アップルパイパーティ

第6話 アップルパイパーティ 前編

「高校入っての初めてのパーティ!みんな楽しんでね♪」


 GWも終わって気候の良い5月の中旬、泰葉は高校に入って初めてのアップルパイパーティを自宅で開催しました。

 クラス中に声をかけまくって集まったのは泰葉達メンバー含む総勢12人です。高校になって初めて知り合った子も多い中で、結構頑張った方じゃないでしょうか。

 泰葉の自宅で行うパーティーなだけに、これ以上の人数は流石にキャパ的に厳しいんですけどね。

 この中には先日転校してきたアリスも勿論含まれています。ゆっくりと交流を深めていった彼女の作戦勝ちでした。


「アリスも食べて、もし嫌じゃなかったらだけど」


 泰葉はさり気なくアリスにアップルパイを手渡します。日本人特有の空気を読む能力を最大限に発揮して嫌がられないように、相手の心を優しく労るように。

 アリスの性格は母方の血が濃いのか、見た目とは裏腹にとても日本人っぽい無口で大人しい性格です。

 泰葉のアップルパイを彼女は恐る恐る受け取りました。もしかしてこの態度、過去に何かあったのかもと彼女は考えます。


「う、うん……有難うゴザイマス」


 アップルパイを受け取った彼女は、恐る恐るそれを控え目に口に含みます。その様子はまるでどこかのお嬢様のようでした。

 最初は不安げだった彼女の顔が、アップルパイを食べた事でみるみる生気を取り戻します。


「!!!!!」


 アップルパイの味に驚いている彼女を見て、泰葉は心の中でガッツポーズを取りました。泰葉の中で食べた相手がこの表情になった時、それは100%この味に満足していると言う事になっていたからです。アリスもきっと自分のアップルパイを気に入ってくれたと彼女は確信したのです。

