第5話 転校生
「知ってる?転校生が来るんだって」
物語が急展開する時のお約束の転校生。普通、まだ新学期に入ってって間もないこの時期に来ますかね。
泰葉はこの情報に耳ダンボ。だってもしかしたらその子が新しい仲間になるかも知れないから!クラスの噂なんてあてにならないものが多いけど、とにかく転校生が来る事だけは間違いないらしい。
クラスメイトの様子に聞き耳を立てるとみんなそれぞれ好き勝手な事を言っています。
「どう言う子が来るかなぁ?」
「可愛い子かな?」
「イケメン男子かな?」
「嫌な奴じゃなきゃ何でもいいよ」
「眠い~」
桜の花見の時期は終わり、新しい葉がお日様の光を浴びて光っています。この時期は花粉も勢い良く飛んでいて、あまり好きではないと言う人も多いかも。
幸いリンゴ仲間達は花粉症の子はいないみたいですが――泰葉のクラスでも半分以上の子がマスクをしていました。
くしゅん……
ズズズ……
ちーん
所々で目をこすったりくしゃみしていたり……花粉症の子達はとにかく大変そうです。
泰葉はそんな花粉症の子達を見ながら少し他人事にように話します。
「花粉症って突然なるから怖いよねぇ」
「私達もいつそうなっちゃか……」
この泰葉のつぶやきにゆみが反応します。花粉症が突然発症するって言うのはやはりちょっと怖いみたいです。
花粉症のメガネ女子が目をこすっているのを見て、同じメガネ女子のセリナもやっぱり不安げに話します。
「目が痒くなるのってメガネでも防げないみたいだし……」
すぴ~
春と言えば花粉症もですが、ぽかぽか陽気ですごく眠気が襲う季節でもあります。そんな春の攻撃に抵抗力が全くないのが鈴香でした。
鈴香が眠ってしまったのに最初に気付いたのはセリナです。
「あ、鈴香が寝てる」
「授業と昼休み以外はそっとしとこ」
みんな大らかなで自由な鈴香に大甘でした。彼女の能力のせいもあるのかも知れませんが、彼女の行動は大抵の事は許されるんです。
それでいて大事な時には必ず役に立つ事をしてくれるので、実は結構信頼されてもいるのでした。
さて、花粉症の話題に話を戻して、突然ゆみが話を始めます。
「あ、そうだ!花粉症って動物にもあるのかなぁ……」
「それがねぇ……あるみたいなんだよね」
この話に泰葉が答えます。流石は動物会話能力者です。彼女は今までに聞いた動物達の話をみんなに話し始めました。
その話を聞いて、その知識のなかったゆみは驚いているみたいです。
「マジで?動物達も大変だなぁ~」
今日も彼女達の話は尽きません。そしてその日は特に何事もなく過ぎて行きました。
翌日、転校生の話題は更に盛り上がっています。この時点でクラス全員がその事を知っていました。
「え?でもこのクラスにその子が来るとは限らないじゃん」
「ところが確実な情報を得たんだなぁ~」
泰葉のこの疑問にゆみがドヤ顔で答えます。どうやら彼女、確実な情報ソースを持っている模様。
早速その情報の根拠をセリナが追求しました。
「ゆみ、それどこ情報よ?」
「3組の佐藤がさ、職員室に日誌を出しに行った時に先生達の話を小耳に挟んだんだって」
3組の佐藤と言うと、噂好きの生徒からは情報屋とも呼ばれている存在です。彼女の校内情報は、学年の中ではいつだって誰よりも早く誰よりも正確でした。
まだ高校に入学してそんな間もないと言うのに、それだけの事が出来るのは同じ高校に姉がいるからと言うのがもっぱらの噂です。
姉情報と自分の足で得た情報を総合したその情報範囲は、同学年内に留まらないものなのでした。
「佐藤情報か~。それはちょっと信頼出来るかも」
「あの子は嘘は言わないよ!この私が保証する!」
「分かった分かった」
「でね!ここからが新情報なんだけど……」
ゆみがここで急にもったいぶった言い方をし始めます。
こう言う時、大抵は肩透かしを食らいますが、たまに本当の重大情報もあったりするから侮れません。
みんなその話の続きを固唾を呑んで見守ります。鈴香はまだ寝ていましたけど。
「何と、その転校生!」
ガラガラガラ!
