その名は林檎
第20話 その名は林檎 前編
「ふあぁ~あ」
ここは泰葉の住む街の隣町。そこのとある家の二階の窓が開いて泰葉と同年代くらいの少女が背伸びをしています。窓から見える景色は平和ないつも通りの穏やかな街の景色。小鳥達の賑やかな声と気持ちの良い風が窓から入って来ます。
「うーん、今日もいい天気」
「林檎ー!遅くなるわよー」
少女が朝の空気にまったりしていると、彼女を呼ぶ声が下から聞こえて来ます。少女の名前は林檎と言うみたいですね。名前を呼ばれた彼女は取り敢えず大声で母親に返事をします。
「大丈夫ー」
彼女はそう言った後にゆっくりと支度を始めます。目覚めた時間に余裕があるのでしょうか?いいえ、違います。目覚めた時間は普通に支度しても家を出る頃には学校が始まってしまうくらいの余裕のない時間です。どうして彼女はこんな時間に支度を始めて余裕を持っていられるのでしょう?
支度を終えた林檎が朝食を食べる為に台所に入って来ます。朝食を食べる余裕のある時間帯はとっくに過ぎているので、母親は半ば呆れ顔で彼女に言いました。
「全く、いつもギリギリなんだから」
この母親の言葉を聞いた彼女はたった一言、母親にこぼします。
「お母さん、いい加減私の力を覚えてよ」
「あんな力に頼るのやめなさい」
このやり取りから判断して、どうやら林檎には何か特殊な能力があるようです。それは母親も知っていて、けれど彼女はその力を林檎が使う事をあまり快くは思っていない様子。これは何か事情があるみたいですね。
用意された朝食を食べながら、この母親の小言に彼女はすぐに口をとがらせて反論します。
「折角使えるのに使わないのは在り得ないんですけどー」
「はいはい、分かった分かった。じゃあせいぜい騒ぎにならないようにね」
この言葉の応酬から口喧嘩に発展するのかと思いきや、母親はすぐに自分の意見を引っ込めました。それはここで口喧嘩になって無駄な時間を消費しないようにと言う母親の親心なのでしょう。
朝食の味噌汁をずずーっと飲み干しながら、林檎は得意気に言います。
「そんなミスはしませんよーだ」
そんな朝の朝食風景にもうひとりの登場人物が加わります。それは彼女の祖母でした。昨日の残りの鮭を食べている林檎を見ながら、彼女は優しい眼差しで可愛い孫に声をかけます。
「林檎」
お腹が空いていたのか、夢中になって朝食を食べていた林檎もその声にはすぐに反応します。振り向いて祖母の顔を確認するとニッコリ笑って朝の挨拶を返しました。
「おばあちゃん!おはよ!」
この彼女の挨拶に祖母はニッコリ笑って挨拶を交わす……のではなく、ちょっときつい顔になって孫を諌めるのでした。
「私は無闇に青りんごは食べさせないようにって言ったよね」
「あ……ごめん、もう仲間は増やさないよ」
祖母に叱られて林檎は小さくなっています。どうやら泰葉の家と同じように、彼女の能力もまたりんごによって目覚めたもののようです。それで泰葉がしたのと同じように、周りにりんごを食べさせて能力仲間を増やしたのでしょう。
泰葉の場合と違うのは、どうやらそれが祖母公認ではなかったと言う事です。似たような環境のようですが、所々違うようですね。
「青りんごは刺激が強過ぎるんだよ……下手したら」
泰葉が力に目覚めたリンゴは赤く熟れた見た目は普通のリンゴでした。林檎が目覚めたのはそれとは違い、青りんごのようです。林檎の祖母曰く、青りんごは危険な果実でもあるようです。そこに目覚めた能力の違いの秘密が隠されていそうですね。
「だから仲間探しはもうやめたんだってばー!」
祖母に責められた林檎はその場にいられなくなって、急いで朝食の残りを胃袋に収めると台所を後にしました。食べ終わった食器もそのままにです。
林檎の母は食べ散らかしたその食器を片付けながら心配そうに祖母に話しかけます。
「お母さん、あの子にりんごを食べさせたのは良くなかったんじゃ……」
「あの子が適合者だって分かって私は嬉しくてね、つい……。でも、もう青りんごはあの子に渡さないから大丈夫」
林檎の祖母は彼女が青りんごを食べて能力が発動した事がとても嬉しかったようです。ただし、それ以降の彼女の行動は大目には見られなかったみたい。青りんごが合わないとどうなるのかは分かりませんが、どうやら大変な事にもなりかねないようです。
「本当、最悪な事にならなくて良かったわ」
林檎の母はそう言ってため息をつきました。その母の肩を祖母はそっと抱き寄せます。
「青りんごは力が強い分、若い内にしか使えないものだから……今は見守っていましょ」
どうやら青りんごの能力はいつまでも使えるものではないようです。この部分も泰葉のリンゴとの相違点ですね。
「私もあの子と同じ頃には無茶してたから強くは言えないものね」
そして林檎の母もかつてはその能力の適合者だったようです。だから彼女の能力にもある程度の理解があるのでしょう。
「林檎もいい経験で終わって欲しいものね」
玄関で靴を履く林檎の後ろ姿を見ながら母親はそうつぶやきます。焦っていたのか彼女は行って来ますとも言わずに家を出て行きました。
家を出たリンゴは早速自分の力を使います。次の一歩を彼女が踏み出した時、そこは彼女の通う学校の校門でした。
「よっし、成功!」
そう、彼女の能力はテレポート。この能力のおかげで彼女はギリギリまで家でゆっくり出来ていたんですね。時計を見ても余裕の時間でした。
当然のような顔をして教室に入ると、早速彼女に声をかけるひとりの生徒の姿がありました。
「林檎、おはよう!」
「おはよ、みかん」
彼女に声をかけたのはみかんと言う名前の生徒です。彼女は身長145cmと背がちっちゃくてくりくりした目が可愛い妹系少女です。
一番に声をかけて来たと言う事は林檎の一番の友達なのでしょう。
彼女はすぐに林檎に今日の予定について尋ねます。
「今日はどうする?みんなで集まる?」
この様子から見てきっとみかんも彼女から青りんごを貰って能力に目覚めた仲間なのでしょう。みんなと言うからには他にも能力仲間がいるみたい。
このやり取りから推測すると、林檎はよくその仲間達と集まって行動を共にしているものと思われます。
「何か集まる理由があるの?」
「いや、特にないけど」
「じゃあいいじゃん。みんな好きにすればいいよ」
どうやら集まる事はあってもそれは特別な理由がある時だけで、普段から全員でつるんで行動していると言う訳ではなさそうです。
提案を断られたみかんは、すぐに話を切り替えて林檎に別の話題を持ちかけました。
「そっか、じゃあ放課後ヒマ?」
「まぁ、ヒマだけど」
「遊ぼうよ、桃とかも誘ってさ」
今度は放課後に集まるのではなく、遊びの提案をしたのでした。この言葉を聞いて林檎は少し興味を示したものの、すぐに顔が曇ります。そしてみかんに向けて困った顔をしながら言いました。
「うち、お金ないよ?」
そう言う彼女を前にして、みかんはニコッと笑うと林檎の背中を軽く叩きながら言いました。
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