し指を顎に押し付けながら自分の記憶を辿ります。


「私、今までに何個もリンゴ貰ってるけど……」


「いいんだよ、ここから出して一週間くらいなら。でも一ヶ月も経つと流石にね。この世界に馴染んでしまう」


 泰葉はこのおばあちゃんの説明に納得してうんうんとうなずきます。


「そっか、分かった。じゃあ今度ゆみを連れてくるよ。いい?」


「それならいつでも大歓迎さ。リンゴ仲間はみんな私の友達だよ」


 おばあちゃんはそう言って笑います。ゆみの事を暖かく迎え入れてくれているおばあちゃんの心遣いに泰葉は心が暖かくなるのでした。

 ただ、持ち出す事は諦めたものの、彼女の人形への興味は収まっておらず、それからしばらくずっと泰葉は人形ばかりをずっと眺めています。


 何故そんなに彼女がこの人形に御執心なのかと言えばそれも単純な話で、その人形がとても可愛くて気に入ったからなのでした。


「それにしてもこの人形、本当にキレイだよね。どんな呪いがかかってるの?」


「持ち主を不幸にするんだ、そう言うの、よくある話だろ?」


 おばあちゃんは特に思い入れもなさそうにそう言います。きっとおばあちゃんにとって、この人形は数多くある倉庫の中にある収蔵品のひとつと言う認識なのでしょう。泰葉はどう言う経緯でこの人形がおばあちゃんのもとにやって来たのか知りたくなりました。


「その人形が何でここに?」


「仕事関係でそう言うのがよく手に入るんだよ。きっと私は曰く付きの物を気前よく預かってくれる便利屋扱いされてるんだ」


 おばあちゃんはそう言って自嘲気味に笑います。


 かつておばあちゃんは世界を旅したり、冒険したりしていて、その度に現地で色んな物を手に入れていました。その後は占い師を始めて、そこでもその仕事を通じて色んな物を手に入れています。この倉庫はそんな戦利品を集めた場所でもあるのです。


 ただし、集まった理由が理由なので、まともなものは殆どありません。呪われているものが殆どと言っていいでしょう。おばあちゃんの倉庫はさしずめ呪われた物展示館と言っていい有様です。

 だからそこに人形があったなら、呪いの人形であるのは当然と言えば当然の話だったのです。


「それも結構迷惑な話だよね」


「本当だよ全く」


 同情する彼女の言葉におばあちゃんはため息と一緒に愚痴も吐き出していました。人形についてはまだ未練があったものの、この倉庫にはまだ彼女が見た事もない物がたくさん置いてあります。それらについても興味があったので泰葉はおばあちゃんに催促しました。


「そうだ!この倉庫の中、もっとすごい物とかある?」


「ああ勿論。ついておいで」


 こうして泰葉は時間をかけて倉庫内のおばあちゃんの秘蔵のコレクションをじっくりと堪能しました。十分に満足した彼女はおばあちゃんの家を後にします。それから泰葉は電車で一時間をかけて自宅へと戻りました。


「ふ~。やっぱりおばあちゃんちは面白いなー。いつ行っても新発見があるよ」


 部屋で彼女がくつろいでいると、室内に見慣れないものがあるような気配を感じて、ふと振り返ります。


「ん?!」


 そこにあったのはさっきおばあちゃんの家の倉庫で見かけたあの人形でした。その可愛らしい服も優しそうな顔も、さっきまで思い出していたのだから間違いようがありません。この謎の現象を前に泰葉は現実を受け入れられず、ただただびっくりしてしまいます。

 人形はまるではじめからそこにあったみたいに、ベッドの縁にちょこんと可愛らしく座っていました。


「な、何で?」


(私、貴女が気に入ったの)

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