第18話 子猫騒動 中編

「ま、でもリーダーとかそんなすぐに決めるようなものじゃないでしょ。ゆっくり考えたらいいと思うよ」


 実際、焦ってリーダーを決める必要が今はありませんでした。積極的にリーダーになりたいって人物がいない以上、今すぐに答えを出す必要はありません。

 このセリナの言葉を聞いて泰葉はほっと胸を撫で下ろしたのでした。


 その時、ドアを開けて鈴香が教室に入って来ました。彼女はまっすぐ泰葉の所に歩いて来ます。すやすや眠る見慣れない生き物をその胸に抱いて。


「響ぃ~猫拾っちゃったぁ~どうしよう~」


(嘘でしょ?!)


 さっきやっとまとまったリーダー談義がここでまた再燃してしまいました。早速決めなくちゃいけない事が発生してしまったからです。


「あ~こりゃ今すぐにリーダー決めなくちゃだわ」


 鈴香の抱いている子猫を見てゆみは言います。この子猫をどうするか、これは物事の決定権を持つリーダーを決めて話し合った方がいい事例でしょう。

 ただ、優先順位から言えばこの猫の詳細を鈴香に聞くのがまず先決です。泰葉はそう思って彼女に声をかけました。


「鈴香、その猫どうしたの?」


「学校の近くに公園があるでしょ~。そこにいたの~」


「親猫が今頃探してるんじゃないの?ダメだよ勝手に連れて来たら。それにここ学校だよ。先生に怒られちゃうよ」


 何だかんだ言って泰葉は物事を客観的に見て適切な指示が下せるリーダーの資質があるように思えます。彼女の言動を周りで見ていたリンゴ仲間達は泰葉がリーダーでいいと誰もがそう見ていました。


「でも~。お腹空かせて可哀想だったし~」


 泰葉に色々と言われて鈴香は少し涙目になりながら答えます。このままでは埒が明かないと思った泰葉はちらりと壁にかかった時計を眺めました。授業開始までもう後3分もありません。そこで一計を案じた彼女はみんなに説明をして、それから鈴香と子猫を連れて教室を出て行きました。


 3分後、チャイムが鳴って教室に先生が入って来ました。教室に入った先生は椅子に座った生徒達を見回してすぐにその違和感に気付きます。


「は~い、授業始めるぞ~。あれ?鈴木と響は?」


「ちょっと体調悪くなったとかで保健室に行きました~」


 泰葉から伝言を預かったセリナが手を上げて先生にそう答えます。


「あの2人か~。ま、そう言う事なら授業始めるぞ~」


 鈴香が保健室に行くのは日常茶飯事で、そんな彼女に泰葉が付き合うのよくある事だったので先生も慣れたものです。そう言う訳でいつもの行動のおかげで今回の事も全く怪しまれずに済んだのでした。


 2人が保健室に着いたのは授業のチャイムが鳴った直後くらいでした。保健室には保健の先生が座っています。普段いない事も多いので、先生がいてくれて泰葉はほっと胸をなでおろしました。

 保健の先生は授業開始直後にいきなり現れた見慣れた生徒達の姿を見てため息を漏らします。


 先生はすぐに彼女達がここに来た理由を察したのですが、彼女達の方から話が出るまで一応は黙っていました。猫を拾ったのは鈴香なのでこの件は彼女に任せて泰葉はあくまで付き添いの体で黙っていたのですが、彼女が中々言い出さないので仕方なく泰葉が代わりに先生に事情を説明します。


「で?私に猫を預かってくれと?」


「お願いします!先生しかいないんです!」


「先生、家でも猫飼ってるでしょ~。だから~」


 そう、保健の先生が猫を飼っているのは一部の生徒達の間では有名な話でした。猫を飼っているので猫についての知識も豊富だろうと思った泰葉が先生に頼ろうと思い、鈴香を連れて保健室にやって来たのです。


 彼女達の魂胆を知った先生はもう一度大きなため息をついて、それから口を開きます。


「私も内緒で飼ってるんだから数は増やせないの!」


 そう、先生はペット禁止のマンションでこっそり猫を飼っているのです。これ以上猫を増やせば大家さんにもバレてしまいかねないと彼女達の要求を拒否しました。ただ、拒否されるのは想定の範囲内でもあったので泰葉はすぐに次の提案をします。


