第12話 アリスの場合 その3
そのまま学校に登校したアリスは昨夜の事は何かの間違いだと自分に言い聞かせ、気持ちを切り替えて教室に入ります。
教室に入った瞬間、彼女に気付いた泰葉が声をかけました。
「アリス!おはよ!」
「おはよーゴザイマス!」
アリスは平静を装って泰葉に挨拶を返します。本当は昨日起こった事を相談したかったのですが、余りに常識から外れた出来事だったのでこの話を彼女に話しかける事を躊躇してしまいました。いくら仲良くなったと言っても、まだそうなってから日が浅いのです。
アリスはまだ泰葉達の事をよく知りません。こんな事を話したら信じてもらえないばかりか、馬鹿にされてしまうかも知れません。
そう思うと昨日の出来事は自分だけの秘密にしておいた方がいいと彼女は思い直しました。
(こんな事……誰にも話せない……)
アリスの心理は、普段以上に明るく振る舞う事で悩みを持っていると言う事を誤魔化す方向に動いていました。その為、見た目はとても元気で悩みひとつない風に見せていたのです。普段の彼女からしてみれば少し無理をしているようにも見えたはずです。
やがて時間が来て、いつも通りの授業が始まりました。アリス以外には何の変哲もない、いつもの日常風景です。
けれど彼女にとってはいつ能力が発動してしまわないか、ずっと緊張しっぱなしの時間を過ごしていました。
(アリス、日に日に元気になってる……良かった)
そんな異常な緊張がスイッチを入れてしまったのでしょうか。急にアリスの心に泰葉の心の声が聞こえて来ました。まだ自分の能力の制御が出来ない彼女はこの能力が発動した瞬間、パニックになりました。
(しまった!……どうやったらこれ止められるの?)
どれだけ焦ったところで能力は止まりません。アリスの周りを気にする心理が、無差別に周りの心の声を拾います。
その拾った声の中には当然のように泰葉達リンゴ仲間の心の声もありました。
(まだリンゴ能力が目覚めた気配はなさそうだね?)
(リンゴ?)
セリナの心の声が聞こえた彼女はその言葉に興味を持ってしまいます。そしてその声はそのままテレパシーとしてセリナの心にも届きました。
急に心に直接語りかけてきたアリスの声を聞いて、セリナは思わず声を上げてしまいます。
「えっ?」
「どうしたの?」
「いや、今、アリスが」
セリナはアリスの声が聞こえて来た事を泰葉達に伝えようとします。その彼女の反応を知って逆にアリスが驚きました。相手の心の声を聞けるだけでなく、こちらの言葉も心に直接語りかける事が出来るようになっていただなんて……。
アリスは自分の能力に驚いてしまいました。そしてつい心の中で問いかけてしまいます。
(私の言葉が届くの?)
この彼女の心の声は今度はセリナだけでなく、セリナの言葉を聞いていた泰葉達にも届きました。
「アリス……まさか!」
それがすぐにリンゴ能力の発動だと気付いた泰葉は、うつむいているアリスの方を向いて話しかけます。
話しかけられた彼女はうまく言葉を紡げないようでしたが、心の中で言葉を探しながら何とか説明しようとしているのが伝わってきました。
(私もよく分からないのデス……昨日から急に……)
泰葉達はアリスの苦しみの言葉を心に直接受け取ります。言葉を感じた誰もがこの力をリンゴ能力だと確信しました。
そして彼女がその力を全く制御出来ていないと言う事も――。
(心に直接聞こえてくる!)
「アリスも目覚めたんだ……」
泰葉達の反応はアリスの想像していたものではなく、この力について何か知っている風でした。しかも何か具体的に知っているようなのです。
それがこの反応で分かった彼女は、泰葉達に救いを求めるようにこの能力について答えを求めました。
(みなさんは何か知って……)
(勿論知ってるよ!)
このやり取りは口に出すと周りに不審がられると思った泰葉は心の中で返事をします。きっとこの声は彼女に届くと思っての行動でした。
そしてその判断は間違っていませんでした。アリスは泰葉の言葉を受け取り、答えを強く求めました。
(じゃあ教えてください、どうやったらこの力を……)
アリスが心の中で具体的な質問をしかけたその時でした。彼女の頭を強烈な頭痛が襲います。そう、制限時間が過ぎてしまったのです。
「う、うわぁぁぁーッ!」
突然頭を抱えながら苦しむアリスを見て、一瞬で教室は騒然となりました。その苦しみ方は軽い頭痛のそれではありません。
すぐに近くにいた生徒が先生に彼女の異常を訴えます。
「先生、アリスさんが!」
頭痛に苦しむアリスは教壇に立っていた先生もひと目で気付く程のものでした。その異常な苦しみ方を見た先生はすぐに彼女に声をかけました。
「アリス!大丈夫か!」
苦しむアリスはその声にも反応出来ないようでした。その彼女の様子を見て泰葉が手を上げます。
「私が保健室に連れて行きます!」
「いや、そこは保険委……」
「響さんがいいと思います!」
そう、泰葉は保健委員ではありませんでした。
けれど保健委員が気を利かせてくれて、アリスの介抱を彼女に譲ります。その勢いに押されて先生もそれに従ってくれました。
「そ、そうか?じゃあ、響、悪いがお願い出来るか?」
「はい、行こう?アリス」
「す、スミマセン……」
先生の許可を得て、泰葉はアリスの肩を抱きながら教室を出ていきます。2人が教室を出た事で騒然としていた雰囲気も落ち着きを取り戻しました。
保健室についた彼女は保険医の先生に事情を話してアリスを寝かします。横になった彼女はすぐに眠ってしまいました。
泰葉はその様子をずっと見守ります。あれだけ頭痛で苦しんでいたのに、横になった彼女の寝顔はとても安らかなものでした。
「……少しは落ち着いた?」
アリスがベッドに横になって30分位経って、彼女はゆっくりと目を覚ましました。保健の先生は用事があって保健室を離れ、部屋は生徒だけになります。泰葉はその間もずっとアリスを見ていたようです。自分を優しく見守っていた彼女を見て、アリスは少しずつ事情を泰葉に話し始めます。
「はい……私、昨日からおかしいんデス……」
「私が思うに、それはリンゴの力なんだと思う」
泰葉はアリスの症状を聞いて、すぐに自分の考えを彼女に伝えます。ここはもうストレートに話した方が早いと彼女は思ったのです。
いきなり原因はリンゴだと言われても、アリスにはさっぱり意味が分かりません。オウム返しのように言葉を返しました。
「え?リンゴ」
「症状を詳しく教えて?」
アリスから詳しい状況を聞いて、やっぱりこれは自分の作ったアップルパイが原因だと泰葉は確信しました。そこで彼女は、自分達の秘密をじっくり詳しくアリスに語って聞かせます。
「実はね、私達も特別な力に目覚めているの」
聞き始めこそ要領を得ていない感じでしたが、話を聞いていく内に段々アリスも自分の身に起こった出来事の原因が泰葉の言う通りのものだと思えるようになってきました。そして彼女を能力の先輩と認め、この力について質問をします。
「この力、コントロールはどうすればいいんデスカ?」
アリスの困った顔から、彼女の必死さがひしひしと伝わってきました。泰葉は何とか彼女を助けたいと思ったものの、アリスの目覚めた能力が他のリンゴ仲間のどのパターンとも違う特別なものだった為、解決策を何も思いつけずにいました。
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