第45話 海へ その5

 そんな時でした、泰葉が何かに気付いたのは。その反応を目にしたセリナは彼女に声をかけます。


「どうしたの?」


「さっき魚が跳ねて、呼ばれた……」


 そう、バナナボートが見つからず困っている泰葉の前に小さな魚が突然現れてぴょんぴょんと跳ねたのです。魚は彼女に着いてくるように促しているようでした。


「魚の声か……行ってみよう」


 一体何が起こっているのか分からない状態では、少しの情報でも手がかりになるかも知れないものは全て重要です。セリナは動物の声が聞こえる泰葉を信じ、泰葉はその魚の声を信じる事にしました。魚は2人をもっと沖へと導いていきます。一生懸命に魚を追いかけているとやがて周りの景色が変わっていきました。


「嘘?霧が……?」


 確か予報では今日の日中は終日いい天気のはずです。それが魚に導かれて進む内に少しずつ謎の霧が包み始め、最後には周りがほとんど見えなくなってしまいました。

 流石にこれはおかしいと感じたセリナは泰葉に進行方向の確認を求めます。


「こっちで合ってる?」


「う、うん」


 やがて辿り着いたそこはすっかり霧に囲まれた別次元のような空間でした。先導していた魚はいつの間にかいなくなり、辺りに漂う怪しい雰囲気にセリナは思わすつぶやきます。


「な、何これ……」


「あそこ!バナナボート!」


 周りを見回しながら見慣れない場所に着いた恐怖に身を震わせるセリナに対して泰葉は冷静にこの海域を観察していました。そこで彼女は視線の先に漂うバナナボートを発見します。バナナボートに乗る2人も目視で確認出来たので泰葉達は彼女達に近付いて行きました。

 ある程度近付いたところでバナナボート側も泰葉達の存在に気が付きます。それでゆみが近付く2人に声をかけてきました。


「あ、2人共来ちゃったんだ」


「いやいや、どう言う事よ?」


 意外と脳天気に平気そうにしている2人に泰葉は一体何があったのか事の顛末について尋ねます。


「霊に呼ばれてね。後は言わなくても分かるよね」


「うわあ……」


 ゆみのこの言葉に怖い話があまり得意でないセリナは絶句します。同席していたその手の話が割と平気な泰葉は彼女に根本的な質問をしました。


「あれ?ところでゆんって浄霊的な事も出来たんだっけ?」


「私は会話しか出来ないよ?でも話し合って納得してくれると行ってくれるから」


「あ、そうなんだ」


 ゆみの説明を聞いた泰葉はその言葉が腑に落ちたのかすぐに納得しました。取り敢えず2人が無事な事を確認出来たセリナもようやく落ち着いて、ふぅと溜息をひとつ漏らします。

 それでゆみと同席していたルルはと言うと、興奮気味に彼女を称えていたのでした。


「ゆみっちが霊と話すところを初めて見たっス。感動したっス!」


「あ、それで沖に行きたがってたんだ」


 ゆみがずっと沖に行きたがっていた理由を泰葉はそう分析します。この言葉を耳にした彼女はそれが正解だと言わんばかりにうんうんとうなずきました。それから今度は自分達から質問を返す番だとゆみが泰葉に尋ねます。


「でもどうやってこの場所を?」


「魚が跳ねて教えてくれた」


 ゆみの質問に泰葉は素直に答えます。あの時の魚は泰葉がゆみを探しているのを知って呼びに来てくれたのか、人なら誰でも良かったのか、その魚が姿を消してしまった今となってはもう真相は分かりません。

 けれど今は真実を追求するのは野暮なのかなと言う気になっていました。彼女の言葉を聞いたゆみはニコリと笑って返事を返します。


「そっか、やっぱ魚の声も聞けるんだ。それが分かって良かったじゃん」


「ま、まぁね」


 ゆみにそう言われた泰葉は何だかうまく誤魔化されたような気がしてぎこちなく笑うのでした。

 霧に囲まれた不穏な空間はやがてその原因が取り除かれた事によって徐々に回復していき、数分後にはすっかり元の景色に戻っていました。青空が戻ったところで4人は浜辺へと戻ります。


