アリスの場合

第10話 アリスの場合 その1

 アリスはそこそこセレブの人達が住むそこそこの住宅街の一角に住んでいます。

 時間は夜の8時頃、彼女と母親が仲良く会話を楽しんでいます。話の話題はやっぱり新しく編入したクラスの話題です。


「新しい学校には慣れそう?」


「うん、多分」


「パパも日本で頑張るみたいだから頑張らなくちゃね」


 アリスのパパはIT関係の技術者です。縁あって日本にやって来ました。彼自身日本大好きマンだったのでこの話が出た時に自分から進んで日本行きの話に乗っかったみたい。そんな訳で家族で日本にやって来たのです。ちなみにこの街は母親の出身とは違うとの事。

 父親の仕事の都合での引っ越しですし、仕方ないですね。


「大丈夫よ、ママ。パーティーにだって呼ばれたんだから」


「そっか、向こうじゃ馴染めなかったけどこっちでのスタートダッシュは成功ね」


「うん、きっと今のクラスなら馴染める気がするよ」


 この母親の話からすると、アリスは向こうではあんまり楽しい学生生活を送れていなかったようです。性格が無口で引っ込み思案だからアメリカ~ンな世界ではちょっとうまく過ごすのが難しかったのかも。アリスの母もそこが気にかかっていたみたいです。

 そこで今のクラスがアリスには居心地が悪くなさそうなのを知って安心したみたい。家族の会話はこの後も続きました。



「おはよ、アリス」


「オ、オハヨーゴザイマス」


「今日もよろしくね」


 場面は変わって次の日の朝、登校したアリスに泰葉が声をかけます。突然声をかけられた彼女は少し戸惑いながら挨拶を返しました。ニコニコと屈託なく笑う彼女を見てアリスはその態度に少し疑問を持ってしまいます。

 何故なら彼女は前の学校であまりそう言う態度をクラスメイトにしてもらった事がなかったからです。その為、アリスの心には強い劣等感が育っていました。


(どうして響は私に声をかけてくれるんだろう?)


 自分が誰かに気にかけてもらっていると言う事に不慣れなのです。アリスは誰にも注目されない人生をずっと送っていました。

 なのでこのクラスに入って常に誰かに声をかけてもらえるのこの状況に全く慣れていませんでした。


「おはよっ!」


「オ、オハヨーゴザイマス」


 次に彼女に声を掛けて来たのはルルでした。彼女は更に元気いっぱいでアリスは当てられてしまいます。

 ルルは対等な関係が好きな女の子です。なのでアリスに対してもそれを求めました。


「固いなー!おはよっでいいっスよ!」


「おっ、はよ……デス」


「少しずつ慣れていくっスよ!」


 ルルはそう言ってアリスの背中を軽く叩きました。この行動に彼女は少しびっくりしましたが、スキンシップだと分かると心の中に暖かいものを感じるのでした。

 アリスの目に映るルルの元気100%の素直な笑顔は、向こうの学校でも見た事がないくらいの素敵なものでした。


 そんなやり取りを少し離れたところでセリナとゆみは見ていました。彼女達はもうちょっと冷静にアリスを観察しています。

 アップルパイパーティーでルルが覚醒した事を受けて、もしかしてアリスにもその徴候が出ないかと考えていたのです。


「アリス、どうだろうね?」


「分からないけど、今は仲良くなる事だけ考えていよ?」


「だねー」


 アリスは今まで仲の良い友達がいた事がありません。知り合いとかは出来るのですが、友達付き合いとなるとどうにもうまく行かなくて、いつの間にか疎遠になってしまう――そんな繰り返しでした。

 彼女は折角出来たこの繋がりも、いつか同じ運命を辿ってしまうんじゃないかと少し不安になります。なのでいつ繋がりが絶たれてもいいように、期待だけはすまいと自分の心を縛りました。それはとても寂しい事ですけど。


 今までここまでチヤホヤされる事がなかったので、アリスは少し気疲れしてしまいました。家族とは気兼ねなく話せても、クラスメイトとなると、まだまだ自分を素直に出す事が出来ずに常に緊張の連続なのです。


「ふぅ……」


(向こうじゃ話しかけないと話しかけられなかったのに……)


 ふと、この状況が信じられなくなったアリスは少し混乱してしまいます。今まで彼女に仲良くしようと近付いた人は、みんな何処かで見返りを求めていました。もしかしたら目の前の彼女達もそう言う裏の感情があるのかも知れない……。

 一度疑念を抱いてしまうと中々それを払拭する事は出来ません。頭の中を不安がぐるぐると回って、アリスは理由を聞かないとこのモヤモヤをどうにも出来なくなってしまいました。


「あの……」


「ん?」


「どうして……話しかけてくれるんデスカ?」


 意を決してアリスはついに心に中で膨れ上がっていた疑問を口に出しました。その疑問を受けた泰葉は一瞬きょとんとした顔をして、それからすぐにニコッと笑顔になって答えます。


「アリスと友達になりたいからだよ」


「私で……いいんデスカ?」


「勿論!」


 そう答えた泰葉の笑顔は一切の打算を感じさせない素直なものでした。

 それでもまだその事を素直に受け止められないアリスは、何とか自分を友達にしたがるその理由を探します。

 そして自分が他の人と違う部分を思い出し、それが理由なのではないかと、恐る恐る泰葉に尋ねました。


「私が……外国人だから?」


「それもあるかもだけどさ……こう言うのって理屈じゃないじゃん」


「そうだよ、みんなアリスと仲良くなりたいんだ」


 泰葉がアリスに友達になりたい理由を話していると、そこにセリナも割って入ります。さっきまで少し離れた所で様子を窺っていた2人もいつの間にか泰葉の周りに集まっていました。まだ戸惑っているアリスにゆみも優しく声をかけます。


「多分みんな心で何か感じたんだよ」


「あ、有難うゴザイマス」


「だから、こちらこそよろしくね」


「困った事があったら何でも相談してね」


 泰葉にルルにセリナにゆみ、優しく話しかけてくれるクラスメイトに囲まれてアリスは胸が一杯になります。それは今までに感じた事のない感情でした。

 その言葉以上の心遣いに感動した彼女は自然に涙を流していました。アリスの涙に気付いた泰葉は彼女の心配をします。

 アリスの顔を覗き込みながら泰葉は彼女にハンカチを差し出しました。


「な、泣いてる?大丈夫?」


「大丈夫です……嬉し涙ですカラ」


 泰葉からのハンカチを優しく止めると、アリスはポケットから自分のハンカチを出して涙を拭きました。嬉しくても涙は出るのだと、アリスはその時初めて知りました。そして改めて目の前の彼女達に今の自分の気持を素直に伝えます。


「私みたいなのが、こんなに良くしてもらっていいのでショウカ?」


「何言ってんの!アリスは魅力的だよ!」


「そうっスよ!自信持つっス!」


 泰葉と友達達に次々に褒められてアリスは照れくさそうで恥ずかしそうな顔をしました。きっと褒められ慣れていないのでしょう。

 その余りに自虐的な彼女の態度を見て、ゆみは彼女の過去を想像します。それでついその事を口走ってしまいました。


「もしかして、越してくる前に何かあった……?いや、無理に話さなくていいけど」


「そうですネ……。私は向こうでちょっと地味な存在デシタ。友達もいなかった……だからそれが普通ダト……」


「そっか、大変だったね。辛かったね」

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