第19話 子猫騒動 後編
「でも親がネコ好きじゃないので多分無理っス!」
「メンバーの中で飼えそうな人はいない?」
親の反対があるならちょっとハードルが高いと言う事で、泰葉はすぐに話を切り替えます。次は他のメンバーに猫を飼えそうなところがないか訪ねました。
泰葉はまず古い仲のゆみに視線を移します。
「ごめん、ちょっと……」
ゆみの家で猫を飼うのはすぐに拒否されてしまいました。その流れで今度はセリナの方を見ます。泰葉に見つめられたセリナは顔をブンブンと横に振りました。
「私の家もペットは禁止されてて……」
セリナもゆみも猫を飼うのは無理そうです。無理な事を強制する訳にもいきません。どうやら簡単に問題を解決しようと思ったのが間違いだったようです。
その責任のなすりつけ合いのような状況の中で、セリナが鈴香に少し強い言葉で言いました。
「鈴香、あんたが拾って来たんでしょ!」
「それは~そうだけど~」
鈴香の家が普通に猫を飼える状況なら、わざわざ教室に持って来てみんなに知恵を借りようとは思わなかった事でしょう。セリナもそれは分かっていたのですが、状況が全然好転しない為、つい彼女に当ってしまったのです。
子猫の一件で場の雰囲気が悪くなったのを感じ取ったアリスはこの状況を何とかしようと自ら声を上げました。
「えっと、私の家ナラ……」
「アリス、いいの?」
アリスの言葉に泰葉はすぐに食いつきました。これで問題は解決だと彼女はほっと一息つきます。アリスの家は一軒家、特に動物禁止でもないようです。彼女の両親もペットに関して特に禁止事項がある訳でもなさそうでした。
ただ、有力候補の彼女にもひとつだけ条件があったのです。
「でも両親に聞かナイト……」
今はまだ親に養われている以上、普通に考えて事前に何の報告もなしに動物を飼うと言うのは礼儀に反します。飼う事になったら両親の手も煩わせてしまう事になるのですから。そこで彼女はどうしても貰い手が見つからなかった時の為の保険と言う扱いになりました。
「あ、それはそうだよね。じゃあアリスは保留っと」
メンバー全員の事情が分かった所で、泰葉は今度は次に起こす行動についてみんなに相談を持ちかけます。
「どうする?他にも声かけてみる?」
「一応はかけてみよっか」
そう言う流れで、次は各々が声をかけられる範囲で誰か猫を飼ってもいい人がいないか声をかけていく事になりました。最初はクラスのみんなに、次は友人からのつてと言う流れで学年全体へと話を広げていきます。
話を持ちかけると興味を持つ人は少なからず現れるのですが、流石にすぐに引き取りたいと言う人には中々巡り会えません。みんな休み時間の間毎に精力的に動いてくれたものの、気が付くと何も進展しないまま昼休みになってしまっていました。
「やっぱ~中々いい返事は~聞けないね~」
いつものんびり屋で行動がゆっくりの鈴香も、自分の蒔いた種と言う事で珍しく懸命に動いていました。そんな彼女達の労を少しでも労おうと泰葉はみんなに声をかけます。
「もう昼休みだし、経過報告も兼ねて顔を見に行ってみようか」
「いいっスね!」
そんな訳でこの時所要で席を外していたアリスを除いたメンバー全員で、子猫の姿を見に保健室に行く事になりました。5人はまたあの可愛い子猫が見られると言う事で、ちょっとテンションが高くなっています。保健室についた泰葉は少し勢い良くその扉に手をかけました。
ガラッと景気のいい音を立てて、保健室の扉が開きます。
「先生!猫ちゃんは……」
「あ、ごめんなさい」
「どうしたんですか?」
部屋に入ってすぐに先生に謝られてみんなは困惑します。代表で泰葉がその真相を聞きました。話を振られた先生はその謝った理由を淡々とみんなに説明します。
「先生うっかりしていて体育の酒井先生に猫をあやしているところを見られちゃったのよ」
「え!あの鬼の酒井に?」
