第25話 おばあちゃんの話 後編
2人で世間話をしてた時だって一度もそんな話は出なかったのです。
果実の力でその望みを叶えたセジルは勝ち誇った顔をしていました。相棒のライラはと言えば、その事をずっと秘密にされていた事がかなり心に堪えたようです。望みを叶えた彼女に何の言葉もかけられないでいました。
その時です。天からまたあの声が響いてきました。この木の所持者であるあの声です。
「見ておったぞ!約束も守れぬ蛇など楽園には置けん!」
「あんたはいつもそうやって私らを試す!うんざりなんだよ!」
何を考えているのかセジルはその声に口答えをしました。楽園に響く声と言えば、この世界を主催しているとても偉大な存在だと言う事は住人の誰もが当然のように知っています。反論はおろか、意見を言う事すらはばかられる程の存在なのです。ライラもまた、彼女のこの言動に思わず肝を冷やしました。
「ちょ……相手を分かっているのかい!」
「分かっているとも、例え神様だからって騙す事がいいとは思えないさ」
こう言うのを神をも恐れぬ行為と言うのでしょう。神様と友達との板挟みになってライラは困惑してしまいました。
「悔い改めぬのか」
声は改めてセジルに問います。どうやら言動を改めれば許してくれそうな雰囲気です。流石楽園の主の神様は懐が深い!
けれど問いかけられた彼女は、その言葉にすら真っ向から対立します。
「誰が悔い改めるだって?私はね、今まで自分の行動に一切後悔した事はないよ!あの人間もそうだ。覚悟のある者の望みを叶えてやって何が悪い!」
「ならばお前も覚悟があると言う事だな」
「そりゃ当然だよ」
楽園に住む者にとって罪に対する罰と言うのはこの世界を追われる事です。そうなればもう二度とこの楽園に戻ってくる事は出来ません。そう、それは神話の時代の人間の始祖の時のように。
セジルは凛とした顔できっと空を睨んで自分の考えを述べます。それは覚悟を決めた力強い顔でした。
「でも今すぐに追い出すって言うんなら……ちょっとお土産は欲しいところさね!」
セジルはそう言うと両手を空に掲げました。次の瞬間、木がざわざわと騒ぎ始めます。彼女が不思議な力を使ったのです。
「あっ!」
その異変にライラは思わす叫びました。木に実っていたまだ青い果実が次々とセジルに力によってもぎ取られていきます。気がつけば青い果実はみんな彼女のもとに集まっていました。セジルは木になっていた未成熟の果実をみんな収穫してしまったのです。
「それで満足か」
「ふん、負け惜しみかい?今年の実は全部私の物だよ」
この事から見て、青い実を食べた彼女は外見の変化だけでなく、魔法も使えるようになった事が分かりました。自分の知っている彼女はもうどこにもいないとライラは寂しくなるのでした。
果実を全て奪い、ドヤ顔をするセジルに向かって声は最後の言葉を告げます。
「口の減らん奴だ。外の世界で苦しむがいい」
声がそう言ったかと思うとセジルはもうどこにもいませんでした。楽園を追放されたのです。もう二度とこの世界に戻る事は許されません。
あまりにもあっけなく事態が進んでしまい、ライラはセジルに別れの言葉を言いそびれてしまった事を後悔したのでした。
全てが終わり、彼女は心配そうに声に問いかけます。
「あの……私は……」
「お前が悪くない事は儂も見ていた。良かったらまた木を見守ってくれぬか?」
声はそう言ってその後もライラに木を守るように告げました。彼女は喜んでその頼みを受け入れます。
「分かったよ。今度こそしっかり守るよ」
その後、ライラは木の番をしっかり努め、誰ひとりとして青い果実を食べられるようなヘマはしませんでした。彼女の活躍は楽園中に響き渡り、果実の守護者ライラと言うふたつ名まで授かり、楽園の有名人となったのです。
「それで次の年は立派に実を熟すところまで持って行けてね。それからこの仕事をずっと続けたんだ。引退した後は功績を認められてね、私が望むだけ実を送ってくれるようになったんだよ」
「それって神様から?」
「そうだよ。このリンゴは神様のリンゴなんだ」
ちなみに引退後、赤い実を食べてセジルと同じように人間になったライラは彼女と同じように人間界に降り立ち、人として暮らすようになり、名前を変え、恋愛をし、今こうして泰葉のおばあちゃんになったのだと彼女は言いました。
「はぁ……」
「どうだい?信じるかい?」
このおばあちゃんの話は、泰葉にとって全く信じられないものでした。もしかしたらとっさに考えた作り話なのかも知れません。
けれど例えそうだったとしても、ここまでおばあちゃんが話してくれた話を彼女は簡単に下らない話だと簡単に切り捨てる事は出来ないのでした。
それにおばあちゃん、かなりの年齢のはずなのに見た目はどう見ても30代なのです。これもリンゴの力だと仮定すれば辻褄は合うような気がします。
そして追い出されたセジルと違って、おばあちゃんは任務を果たした上で自分の意志でこの世界に降り立ったのでいつでも楽園に戻れるのだとか。
この話を聞いた泰葉はちょっと楽園に興味を持ちます。
「私も楽園に行けるかな?」
「そうだね、機会があれば連れて行ってあげるよ」
泰葉のリクエストにおばあちゃんは笑ってそう答えます。その話し方は本当にいつかそんな世界に連れて行ってくれそうな真実味を帯びたものでした。
ここまで話していて、泰葉はふと気になった事をおばあちゃんに尋ねます。
「追い出された友達はどうなったのかな?」
「セジルかい?さあねえ?もしかしたら案外に近くにいるのかもねえ」
その友達は案外近くにいるかも知れない――このおばあちゃんの言葉に彼女はピンと来るものがありました。
「あ……っ」
この泰葉の反応を目にしておばあちゃんが不思議がります。
「どうしたんだい、急に」
「ご、ごめん、何でもない!」
彼女はおばあちゃんを心配させないように、その場はうまく誤魔化しました。
けれど、その頭の中ではある仮説がぐるぐると回っています。近くにいる能力者、そして自分たちよりも力が強いと言う噂。もしかしたら隣町にいると言う能力者こそがそのおばあちゃんお友達の末裔なのではないかと――。
しかし、それを確かめる術を今の彼女は何も持ってはいないのでした。
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