第32話 ピクニック その4

 アリスに褒められてセリナはサムズ・アップしてその声に応えました。泰葉はその間にこの場所に敷くシートをリュックから取り出し、地面に敷きます。そのシートに座った3人はそれぞれ持ち寄ったお弁当を広げました。


「じゃ、食べよっか」


 この泰葉の言葉を合図に楽しいランチタイムが始まりました。泰葉は早速隣りに座ったアリスのお弁当を覗き込みます。帰国子女のアリスのお弁当に興味津々だったのです。

 パカっと開けたアリスのお弁当の中身はアメリカンな雰囲気から想像していたサンドイッチの詰め合わせではなく、普通の日本式の海苔で巻いたおにぎりと各種おかずの並ぶ典型的な日本式のそれでした。


「アリス、日本式のお弁当なんだ。美味しそうだね」


 泰葉の言葉を受けたアリスは少し照れくさそうな顔をしながら答えます。


「ママが日本人ですカラ」


「ああ、それで……」


 アリスのその一言で泰葉はすぐに察しました。それから泰葉も自分のお弁当を見せたり、アリスとおかずを交換したりして楽しく時間は過ぎていきます。

 昼食を楽しみながら泰葉は皆に話しかけました。


「お弁当も個性って出るもんだねー」


 そう言いながら泰葉は隠し気味に食べているセリナのお弁当を覗き込みます。


「ご飯もおにぎりだったり、そのまま詰めていたり……」


 セリナのお弁当は半分はご飯をそのまま詰めて真ん中に梅干しを乗せて、残り半分に冷凍食品のおかずが並ぶそんな感じでした。


「ちょっ、恥ずかしいから、あんまり見ないで」


 覗き込まれたセリナは顔を真赤にして泰葉に抗議します。この行為に怒られた方の泰葉は疑問を抱きます。


「何でよ?美味しそうじゃん」


 その言葉にセリナは消え入りそうな小さな声で恥ずかしがる理由を説明しました。


「だって……。冷凍食品ばかりで……」


「何言ってるの、お弁当のおかずと言えば冷凍食品じゃん。ねぇ、大体そうだよね?」


「ハイ!日本の冷凍食品はレベルが高いデス!」


 アリスもセリナが恥ずかしくならないように冷凍食品をひたすらに持ち上げました。そうしてトドメにもう一度泰葉が冷凍食品をリスペクトします。


「冷凍食品って簡単で美味しくて最高!」


「そ、そっか……でもやっぱり恥ずかしいよ」


 ここまで言われたので自分のお弁当に少し自信を持ったセリナでしたが、やっぱり人に見せるのは恥ずかしいようでした。そこでどうしてそんな態度なのか泰葉は尋ねます。


「どうして?お母さんのセンスが悪いから?」


「いや、自分で作ったから……」


 そう、セリナは両親が忙しく働いているのもあって、お弁当を自分で作って来ていたのです。多分その出来に自分でも納得出来ていないのでしょう。

 それでお弁当をあまり見せたがらないようなのでした。ここまでのやりとりで大体の事を察した泰葉は彼女を慰めるように口を開きます。


「考え過ぎだよ。よく出来てると思うよ?センスあるよ」


「あ、有難う」


 彼女にお弁当のセンスまで褒められ、セリナはむず痒い気持ちになりました。それがお世辞だとしても嬉しかったのです。それからはセリナもみんなと一緒に楽しくお弁当を見せあったりおかずを交換したりして楽しくすごしました。

 泰葉は楽しくなって今の気持ちを誰に言うでもなくつぶやきます。


「あー、青空の下で食べるお弁当は美味しいねー」


「気持ちが大きくなるよね~」


 そこに突然顔を出したのは鈴香でした。この予想だにしていなかった突然のお客さんの乱入に泰葉は心臓が飛び出るくらい驚きます。


「うおっ!鈴香っ!」


「あはは~泰葉ちゃん驚き過ぎ~!」


 驚いた泰葉の顔を見て鈴香はケラケラと笑います。実は彼女、あの後すぐに目を覚まして一緒に残ってくれたゆみと一緒に一足先にお弁当を食べていたのです。食べ始めたのが早かったので泰葉達が食べている途中で鈴香達が泰葉のいる場所に遊びに来たのが真相でした。


 その後、3人もお弁当を食べ終わり、しばらくまったりした時間を過ごします。青空の下で交わす雑談は教室でする時より楽しく感じました。

 そうして時間を確認した泰葉は撤収を宣言します。


「じゃ、ご飯も食べ終わったし、片付けて降りよっか」


「そうデスネ、山を降りて街に遊びに行かなきゃデスシ」


「今日はスケジュールギチギチだなぁ」


 アリスの次はゆみと次々にリンゴ仲間から繰り出される言葉の攻撃にセリナは地味に心にダメージを負いました。


「何か言葉が針のように刺さるんですが」


 そのセリナの言葉にゆみは彼女の肩を揉みながら軽く冗談のように返します。


「気のせい気のせい!」


 そんなリンゴ仲間のやり取りとは無関係に独自の道を進むマイペースな鈴香はここで山の空気を目一杯吸い込んでいました。


「最後にきれいな空気を吸い納め~」


「鈴香ー行くよー!」


 この時既にみんな山を降り始めていたので、遅れが出ないようにと泰葉が鈴香に大声で呼びかけます。間に合う鈴香はこの時もすぐに走って列に追いつき、みんなで仲良く山を降りていきました。

 登山は山を降りる時の方が大変だと言いますけど、その言葉は正しくて全員何とか頑張って山を降りていきます。この七つ森の山は初心者用の山ではありましたけど、脱落者がひとりも出なかったのはみんなにとって大きな自信に繋がったのでした。

 全員が無事山を降りたのを確認したところで泰葉は行動の主導権を譲る事にします。


「さて、こうして山を降りて来た訳だけれど……ここからは言い出しっぺのセリナがリーダーだね。どこに行きたいの?」


「えっと……、まずは、地元に戻ってからショッピングモールに行きたいんだけど、いい?」


 泰葉からリーダーを任されたセリナは早速自分のプランをみんなに話します。全員リュックを背負ったままでしたが、この格好でショッピングモールに行く事を誰も反対しませんでした。なのでみんなそのままショッピングモールに行く事になりました。


 この時、彼女達はまだその後の運命を何も知らなかったのです。その日、もうひとつの女子高生グループが彼女達を探しに街を探索していたと言う事を……。

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