第24話 おばあちゃんの話 中編

 木の監視を始めてみると、なるほど青い実を求める生き物は1匹や2匹ではありませんでした。それらの生き物が力を求める理由は様々でしたが、大抵は強い力を得られると言う噂だけを信じてやって来ていたので、寿命と引き換えだと言うとすぐに諦めて帰っていくのが殆どです。

 たまにそれでもいいと言う切羽詰まった生き物も現れますが、ライラがその生き物の事情を親身になって聞く事で最後は何かを悟ったように実を求めるのを止めて帰っていくのでした。


 そんなある日、楽園で知り合って仲良くなった同じ蛇のセジルがやって来ます。ライラが木の番をしていると噂を聞きつけて遊びに来たようでした。


「おーい、何やってるんだい」


「この木を守っているのさ。悪い虫がつかないようにね」


 セジルの問いかけに彼女は答えます。この時、ライラは木に巻き付いて葉っぱの中からひょっこり顔を出して答えていました。その様子を見て面白いと思ったのか、セジルもまた彼女の仕事に興味を持ったようです。


「面白そうだね、私も混ぜてよ」


 それまでずっとひとりで木を守っていたライラは話し相手が出来てとても喜びました。監視役が2人になって木の守りは更に強固になりました。

 木の実は少しずつ熟していきます。このまま行くと後数週間で青い実は赤く色付く事でしょう。


 そんな時でした、この丘にまた新しいお客さんがやって来ました。それはこの楽園では珍しい人間の若者です。かつて楽園を追い出された人間がどうやってこの場所まで辿り着いたと言うのでしょう。人間はどの生き物よりも欲深く、また罪深い存在とされていました。

 そんな人間がこの場所に来たと言う事は、間違いなく2人が守っているこの木の実が目的なのでしょう。若者はよく見ると傷だらけでボロボロでした。木の側までやって来た彼を見て、行動を起こす前にとライラは葉っぱの間からひょこっと顔を出して忠告します。


「まだダメだよ、熟してないんだ」


「力が欲しいんだよ、頼むよ!」


 やはり若者の目的はこの木の実でした。彼の訴えは真剣で忠告した彼女も心を動かされます。

 でも後少しで実は赤く熟すのです。リスクのある青い実より、安全な赤い実なら彼の言う望みも叶うだろうと更に言葉を続けました。


「せめて熟すまで待っておくれ、青いままの実を取られるとこの木の他の実が全て熟さなくなるんだ。力なら……」


「熟した実の力なら知っている、去年食べたんだ。けど、それじゃ足りない!」


 何と、彼は去年もこの場所に来て、その時は赤い実を食べたのだと言います。そうして、その実の力では望みが叶わなかったとも……。ライラは何故目の前の若者がそこまで力を欲するの気になって尋ねました。


「一体どうしてそんなに力を欲しがるんだい」


「一族みんな殺されたんだ……あいつをどうにかしないと気が収まらない」


 彼はそう言ってとても悔しそうな顔をします。よっぽど酷い事を"あいつ”にされたのでしょう。一族をみんな殺されたと言う事は、つまりひとりだけ生き残ったのだろうと彼女は推測しました。

 しかしそんな酷い話、楽園にやって来てからは聞いた事がありません。ライラはその事をぽろりと口に出しました。


「ここは楽園だよ?そんな酷い事が……」


「ここで起こった出来事じゃない!俺は地獄からやって来たんだ」


 彼が語った地獄と言う言葉、確かにこの楽園以外の場所は見方によっては地獄と言えるのかも知れません。欲望が渦巻く弱肉強食の世界。夜に安心して眠れる生き物など楽園以外ではごく限られた種だけの特権です。人もまた、支配層以外は苦しい生活を強いられていました。

 元々その世界出身の彼女はその世界で戦い、傷ついたボロボロの彼に深く同情します。

 けれど、だからって青い実を彼に与える事は出来ないのです。ライラはそれをしっかり伝えました。


「地獄とは穏やかじゃないね……。でも青い実は毒なんだ、悪い事は言わない」


 そう、この青い実は体に合わなければ毒になります。最悪死んでしまうかも知れません。そんなリスクが分かっていて、誰が彼の望みを聞くと言うのでしょう。

 けれど次の瞬間、まだ青いままのこの果実をもぎ取り、彼に放り投げたものがいました。


「食べなよ」


 そう、それは彼らの話を黙って聞いていたセジルです。ライラは彼女のこの行為に驚きました。それは声の約束を破るものでしたし、彼の身を案じないものでもあったからです。ライラはすぐに彼女の行動を咎めました。


「あ、あんた!そんな事をしたら!」


「有難う!恩に着る!」


 セジルから青い実を受け取った彼はお礼を言ってすぐにこの場から去っていきます。多分復讐の為に元いた世界に戻っていったのでしょう。事が終わってライラは彼女を問い詰めました。


「やっていい事と悪い事があるだろ!」


 ライラの説教を右から左に受け流しながら、セジルは彼女に木を見るように促します。


「見なよ、青い実をひとつもぎ取ったけど、他の実は全然何も変わっちゃいない。あんたは騙されてたんだ」


 そうです。この木を守るように訴えた声は青い実をひとつでも取ればその他の実も熟さないと言ったのです。

 けれども実際は、青い果実をひとつもぎ取ったところで、他の果実には特に何の変化もないのでした。この現実を見てライラは言葉に詰まってしまいます。


「そ、それはそうかも知れないけど……もし青い実が毒だったらどうするんだい!それも嘘だとでも……」


 あの声が訴えていた青い実が毒と言う言葉、この言葉も嘘である証拠はどこにもありません。ライラはその事を声を大にして言いました。


「じゃあ私が試してやるよ」


「ちょ……っ!」


 売り言葉に買い言葉でセジルは近くにあった青い実をひょいともぎ取るとがぶりと一口かじりました。余りに行動が早く、ライラはそれを止める事が出来ませんでした。

 青い果実を食べた彼女はすぐに苦しみ始めます。果実が体に合わなかったのです。


「うわぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁー!」


 彼女は苦しみのたうち回りながら、木の枝からボトリと落ちました。その後もずっと苦しんでいます。その様子を見たライラは何も出来ず、ただ傍観するしかありませんでした。


「セジル!」


 それからどれ程の時間が経ったでしょう。苦しみに苦しみ抜いた彼女は、何度も口から食べたものを戻し、血を吐き、発狂し、体を痙攣させました。

 それは見ているライラにもとても心の痛むものでした。最後にはどうしても見ていられないと彼女から目をそらしてしまいます。

 やがて苦しむ声や暴れる音が聞こえなくなりました。その場が落ち着いて、ライラはようやくまた目を開きました。


 そこには蛇の姿ではない彼女がいました。それこそが青い実が彼女に与えた力だったのでしょうか。


「ほ、ほら……大丈夫だった。私は耐えたよ」


 かなり疲労困憊のようでしたが、果実の毒に打ち勝った彼女はとても満足そうな顔をしています。


「あんた……その姿……」


 蛇の姿を捨てて彼女が得た新しい体は――人間の体でした。美しい人間の女性の姿に変わったセジルはライラに向かって叫びます。


「そうよ!私は人間になりたかった!夢が叶ったんだ!」


 彼女の夢は人間になる事。それは友達のライラも全然知らない話でした。

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