第42話 海へ その2

「本当に今月ピンチなんだね、でも何で?」


「それは……な、内緒!」


 セリナのあまりの必死さに泰葉はその理由を尋ねます。あまりに自然なその会話の流れに彼女も思わず金欠の理由を口走ろうとしましたが、すんでのところで思い止まり、何とか力技で誤魔化すのでした。

 しかし誤魔化されると真相を知りたくなるのが人の性です。今度はゆみが口を挟んで来ました。


「スマホゲーで課金し過ぎたとか?」


「バッ、そんな訳ないじゃない!」


「怪しいなぁ~」


 その一言に動揺しすぎるほど動揺しているセリナを見て、ゆみはにやりと笑うとそれ以上の突っ込みはしないのでした。


「ぷしゅ~」


 ここまで気力を保っていた鈴香がここでリタイアします。倒れかけた彼女を手で抑えながら、ゆみは鈴香に強く言葉をかけました。


「ちょ、鈴香!ここで力尽きないで!」


「だってぇ~暑くてぇ~」


「まぁ、暑いよねぇ……」


 鈴香のこの言葉にどっと疲れが出たゆみは彼女と同じくらい脱力してしまいます。みんな夏の暑さにどこか投げやりになって来ている、そんな雰囲気を感じたセリナは流れる汗をハンカチで拭きながら改めてみんなに声をかけました。


「折角明日から魅惑の日々が始まるんだからみんなもっと楽しく行こうよ~」


「そう言や、夏休み入ったらみんなバラバラだね」


 彼女の言ったみんなと言う言葉に反応して泰葉が夏休み中の事について口を開きます。この言葉に鈴香が異を唱えました。


「え~?」


 鈴香のこの言葉を無視して泰葉は言葉を続けます。


「私とゆみとセリナは毎日会おうと思ったら会えるけど……ルルやアリスは家も知らないし」


「私はぁ~?」


 鈴香は泰葉の言葉の中に自分が入っていない事に不満を訴えます。泰葉はこの反応にはぁとひとつため息をこぼすと、鈴香の方に顔を向けて自分がそう言った理由を説明しました。


