第21話 その名は林檎 中編

「林檎が遊ぶくらいおごったげるよ、……1000円くらいなら」


 このみかんの言葉を聞いて林檎は顔がパアアと明るくなります。


「言ったな!武士に二言はないぞよ?」


「承知つかまつった!」


 こうして交渉は成立しました。みかんはその後、他の友達にも声をかけていきます。テキパキと動く彼女の姿を見て林檎はそのポジティブさに感心するのでした。


 放課後になって林檎のもとにはみかんともう一人の友達、桃が集まっていました。この結果に対してみかんがこぼします。


「結局他は都合つかなかったわ」


「みかんと桃がいればいいよ、3人でだって楽しいじゃない」


 この林檎のもとに集まった桃と言う少女もまた彼女が目覚めさせたリンゴ能力者です。ショートカットでメガネを掛けていて一見まじめ少女っぽいですが、根は実にいい加減です。今回も遊べると言う事で集まったに過ぎません。それでも林檎達との付き合いは長く、3人は昔からの仲良しなのでした。


 3人が集まったところで早速目的地を決める事になりました。と、言う訳で林檎がみんなに声をかけます。


「どこ行こっか?」


「まずはゲーセンかなぁ。新しいぬいぐるみが入ってないかチェックしたいし」


 そう提案したのはみかんです。彼女はゲームセンターが好きな御様子。

 でもゲーマーと言う訳ではなく、UFOキャッチャーとかプリクラとかそう言うのが好きな女の子らしい趣味のようです。彼女は自分でそこに行く提案をしながら、林檎にはちょっと厳しい注文をつけるのでした。


「あ、林檎はキャッチャープレイしたらダメだよ、下手なんだもん」


 この言葉を受けて林檎は気を悪くしました。確かに彼女はUFOキャッチャーは苦手です。今までにひとつのぬいぐるみを取るのに1000円以内でゲット出来た試しがありません。

 でも林檎だって欲しいぬいぐるみがあったらプレイしたくなるし、それ以前にプレイ自体を止められるのは何だか横暴な気がしました。


「下手でも良いじゃないの!」


「私がおごるんだから有効に使ってもらわないと!」


 このみかんの言葉に林檎はハッとしました。今回は自分のお金で楽しむ訳ではないんだと。スポンサーの意向には逆らえません。厳然たる事実を前に彼女の表情は少し曇ってしまいました。

 このやり取りを聞いて桃は驚いた顔をしています。2人を前にオーバー気味なリアクションをしながら彼女は口を開きました。


「え?みかん本気でおごる気?お金持ちだなー」


 この言葉を受けて、みかんは今日リッチな理由を説明しました。


「えへへ、バイト代が入ったんだよ」


「そんな貴重なバイト代を私めのために……大事に散財させていただきます」


 みかんの言葉を受けて林檎は早速ふざけた反応をします。この言葉を受けたみかんはすぐに強い口調で言い返しました。


「散財とか言うな!おごっちゃらんぞ」


「ひいい、どうかお許しを!後生でございます!」


 このやり取りの後、3人はこらえきれずに笑い合います。そう言う会話をしている内に目的のゲームセンターに着きました。このお店は3人が幼い頃から利用している、いわば昔馴染みのお店で、店内のどこに何があるのかしっかり把握しています。

 普段は店の入口付近のUFOキャッチャーやプリクラを楽しんでいるのですが、たまに奥の方のメダルゲームや筐体ゲームを遊んだりもしています。



「……で、代わりにメダルゲームにつぎ込んで一気にすっちゃうんだもんな」


「いや、8番が絶対来ると思ったんだよ!おかしいなぁ」


 UFOキャッチャーを否定された林檎は、それならばとメダルゲームに手を出していました。そして一時的にメダルを増やしたものの、大穴を狙うあまりに結局はすっからかんになってしまったのです。普段滅多にメダルゲームなんて遊ばないから、まだこの手のゲームの遊び方を熟知していないせいもあったのでしょう。


 この結果を受けてみかんはため息をつきながら言いました。


「林檎は絶対ギャンブルはやらない方がいいよ」


「はっ!おごり以外ではやらないようにしますです!」


 この忠告を受けて彼女はちょっとふざけて返します。この返しに資金を提供したみかんも思わず苦笑いを浮かべました。


「ちゃっかりしてるわ」


 2人がそんなプチ漫才をしていると、UFOキャッチャーをプレイしていたはずの桃がメダルコーナーにやって来ました。


「ねぇ!さっき入れ替えがあって新しいぬぐるみが入ったよ!」


「えー!タイミング悪過ぎィ!」


 この報告を受けて林檎は膝から崩れ落ちました。今日は新しいぬいぐるみは入らないと踏んで全額メダルに変換してしまっていたからです。一度は落胆した彼女でしたが、そのままただでは転びません。この様子を呆れた顔で見つめているみかんに縋るように懇願しました。


「ねぇ、300円だけ貸して!」


「ムダになるから貸さない」


 この彼女の切なる訴えをみかんは即答で却下しました。彼女の冷たい視線がリンゴに突き刺さります。


「そ、そんな……」


 頼みの綱のみかんに拒否されて林檎は絶望しました。彼女のこのまま諦めるしかないのかと言う悲壮な顔を見て憐れに思ったのか、ここで一緒にいたもうひとりの友人、桃が助け舟を出します。


「私、貸そうか?300円位だったら」


 このやり取りを聞いたみかんが呆れた顔をしてすぐに桃に忠告します。


「やめときなよ、林檎だよ?2000円使ったって無理だって」


「あ、言ったな!絶対取っちゃるもんね!」


 みかんの言葉に触発された彼女はその言葉を受けて鼻息も荒く奮起します。そのまま勢い良く桃の前に手を差し出して無言でお金を催促しました。

 この雰囲気を受けて彼女は差し出されたリンゴの手のひらに100円玉を3枚乗せます。


「おー、そこまで言うならやってみ。取れなっかたら土下座ね」


 林檎とみかんのこう言うやり取りは実はよく見る光景で、3人で遊ぶとかなりの割合でこのパターンになるのです。なので桃も今度はどう言う結果になるのか楽しみにしている部分がありました。

 でも今までに林檎がみかんの言葉を覆す事はまだ一度もなかったのですが。


 ここのUFOキャッチャーはかなり良心的で、結構質のいいぬいぐるみでも1回100円から挑戦出来ます。アームの力も弱くなく、初心者歓迎仕様になっていました。

 それでも余り得意でない林檎にとっては300円でぬいぐるみゲットと言うのは高過ぎる大きな壁なのです。ボタンを押す彼女の手は焦って震えていました。


 そして結果は――。


「申し訳ありませんでしたぁ!」


「いや、分かってたから。マジ土下座とかしなくていいから」


 結局林檎はぬいぐるみをゲット出来ず、みかんに謝る結果になってしまったのでした。分かりきっていた結果はまるで良く出来たコントのようで横で見ていた桃はお腹を抱えて笑っています。そうして放課後の楽しい時間は過ぎていきました。


 ゲームセンターを後にして3人は雑談しながら家路に着きます。途中でジュースを買って飲んだりして帰り道を楽しみました。


「いや~楽しかったねぇ」


「今度はいつ遊ぼうか」


「みんなの都合のいい時が良いかな」


 そんな雑談をしながら帰っていたのですが、途中で話のネタがつきてしまいました。歩きながら沈黙の時間がしばらく続きます。

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