補足説明をすると、体育の酒井先生と言うのはかなり厳しい先生で、生徒達からは鬼の酒井と呼ばれています。暴力に訴えるような話は聞かないものの、身体がいかつくて更に顔が常に不機嫌で怒っているように見える為、生徒側から一言交わすだけでもかなり勇気が必要な先生なのです。
「それでね……」
その怖い先生が何故保健室に来たのかは分かりません、が、今はその事は置いておいて、その後に起こった出来事の方が重要です。先生の話によれば酒井先生は保健室で猫をあやしているところを見つかってしまったと言う事。これは一大事です。きっと酒井先生は猫の事を保険の先生から根掘り葉掘り聞いた事でしょう。
そうなると必然的にこの騒動に泰葉達が関わっていた事がバレてしまいます。まだそうと決まった訳ではありませんが、彼女達はそうなった場合の最悪の事態を想像して震えました。それで感情を抑えきれなくなったゆみが先生に尋ねます。
「まさか先生、私達の名前を出したんじゃ」
「そんな事しないわよ、ただね……」
どうやら保健の先生は酒井先生に泰葉達の事は話してはいないようです。
けれど、先生の言いかけた言葉の先が気にかかりました。それで思わず泰葉は聞き返します。
「ただ……?」
そう言えばさっきから見ているのに子猫の姿がどこにも見当たりません。先生の話しぶりから考えて、ここにいない猫の処遇について、酒井先生も関わっているだろうと言う事でみんな緊張して話の続きを待ちました。
保健の先生は落ち着くために深呼吸すると、改めて真相を集まったみんなに話します。
「酒井先生があの猫を気に入っちゃって、それで……自分で飼うって……」
どんな過酷な現実が待っているのかと気構えていたら、真相はとても可愛らしいものでした。この話を聞いたみんなは一斉に緊張が解けて息を吐き出します。特にゆみは酒井先生が苦手で特別緊張していたので思わす声を漏らしていました。
「な~んだ。びっくりさせないでよ」
「野良猫だけど生徒から預かったものだからって言ったのに聞き入れてくれなくて。ごめんね、守れなくて」
つまり、約束を守れなかった事を保健の先生はみんなに謝っていたのでした。真相が分かった事で安心した泰葉は、先生に安心してもらうように声をかけます。
「いいんですよ、むしろ貰い手が見つかって良かったです」
「え、そうなの?クラスのみんなに声かけてたんじゃなかったの?」
保健の先生は朝の泰葉の言葉を受けてきっとみんな猫の貰い手探しに奔走していると思っていました。もし貰い手がもう見つかっていたとしたならその生徒に悪い事をしてしまったと感じていたのです。
そんな雰囲気を察したルルが先生に泰葉側の事情を話しました。
「声はかけたっスけど、誰からも良い返事をもらえなかったっス」
「あれま、世知辛い世の中ねぇ」
猫の貰い手が生徒達の間から出て来なかった事について、先生はそう言って少し嘆きます。それから少しの間、保健の先生と他愛のない世間話をして泰葉達は保健室を後にしたのでした。
教室に戻ると、用事の済んだアリスが彼女達を待っていました。泰葉はすぐに彼女に事情を説明します。
「えッ、体育の先生に貰われちゃったんデスカ……」
「それも結構強引だったみたい。アリス、ごめん」
「いえ、いいんデス。猫さん、幸せに暮らせるといいデスネ」
事情を聞いたアリスは一瞬淋しそうな顔をしたものの、すぐにまたいつもの笑顔に戻ります。その様子を見て泰葉は彼女を慰めるように言いました。
「鬼の酒井だからちょい心配だけど、相手は猫だからきっと大丈夫でしょ」
これはつまり、人間相手なら怖い人オーラを出す酒井先生でも猫相手ならばきっとものすごく可愛がるに違いないよって言う意味です。泰葉の言葉を受けて、みんなその姿を想像して笑いました。
「酒井先生、子猫の前では意外と赤ちゃん言葉とかになっていたりして」
泰葉の話の流れを受けてゆみがそう言います。赤ちゃん言葉を話す酒井先生の姿を想像して、みんなはさっきよりより大きな声で笑ったのでした。
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