第31話 ピクニック その3

 昼食にバーベキューが食べられるかもと思っていたセリナは少しがっかりしました。そのやり取りを聞いていたゆみが彼女に言葉を返します。


「自分で用意もしていないのに何を期待してたんだか」


「ごめんなさい。私がバーベキューって言ったカラ……」


 自分のせいで雰囲気が悪くなったと感じたアリスはすぐにみんなに謝りました。謝られたセリナは罪悪感に襲われてすぐに彼女のフォローをします。


「ああ、アリスが悪い訳じゃないよ。気にしないでね」


 このやり取りを聞いていた泰葉は場の空気を変えようと軽口を言いました。


「そうだよ、みんなゆみが悪いから」


「おっ、何故私が悪役?」


 この言葉にゆみは敏感に反応します。軽い冗談と分かっていながらも自分の名前を出された事に彼女は少し気を悪くしたようでした。まだリンゴ仲間同士のスキンシップに詳しくないアリスはそれを本気に受け取ってしまいます。


「あの、喧嘩はしないでくだサイ……」


「大丈夫~みんな冗談だから~」


 ここで癒やしのお御所の鈴香が割って入ってこの話は片が付きました。めでたしめでたしとみんな笑います。

 登山初心者用の山道は大人も子供もおねーさんもみんな仲良く登っています。リンゴ仲間達の前にも何人もの登山愛好家の方と擦れ違いました。

 天気がいい事もあって、この場所に漂う空気もまた美味しく感じられます。山道を登りながら泰葉はこの山の感想をつぶやきました。


「しかしいい所だね~傾斜もきつくないし、自然は豊かだし」


「野うさぎとかひょこっと現れないかな~」


 自然が豊かと言う事でセリナは突然そんな事を言い出しました。その彼女の言葉に対してゆみがからかうように話しかけます。


「蛇くらいは出てくるかもよ?」


 蛇が全くダメなセリナはこの言葉にプチパニックになりました。


「ひぃー!蛇ダメなんだから~!言葉にも出したくない!」


「ああ、ごめん……」


 あんまり彼女が狼狽したのでゆみはすぐに謝ります。発言自体が悪意のない他愛ないものだったので騒ぎはそれで収束しました。

 順調に山道を登っていると泰葉が山道ならではの景色を目撃します。


「見て!水が湧き出してる!」


「え?飲んじゃうんデスカ?」


 山歩きが初めてだったアリスは山の湧き水を飲もうとする泰葉に驚きます。


「大丈夫だって!こう言うのってすごく美味しいんだよ!」


 彼女はそう言いながら湧き水を両手ですくってごくごくと飲み干しました。


「うまし!」


 自然の湧き水を堪能した泰葉はそこでいい事を思いつきます。


「ね!アリスも飲んでみない?」


「あ、はい。じゃあお言葉に甘えマス……」


 突然湧き水を勧められたアリスは、物は試しとさっきの泰葉と同じようにして湧き水を飲んでみる事にしました。恐る恐る水に手を伸ばすアリスに自然の水の刺激が伝わります。


「ひゃっ、冷たくて気持ちイイ!」


「どう?」


 ゴクゴクと両手にたまった湧き水を飲み干したアリスはすぐにびっくりした顔になって目を輝かせながら泰葉の質問に答えます。


「すごく美味しいデス!」


「でしょ?」


 このアリスの答えを聞いて泰葉は満足したようにニッコリと笑うのでした。


「まだ着かないですかぁ~」


「もう少しだよ、頑張って」


 山登りも8割方まで進んだ頃、体力を消耗した鈴香がやんわりと音を上げ始めます。山登り列の最後尾を務めるゆみが何とか彼女を励ましました。


「うう~」


「鈴香は体力ないなぁ~」


 ゆみは貧乏くじを引いたと思いながらも倒れ掛かる鈴香を必死で支えながら共に山道を歩いていきます。そんな後方の事情を全く知らないセリナは山道を登りながらまたさっきと同じ事をつぶやくのでした。


「それにしても本当に野生動物に出くわさないね」


「まぁ、ここは山登りで有名なところだからね。誰も人が登らないような山なら寄ってくるかも知れないけど」


 七つ森山は地元でも有名な登山スポットで日頃常に人が行き来している為、道の周りは自然が豊かでも滅多に野生動物には出くわしません。

 もし見かけたら泰葉に動物の話を通訳してもらおうと思っていたセリナは、当てが外れてがっかりしました。それでつい口が滑ります。


「遭難者の霊とかもいない?」


「こらっ!」


 セリナの軽い一言に列の最後尾からお叱りの言葉が飛んで来ました。霊と話せるゆみはそう言った事を軽々しく話される事をあまり良く思わないのです。


「こんな難易度の低い山で遭難する人もいないでしょ」


 このやり取りを聞いていた泰葉はため息をひとつついて冷静にツッコミを入れました。


「ふい~もうダメだ~」


「ほ、ほら、見えて来たよ!あとちょっとだよ!」


 最後尾コンビがラストスパートを掛けた頃、最前列部隊は頂上に辿りついていました。難易度が低く、達成感もそんなでもない山でしたが、頂上から見える景色は素晴らしく、みんな思わず深呼吸を繰り返してしまいます。眩しすぎる空の色が心まできれいに掃除してくれるようでした。


「おお~絶景かな~!」


「これは気分がいいデスネ~」


「ぷしゅ~」


 ゆみとアリスがこの景色を前に感動の言葉を言い合っていたその時、ふらふらだった鈴香がついにエネルギー切れで倒れます。側にいたゆみがすぐに気付いて彼女を支えました。


「ああっ!鈴香っ!」


 既におやすみモードに入った鈴香の幸せそうな顔を見ていたら誰もここで彼女を起こそうなんて思えないのでした。


「いい寝顔デス」


「寝かしとこっか……」


 ゆみはみんなに目配せするものの、誰からも有効な意見が出なかったので仕方なく自分で安全な場所に鈴香を寝かす事にします。余分に持って来ていたシートを広げてそこに彼女を寝かせました。ただ、それで放置と言う訳にもいかないので空いたスペースにゆみも座る事にします。


 それから残りの3人は周りの景色を見たり空を見上げたり大声で叫んだりと頂上の景色を堪能してお昼までの時間を楽しみました。ちょうどいい頃合いになったところで泰葉がみんなに話しかけます。


「じゃあ、そろそろご飯を食べよっか!」


 早速彼女がどこでお弁当を食べようか場所を決めようとしたその時でした。少し離れた場所から呼ぶ声が聞こえて来ます。


「おーい、こっちに来て~!」


 その声はセリナでした。見ると既にアリスもそこにいます。ブンブンとはしゃぐように手招きするその姿を見てよっぽど来て欲しいんだと解釈した泰葉は仕方ないなぁという素振りを見せながらその場所に歩いていきました。


「どうよ?」


 そこまで辿り着くと待っていたのはセリナのドヤ顔です。

 しかしそれだけではありません。気持ちのいい風が吹き抜け、そこから見える空と山と地上の融合したファンタジックにも見える芸術的な自然の情景は見る者をもれなく感動させる格別なものがありました。


「セリナにしてはいい場所を選んだんじゃない?」


 素直に感動したと言う言葉を言うのもちょっと照れくさかった泰葉は、ちょっと遠回り気味に彼女にこの場所の感想を述べました。一方でそう言うしがらみのないアリスはただただ素直にこの場所の感想をセリナに伝えます。


「見晴らし最高デス!」


「いいね!」

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