今からゆみが大事な話を話そうとしたとしたその時、唐突に教室の戸が開きました。いつもより5分ほど早く担任の先生が入って来たのです。
それまで騒いでいたクラスメイトなども担任が入って来たのを見て焦ってすぐに自分達の席につきました。泰葉達も慌ててそれぞれの席に戻ります。
「え~、今日は少し早めにホームルームを始めるぞ~」
「せんせ~、それはどうしてですか~」
「お前達もう知っているんだろう?」
「俺達分かりませ~ん」
「フフン、じゃあそう言う事にしといてやるよ……」
担任の鈴木先生はとてもフランクな先生です。いつだって生徒達と同じ目線で――つまり精神年齢は同じくらいなのかも知れません。
先生はクラス全体を見渡して、その雰囲気を感じ取るとおもむろに口を開きます。
「さて、今クラスで話題になってると思うけどその噂は残念ながら……」
この先生の言い方にクラス全体がざわつきます。まさか……転校生の噂はガセだった?
「本当だ!みんな嬉しいか!」
この発言に教室全体が大いに盛り上がります。全く、この担任は生徒をからかって楽しいんでしょうか?
泰葉達もこの盛り上がりに便乗して一緒に騒ぎます。
「残念ながらって言っといて嬉しいかって聞くとかー!」
「それより早く紹介して!」
「イケメンですかー?」
「美少女ですよねー!」
「未来の嫁来た!」
「落ち着け落ち着け!静かにしないといつまでも紹介出来ないぞ!」
先生は自分で盛り上げた癖に、取ってつけたようにその場を収めようとします。
でもそれが先生の教育方針なのでしょう。
しばらくして場が静かになると、やっと先生は転校生の名前を呼びました。
「待たせたね、さあ入って、アリス」
アリス!その名前にまた教室がざわめき始めます。まさかのDQNネーム!きっと一癖も二癖もある転校生がこのクラスに来たのだと――。
その転校生がこのクラスをかき回す妄想をしない生徒はクラスにいないほどでした。
すぴ~
あ、鈴香は寝ていましたね。あの騒ぎの中で眠れるなんて鈴香、恐ろしい子っ!
そんな眠っている鈴香は置いておいて、先生にアリスと呼ばれた少女が教室に入って来ました。その子の姿を見てDQNネームだと思っていたクラスメイト達はその想像をした事を早速恥じます。
今日からこのクラスに転入してきた転校生はハーフの帰国子女だったからです。
「ど、どうも……。安藤・E・アリスデス。今日からヨロシクオネガイシマス……」
「彼女はアメリカからこの街に越して来た。今日から同じクラスメイトだ。どうか仲良くしてやってくれ」
先生はすぐに彼女の席を指示して、それから通常のホームルームが始まります。アリスの席は一番後ろの一番廊下側です。
隣の席は鈴香なので――彼女はこの状況下でまだ眠っていました。本当にこの子は……(汗)。
アリスはアメリカ育ちなのに大人しい印象を受けました。アメリカ育ちの人はみんな陽気で物事をハッキリさせないと気がすまないと言うのは、ただの思いこみだったみたいです。
ただ、やっぱりその見た目は多くの生徒の注目を浴びました。彼女はこのクラスの誰よりも美人(個人の感想です)で、天然の青い目は誰の目も引き込んでしまう魅力がありました。
「アリス、パーティーに呼べないかな?」
「おおっ、チャレンジャー」
アリスを見た泰葉は後ろの席のゆみに相談します。相談されたゆみはその泰葉のチャレンジ精神を讃えます。
そこでふと泰葉はさっきゆみが言いかけていた言葉の続きを思いつきました。
「そうだ、さっき言いかけたのって……」
「そ!ハーフだって言いたかったのよ」
「佐藤情報、侮れないね!」
二人は改めて佐藤情報の正確さを認め合うのでした。
すぴ~
鈴香、いい加減に起きましょう。もう授業始まりますよ。
この後のアリス人気は凄まじく、休み時間の度に彼女の周りに人が集まっていました。みんな親切心から色々とこのクラスの事や学校の事を彼女に教えようとしているのですが、当のアリスは何だかあまり嬉しそうにはしていないように見えます。
そんな様子を少し離れた所で眺めながら、泰葉は彼女の性格とかどうしたら仲良くなれるかを考えていました。
もしパーティーに呼ぶとしたら、それまでに仲良くなる必要があるからです。
そこで泰葉が出した結論はこの一時的な騒ぎが収まるまでは敢えて接触を控えた方がいいかな?と言うものでした。
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