「あ、帰って来たみたいデス!」


「無事で何よりだよ~」


 浜辺で4人を出迎えてくれたのは留守番状態だったアリスと復活した鈴香でした。目覚めた鈴香を目にしたゆみは彼女に声をかけます。


「鈴香、起きてたんだ」


「私は3時前に起きたよ~」


 そう、なんやかんやあって問題が解決して4人が浜辺に帰って来た頃、時間は午後3時をとっくに過ぎていたのです。と、言う訳でそろそろ帰る準備をした方がいい時間になっていました。時間を確認した6人は帰る準備をしようと海の家へと向かいます。そこには沖に行っていた4人を心配するアリスのお母さんが待っていました。


「みんな一体何があったの?」


「ちょっと、まぁ、色々あって……」


 この質問に泰葉が事情を誤魔化しながら説明しました。アリスのお母さんはその言葉で察してくれたようで、それ以上深くは追求しませんでした。


「とにかくみんな無事で良かった。そろそろ帰る準備をしましょ」


 それからシャワーを浴びて普段着に着替えたみんなは行きと同じようにアリスのお母さんの運転で地元へと戻ります。

 帰りの道中で助手席に座ったアリスは運転中の母親から伝言を託されます。彼女は後ろの座席に向かって振り返るとその言葉を伝えました。


「ママが戻ったら花火しましょうって」


「みんな少し遅くなっても大丈夫?」


 アリスの言葉に続いて運転中の彼女の母親も言葉を続けます。この質問にみんなを代表して泰葉が答えました。


「あ、はい」


「ちゃんと家には連絡してね」


 アリスの母親が念を押す用に注意事項を口にしたものの、この時は後ろから返事は戻って来ませんでした。ルームミラーを動かして確認するとその理由が判明します。後部座席に座っていたみんなはもうすっかり眠ってしまっていたのです。


「あらあら、みんな疲れちゃったのね」


 その様子を目にしたアリスのお母さんは優しく微笑むのでした。

 やがて車は行きと同じ時間をかけてアリスの家に到着し、そこで寝ていたみんなを起こします。起こされたみんなはそのままアリスの家に庭に招待されました。


 まだ明るい時間帯でもあったので、まずはここで夕食を楽しむ事になりました。招待された5人がそれぞれ遅くなる事を家族に連絡している間に準備は進み、アメリカーンなバーベキューセットがセッティングされていきます。準備が整ったところで魅惑のバーベキューパーティーが始まりました。

 肉を焼いたり野菜を焼いたりと豪快で本格的な本場のバーベキューにみんな大満足したのでした。


 食事が終わると次はいよいよお待ちかねの花火タイムです。アリスは一度家の中に戻るとこの時の為に用意されていたらしい花火セットを持って現れました。そしてそれぞれが好きな花火を手に取って今度は花火パーティーが始まります。

 泰葉は一番オーソドックスなススキと呼ばれる手持ち花火に火をつけながらアリスに尋ねます。


「アリスは花火も初めて?」


「何もかも初めてデス。空に打ち上がる花火は見た事ありますケド」


 その質問にアリスはそ興奮気味に答えると初めての手持ち花火を楽しむのでした。花火の発する火花と音にみんな夏の風物詩を堪能します。

 用意された手持ち花火をみんなが楽しんでいると、アリスのお母さんがデザートを持って現れました。


「冷たいスイカも切ったから良かったらどうぞ」


「有難うございまッス!頂きまっス!」


 その言葉に最初に反応したのは元気娘のルルでした。その後、みんなすぐに切られたスイカを手に取ります。みんなで仲良くスイカを食べながら、泰葉はアリスに今日の感想を尋ねました。


「今日、楽しかった?」


「ハイ!とってモ!」


「うん、それは良かったよ」


 それからみんな手持ちの花火がなくなるまで花火を堪能して、楽しいイベントは解散と言う事になりました。アリス親子に見送られながらみんなそれぞれの帰路につきます。

 夏休みの楽しい思い出が出来たと言う事で泰葉は今日の出来事に大変満足したのでした。

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