「鈴香は休みに入ったら一日中だらけていて滅多に外に出ないじゃない」


「申し訳にゃい~」


 泰葉のその指摘に鈴香は苦笑いをしながら猫が顔を洗う仕草をして誤魔化します。

 そう、学校への登校と言う義務から開放された彼女は、夏休みの間中堕落の限りをつくすのが昔からの過ごし方なのです。

 鈴香の事を幼い頃から知っているからこその突き放した態度なのでした。


 夏休みの間はこうやって楽しく集まって話す事も出来ないと言う事を改めて実感したアリスは、ここで突然口を開きます。


「だったら、やっぱりみんなで会うイベントをするべきデスヨ!」


「あ、アリス?」


 いつも大人しいアリスが積極的に発言したので泰葉も驚いて彼女の方に顔を向けます。みんなの注目が集まる中でアリスは前に話していた話の続きを話し始めます。


「私、あれから家族で話したんデス。海、都合の良い日にみんなで行っていいッテ……」


「みんなってこの5人だよ、アリス入れたら6人。いいの?」


「それは最初に言いマシタ。だから問題ないデス」


 アリスの話にセリナが人数についての確認をします。その件についてもどうやら問題はないと言う事でリンゴ仲間達はざわつき始めました。


「どうする?」


「私行きたい」


 まず泰葉がゆみに話しかけます。彼女はこの話にすぐに乗っかりました。


「えっと、どうしよう……?」


「そう言う話なら喜んで乗るっスよ!」


 答えを出せないセリナに対してルルは積極的に参加を表明します。みんなの話を聞いた泰葉は全員の意見を踏まえた上で自分の意見を口にします。


「私も問題ないから……ネックはセリナかぁ……」


「る、ルルだって部活があるじゃない」


「部活は土日休みっスよ。それに部活も朝から昼までだし」


 何故だかまるで自分だけが悪者のような雰囲気になってしまい、セリナはルルも巻き添えにしようとしますが、彼女の言葉によりそれは失敗に終わります。

 この攻防の後に一瞬の沈黙が訪れ、それから泰葉がもう一度同じ言葉を口にします。


「ネックはセリナかぁ……」


「分かったわよ!私もいいわよ、行こう、海!」


 その言葉の圧に耐えられなくなったセリナはついに折れました。全員の同意を得たと言う事で泰葉はにっこり笑ってアリスにそれを伝えます。


「じゃ、こっちはみんな行けるって事で。よろしくね、アリス」


「分かりました。それじゃあ細かい事を相談してミマス」


 あ、このやり取りで鈴香は一言も発していません。それでも彼女の同意は得た事になるのです。何故かって?鈴香は嫌な時は嫌と言いますが、嫌じゃない時は何も言わない事が多いのです。

 つまり彼女が嫌がってないなら同意した事と同義なんです。だからわざわざ鈴香に同意を求める事はしなかったと言う訳。


 この一連のやり取りでの鈴香はいつもと変わらないニコニコ笑顔を崩していません。その態度を見ても分かると言うものなのでした。


 その後、教室に先生が入って来て、諸々の連絡事項やら注意やら渡されるものを渡されて1学期最後の登校日は終了します。この瞬間から夏休みが始まったと言ってもいいでしょう。

 泰葉は下校しながら一緒に帰っているセリナに話しかけました。


「で、バイトは見つかりそう?」


「色々当たってるよ。条件選ばなきゃすぐにでも始められそうだけどね~」


「いや、条件大事でしょ」


「だよねぇ~。泰葉はどうなのよ?」


 どうやらセリナはまだ良いバイト先を見つけられていないようでした。会話を続ける内に流れが泰葉の方に向けられたので、彼女は空を見上げながらつぶやくように返事を返します。


「ん~。有意義に過ごそうとは思ってるけどね~」


「後で後悔しないようにね」


「その言葉、そっくりお返ししま~す」


 会話はその後、他愛もない話題にシフトして、別れに道に差し掛かるまでお互い楽しく掛け合いをしながら帰ったのでした。


 夏休みに入ってしばらくは課題をしたり、のんびり過ごしたりと、各々それぞれがそれぞれのペースでこの長期休暇を過ごします。

 次第に就寝時間が遅くなり、連動するように起床時間もまた遅くなりながら、身体がすっかり休みのリズムに慣れ始めた頃、泰葉のもとにアリスから連絡が入ります。


「アリス?決まったの?」


「はい、7月最後の日曜日はどうでショウ?」


「お、良いね!こっちはOKだよ!」


 それは海に行く日についての確認の電話でした。何の予定もなかった泰葉はこの問いかけに即決します。この言葉を受けた電話口のアリスの声が弾んでいるのが電話越しに伝わり、泰葉もまた嬉しい気持ちになりました。


「では、みんなの了解が取れたらまた連絡シマス」


「吉報、待ってるね」


 その日の昼下がり、全員の了解を得たと言う事でまたアリスからの連絡が泰葉のもとに入ります。これで7月最後の日曜の予定は埋まりました。

 リンゴ仲間達はその日までウキウキと胸を弾ませながら過ごす事になります。


 それから時間はあっと言う間に過ぎて、7月最後の日曜日の当日となりました。心配されていた天気もいい感じに晴れて、蝉の声がやたら元気に朝から鳴いています。

 みんなアリスの家に行く事自体はこれが初めてでしたが、スマホで住所を調べその通りに進む事で、みんな迷わずに彼女の家に辿り着いていました。技術の進化ってすごいですね。


 ぼうっとしている鈴香はゆみが一緒に付き添う事で、遅刻せずに無事に時間通りに来る事が出来ていました。

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