第44話 海へ その4

「ああ、霊ね。海も山も似たようなもんだよ。それにこの海は特に感じないかな」


「そっか、穏やかな良い海なんだね」


「って言うか、そもそも曰く付きの海だったら海水浴客が集まらないって」


 このゆみの正論に泰葉はぐうの音も出ませんでした。3人はそれから足がつく浅瀬で追いかけっこしたり水を掛け合ったりして海を満喫します。

 リンゴ仲間は全員が海を満喫しているようでもなく、海をエンジョイする組もいれば浜辺でまったり海の景色を眺めながらくつろぐ組もいました。

 浜辺組のセリナは同じく浜辺でくつろいでいるアリスに声をかけます。


「アリスは泳がないの?」


「私、あんまり上手じゃないんデス」


 セリナが海に入らないでいるのは水着が去年のなのでそれが恥ずかしいの言うのがあったのですが、アリスは単純に泳ぎに自信がないからのようでした。

 そう言う彼女の寂しそうな横顔を見て不憫に思ったセリナは立ち上がって手を差し出しながら優しくアリスに声をかけます。


「じゃあ私が教えてあげるよ」


「あ、有難うございマス」


 この彼女の誘いを受けてアリスも重い腰を上げました。差し出された手を握って2人も海に入って行きます。セリナの優しい導きにアリスも安心して身を委ね、スイミングレッスンが始まりました。


「お、浜辺組も動き出したよ」


「私達も楽しもっか」


 その様子を見たゆみが泰葉達に話しかけます。みんな海を満喫しているようで嬉しくなった泰葉は改めて返事を返しました。こうしてそれぞれがそれぞれの方法で海を満喫している内に午前中の時間はあっと言う間に過ぎていきます。

 お昼になってお腹が空いたメンバーはそれぞれが申し合わせたように海から上がっていきました。浜辺で合流した5人はそのまま空腹を満たす為に海の家に向かいます。


 海の家に着いた5人はまとまった席を探すものの、お昼時でお客さんも多く仕方なく二手に分かれる事になりました。泰葉とルルの組はカウンター席で残りの3人とアリスのお母さんがテーブル席にそれぞれ座ります。席が決まったところで早速お店の人にメニューを注文しました。


「やっぱり海の家と言えば焼きそばっスねぇ!」


「そ、そうだね」


 ルルのその自信に溢れた言葉の勢いに泰葉は若干引き気味に答えます。そう言う泰葉はラーメンを注文していました。麺類好き同士意外と相性が合うかも知れません。2人は運ばれたメニューを黙々と胃袋に収めます。

 一方、テーブル組ではご飯物メニューが人気のようです。カレーを注文したセリナがその味の感想を口にしました。


「うん、このカレー、結構イケる」


「ザ・海の家って感じが良いよね」


 セリナの感想を聞いて同じくカレーを注文していたゆみが答えます。2人共海の家を満喫しているようでした。そんな2人を眺めながら、アリスは海の家の感想をつぶやきます。


「私は初めてデス。みんなで食べると美味しいデスネ」


「本当、今日はアリスと遊んでくれて有難う、みんな」


 同席していたアリスのお母さんも改めて今日の事でみんなにお礼を言います。ちなみにアリス親子が注文したのは玉子丼にカツ丼でした。和食が好きなんですね。

 食事も進んでお腹も落ち着いた頃、ゆみは心配そうにアリスのお母さんに尋ねます。


「……それであの、鈴香の様子は……」


「ず~っと眠ってる。気持ち良さそうに寝てるからタオルケットかけてそのままにしてるわ」


「お手数かけます」


 鈴香の様子を聞いて安心したゆみは、様子を見てくれているアリスのお母さんに改めてお礼を言いました。この言葉を聞いたアリスのお母さんは少し困った顔をして、鈴香を気遣います。


「私は良いんだけどね。彼女が目覚めた時に後悔をしていなければ」


「あ、鈴香はそう言うの気にしないから大丈夫です」


「そうなんだ。流石ね」


 ゆみの言葉を聞いたアリスのお母さんはそう言って笑顔になります。そうして楽しい食事タイムは終わり、5人は海の家を後にしました。


「さーって、昼からどうしよっか」


「だから沖に行こうって」


 泰葉が昼からの予定についてみんなに話しかけると、そこでもまずゆみが朝からの言葉を繰り返します。何度も同じ事を聞かされていた泰葉はその言葉にツッコミを入れました。


「何でそんなに連れ出したいのよ」


「だって……夏は冒険だよ!」


 このツッコミに戻って来たゆみの答えはまるで説得力のないもので、流石に泰葉も閉口します。

 しかしその言葉が心の琴線に触れた人もいました。彼女はさっと手を上げてゆみに同行を求めます。


「私が行ってもいいっスか?」


「お、ルルなら頼もしいね!」


「じゃあ2人で行ってくれば?でも決して無茶はしないでね」


 意気投合する2人を見て泰葉はそうこぼします。この彼女の態度にゆみは少し機嫌を悪くしました。


「本当、付き合い悪いなぁ」


「じゃ、行ってくるっス~!」


 海の家でバナナボートを借りた2人は沖に向かってどんどん進んで行きました。その様子を目で追いながら泰葉はポツリとつぶやきます。


「ま、何もないと思うけど……」


 さて、浅瀬ではセリナとアリスの水泳教室が続いていました。朝はセリナがアリスを引っ張って補助をしていましたが、昼からはひとりで泳げるようにとセリナは横で見守る形で指導をしています。


「そうそう、うまくなったじゃない」


「あ、有難うございマス。セリナさんの指導の賜物デス」


「いやいや、アリスの筋が良いんだって」


 ゆみとルルが沖に行ってしまってひとりになった泰葉はこの浅瀬組に合流します。


「やってるね~」


「どうしたの?みんなは?」


 このお客さんの登場にセリナはその理由を尋ねます。アリスも泳ぎを止めて泰葉の方に顔を向けました。泰葉は少し困った顔をしながら2人と離れた理由を説明します。


「うん、バナナボートで沖に」


「大丈夫なの?」


「海も穏やかだし飽きるまで堪能したら戻ってくるでしょ。ゆみだけならともかくルルもいるしね」


 少し心配するセリナに泰葉は大丈夫だと思う根拠を口にします。話を聞いていたアリスがそのバナナボートを探して指差しました。


「あの遠くにいるバナナボートデスカ?」


「そうそう、あれ……」


 指差した方向に目を向けて泰葉がその姿を確認した次の瞬間でした。該当するバナナボートがみんなの見ている前で突然忽然と消えてしまったのです。

 この緊急異常事態に泰葉は驚きの声を上げました。


「ああっ!」


「嘘?なんで?!」


 この状況を受け入れられなかったのはセリナも同じでした。突然消えてしまった2人を探そうと2人はお互いの顔を見合わせてうなずくと早速行動を開始します。


「アリスはそこにいて!泰葉、行こう!」


「は、ハイ……」


 泰葉とセリナは同じく海の家でゴムボートを借りて沖へと漕ぎ出し始めます。海流の勢いもあって、2人が消えたと思われる場所には意外とすぐに辿り着く事が出来ました。


「おかしいな……確かこの辺りで……」


(コッチ、コッチ……)


「えっ?」


 場所には辿り着いたものの、そこにはバナナボートの気配すら見当たりません。2人は何か手がかりがないか懸命に辺りを見渡します。

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