 なのでちょっとわざとらしく彼女にアップルパイに感想を聞いてみるのでした。


「どうかな?」


「美味しい!響ちゃん、プロ並みデス!」


「えへへ」


 泰葉の予想通り、アリスはこのアップルパイをとても気に入ってくれたようです。そしてこのアップルパイを作った泰葉にとびっきりの笑顔を見せてくれました。

 その笑顔はいつも伏し目がちだった彼女が初めて泰葉に見せた笑顔でもありました。美味しいものは人を素直に笑顔にさせてくれますね。

 アリスの笑顔と一緒にアップルパイも褒められて泰葉は少し照れくさそうに笑いました。


 その様子を見て、彼女の仲間達も満足気に笑っています。このパーティはアリスを笑顔にさせるものでもあったからです。


 アリスは転校してからクラスには馴染めたものの、まだ自分の殻に閉じ困ってる風なところがありました。

 このパーティーをきっかけにもっとリラックスして気軽に交流出来るようになればとみんな思っていたのです。


「どうやらうまく行ったみたいね~」


「これでアリスも仲間だったら一番なんだけど」


 セリナは泰葉の功績に一定の評価をしました。ゆみは仲間探しのパーティーでもあるので、出来ればアリスも仲間になれば……と思っているみたいです。

 でもリンゴ能力はどう言う人が発動するのか条件が全く分かっていません。最初からは望まない方が精神衛生上はいい気がします。

 なのでセリナはゆみに対して軽いツッコミを入れました。


「そんな都合良くは行かないでしょ~」


「でもさ、これで仲間が増えたなら嬉しい話だよね」


「まぁねぇ」


 アップルパイを食べながらセリナとゆみがそんな雑談をしていると、泰葉が彼女達の前にやって来ました。

 自分主催のパーティーなのでアリスだけに構う訳にも行かず、参加者全員にそれとなく接触してその後で彼女達に会いに来たのです。

 パーティーが順調に進んでいるので泰葉はテンションも高く、とてもご機嫌な顔になっていました。


「みんなもパーティ楽しんでるぅ~?」


「勿論楽しんでるよ」


「彼女、どうだった?」


「アリス、美味しそうに食べてくれたよ!」


 今日一番のミッションを無事完遂して、泰葉はそれをとても上機嫌で報告していました。そんな彼女のやりきった笑顔を見て2人もつられて笑顔になります。

 そしてそんな泰葉を労う言葉をセリナは彼女に伝えました。


「まずは仲良くなるための第一歩、成功だね」


「ありがとう♪」


 セリナに褒められて更に笑顔になった泰葉でしたが、ここでふと違和感を感じます。よく見るとメンバーが足りません。

 そこに気付いた彼女は室内をきょろきょろと見渡しました。


「あれ?鈴香は?」


「あっちで寝てる」


 そう、いつものメンバーは全員呼んだはずなのに、この場にはセリナとゆみしかいません。鈴香がいなかったのです。

 そのいない彼女の現状を泰葉に伝えたのはゆみでした。彼女の言葉通り泰葉がその方向を見ると、鈴香が気持ち良さそうに眠っています。いくら寝るのが好きだからって初っ端からこんな場所で……。

 呆れた泰葉は鈴香をこのままには出来ないと思い、彼女を自室で休ませる事にしました。


「うわ~。ちょっと私の部屋に運んでおくよ」


「ひとりじゃ無理でしょ、私も手伝うよ」


「本当?助かる」


 ゆみは自分が教えた手前、泰葉を手伝う事にします。2人は眠っている鈴香を泰葉の部屋まで運んでいきました。

 彼女を休ませた後、泰葉はついでにトイレに寄ってから戻ると言って、ゆみだけ先に戻って来ました。

 その時、参加者の中でも一際気持ちのいい食べっぷりをしているクラスメイトが目に入ります。


「美味しい美味しい」


「あ、あの子」


 誰か気になったのでゆみはセリナに尋ねます。


「確か……高橋さん?」


 セリナは記憶力を総動員させて食いっぷりのいい少女の名前を思い出しました。高橋さんは名前を高橋ルルと言います。

 彼女はよく食べる事からも分かる通り、ショートカットの似合う元気なスポーツ少女。身長は165cmと15歳女子にしては大柄です。

 このパーティーにもタダメシ(?)が食べられるからと参加したみたい。


 食欲は旺盛ですが、体も動かしているのでスタイルは決して崩れてはいません。これが若さ……なのですね。

 彼女にとってアップルパイ1枚なんてせんべい1枚のような感覚です。その美味しそうに食べる姿は見る人をとても幸せな気持ちにさせていました。


「彼女も来てくれてたんだ。それにしてもむっちゃ食べてない?」


「よっぽどアップルパイが好きなのね」


「彼女も仲間になってくれたらいいのにね~」


 2人がルルの事を話していると泰葉が戻って来ました。用も足してすっきりした顔をしています。


「ふう、ただいま」


「おっ、泰葉。こっちこっち~」


「どしたの~」


 泰葉を目にした2人は早速彼女を呼びました。泰葉も2人に呼ばれたので何だろうと期待しながらいそいそとその輪の中に入ります。

 主役が帰って来た所で、2人はもりもりと美味しそうにアップルパイを食べるルルの方を向いて目配せをします。

 ルルはと言えばアップルパイを食べるのに夢中で、まさか自分が注目されているなんて全く気付いていない感じでした。


「ほら、彼女」


「うわ~。すごい食べっぷり」


 ルルの食べっぷりに泰葉も感心しています。


「彼女も誘ったんでしょ?」


 セリナはそんな彼女を見ながらルルがこのパーティーに参加した経緯を尋ねました。

 突然話を振られた泰葉は即答出来ません。何故なら手当たり次第にクラスメイトに声をかけていたので、ひとりひとりの印象はそんなに強いものではなかったからです。それでも聞かれた以上何とか思い出そうと泰葉は記憶力をフル回転させるのでした。


「あの子は……どうだったっけ?」


「えっ?」


「うーんと……。あ、そうだ!私が他の子に声をかけていたら自分から来たいって言って来たんだった」

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