「じゃあ放課後まででいいんです、ここで預かってください」


「放課後になったらどうするのよ」


「それまでに飼ってくれる人、自分達で探しますから」


「そう言うの専門でやってるボランティアがあるから任せちゃいなさいよ。大変だよ、自分達で全部しようと思ったら」


 泰葉のやろうとしている事の大変さを知っている先生はすぐに適切なアドバイスをしました。

 けれど、一度乗りかかった船を何もせずに誰かに丸投げするなんて、泰葉には出来ません。


「まずはクラスのみんなに声をかけて、それでもダメなら学年の知り合いに声をかけて、結局ダメだったらその時はそうします」


「やっぱ響はリーダーだね~」


 保健の先生とのやり取りをじいっと眺めていた鈴香は彼女の方を向いてそう言いました。教室に遅れて入って来た彼女はリーダー談義についてのやり取りを殆ど知らないはずなのに、どうしてこんなに勘が鋭いのでしょう。それは鈴香の才能のようなものでもありました。

 この鈴香の言葉を聞いた泰葉は前にゆみに言われた時と違い、ちょっと心がむず痒くなって、でも少し嬉しいような気もして、複雑な気持ちになるのでした。


「からかわないでってば」


 周りから見たら泰葉が照れているのは丸判りです。そんな2人のやり取りを見て先生は軽く微笑むのでした。そして泰葉の顔を見てその決意を感じ取った先生は彼女の熱意を信じる事にしたようです。


「ふーん。じゃあ、放課後までは預かってあげる。それから結果を聞かせて。出来る限り協力はしてあげるから」


「有難うございます。お願いします」


 訴えを受け入れてくれたので2人は深々と先生に頭を下げます。それから子猫を保健の先生に預けて2人は保健室を後にしました。教室に戻る道すがら何かに気付いた鈴香が泰葉に話しかけます。


「そう言えば~。あの猫と話をすれば捨て猫かどうかは分かったのかも~」


「相手はまだ赤ちゃん猫だよ?上手くコミュニケーション取れないよ。鈴香だって生後3ヶ月の赤ちゃんと話とか出来ないでしょ」


「あ~、確かに~」


 泰葉の説明に鈴香は納得したようでした。それからも色々話をして2人は教室のドアを開けました。まだ授業中だったので注目は一気に2人に注がれます。こう言う状況に慣れていない泰葉はうつむいてしまいました。逆に鈴香は平気そうです。

 2人の姿を目にした先生は授業前に勝手に教室を出た事に対して特に怒るでもなく、普通に彼女達に声をかけました。


「お~、今日は早かったな~。ベッドで寝てなくていいのか?」


「はい~。取り敢えずの問題は解決してすっきりしました~」


「んじゃあ席について。授業を再開するぞ~」


 そのやり取りの後、鈴香は普通に席に座って授業を受け始めます。ワンテンポ遅れて泰葉も自分の席に座りました。そして何事もなかったように授業は進み、そして無事終わります。

 授業中、何事にも動じない鈴香を泰葉はすごく感心して眺めていました。当の鈴香は席に座ってすぐに眠そうな顔になっていましたけど。


 休み時間になって泰葉の席の周りにリンゴ仲間が集まって来ました。みんな鈴香の連れて来た子猫の事が気がかりになっていたのです。全員揃ったところで泰葉は早速保険室内で交わされた内容をみんなに話しました。


「え?私達で飼ってくれる人を探す?」


「うん、協力して!」


 手を合わせて懇願する泰葉を見てみんな顔を見合わせます。小さな命の是非がかかった問題です。遊び半分で済ます訳にはいきません。

 みんな迂闊に言葉を出せない中、セリナはゆみに向かって声をかけました。


「どうする?」


「ま、しゃーないか」


 話を振られたゆみは視線を天井に向けて仕方ないと言うジェスチャーをしました。この話を受けると言う事はそれなりに重い責任を背負う事になります。

 少し場の空気が重くなってきた所でルルが声を上げました。


「ウチ、犬を買っているっスよ!」


 この言葉を聞いた泰葉はすぐに表情が明るくなって彼女に声をかけます。


「ルル、行けそう?」


 犬を飼っているなら動物が好きだと言う事にもなります。これは意外に早く問題が解決したなと彼女は思いました。

 けれど、その後にルルから返って来た返事に泰葉は落胆してしまいます。

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