第4話 ゆみの場合

「う~ん」


 ゆみは困っていました。何故なら目の前に厄介な地縛霊がいたからです。


 泰葉の家でご馳走になったポテトサラダに入っていたりんごを食べて霊媒体質になった彼女。能力に目覚めてすぐにあちこちの浮遊霊が目に入ったゆみは、その時大声で泣き出したと言います。


 そんな初心だった少女も今ではすっかり霊に慣れきっていました。慣れきってはいるものの、会話は出来てもお祓いは出来ません。

 ぼんやりと見えるだけで触る事も出来ません。彼女にとって霊とは空中に浮かぶ不明瞭なホログラムのような認識です。


「どいてくれないかなぁ……」


 見えるだけ、会話出来るだけであってもやっぱりその存在を無視する事は出来ません。ゆみは正面に霊を認めるとつい関わろうとしてしまうのです。浄霊は出来なくても、場合によっては霊に対して説得したりする事はありました。

 その手の本を読んで勉強した事もあります。一度ハマると凝ってしまう性格もあって、いつの間にか彼女は並の霊能者レベルの霊的知識を持ってしまっていました。


(思い出すなぁ……)


 ゆみは初めて能力が芽生えた日の事を思い出していました。


 それは彼女が11歳の夏――日射しと蝉の声が最高潮に燃え上がっていたそんな時期でした。学校が夏休みに入って彼女は毎日のように泰葉の家に遊びに行っていました。

 その頃の泰葉はアップルパイの修行中で、遊びに行く度に彼女の作る試作品を食べさせられていました。

 出来はそんなに悪くないと思うものの、泰葉基準ではまだまだ改良の余地があるらしく、どれだけ褒めても彼女はその言葉に納得はしないのでした。


「えー、美味しいよぉ……みんなに食べてもらっても大丈夫だって!」


「いや、何かが足りない……そんな気がするんだ」


 いつもは何事も結構いい加減な泰葉が事アップルパイに関しては頑固なのです。よっぽどこのお菓子に思い入れがあるんだなぁとこの時のゆみは思ったのでした。


 ちなみにですが、泰葉が自分で納得出来るアップルパイを完成させたのはこの翌年の冬の事。その時は呼べる友達を全て呼んで盛大なアップルパイパーティーをしたものです。


「ゆみちゃん晩ごはんどうする?一緒に食べる?」


「あ、はい……」


 その日は遊ぶのに夢中で少し泰葉の家に長く居過ぎていました。こう言う事はそれまでも何度かあったので、ゆみは泰葉のお母さんのこの言葉に素直にうなずきます。


 その時出された響家の夕食のメニューがカレーとポテトサラダだったのです。泰葉の家族と一緒に仲良くそのメニューを食べて、それを契機に家に帰ろうとしたその時でした。


 もやもやぁ……


「うわあああ!」


 いきなり何か見えたゆみはびっくりして大声を上げてしまいました。その時ゆみが見たもの、それはまさしく浮遊霊でした。

 初めて見る浮遊霊にゆみは怖くなって大泣きしてしまいした。


 びえぇぇぇぇ!


「ゆみちゃんどうしたの!」


「お、おっ、おっば……」


「おば?」


「おばけぇぇぇ!」


 突然泣き出したゆみに泰葉と泰葉のお母さんがすぐに駆けつけました。すぐにゆみの指差す方向を見たのですが、当然ながら2人には何も見えません。

 2人には見えない幽霊が彼女に見えていると言う事で、2人は困ってしまいました。

 しばらくして、泰葉はこう言う困った時に頼れる頼もしい相談相手がいる事を思い出しました。


「おばあちゃんならこう言う事に詳しかったよね?」


「そうだ、電話してみましょう!ゆみちゃん、大丈夫よ、ウチのおばあちゃんがきっとなんとかしてくれるから」


「えぐっ、えぐっ、本当?」


 泰葉のお母さんにそう言われたゆみは、帰りかけたその足をまた泰葉の家の方に向けました。そうして泰葉のおばあちゃんに今後の対処方法を相談する事になったのです。


 ちなみにその時の浮遊霊は、ゆみの大声にびっくりしてすぐにどこかに行ってしまいました。会話が出来る能力なので大声を出せば霊にも効果てきめんなのです。


「そうかい、大変な事になったねぇ」


「おばあちゃん、何とか出来ない?」


 泰葉はおばあちゃんに助けを求めます。おばあちゃんは少し考えた後、早速ベストな解決案を提示してくれました。


「そうだねぇ……私がおまじないをかけてあげるよ」


「だって!ゆみちゃん!良かったね♪」


 ゆみの方を向いて泰葉は嬉しそうにそう話します。この時彼女は泰葉のおばあちゃんの事をあまりよく知らなかった為、半信半疑の目で見ていました。

 それに話が勝手に進んで行ってついていけないとも思っていました。


「ただし、これは一時的なものだよ!リンゴで目覚めた力は一生ものなんだ」


「えっ?おばあちゃんこれってリンゴの力なの?」


 このおばあちゃんの言葉に泰葉はびっくりしました。リンゴの力って自分だけのものだとばかり彼女は思っていたのです。

 他の人でもりんごを食べて能力が芽生える子がいる、ゆみちゃんも私と同じになったんだ!と泰葉は少しだけ嬉しくなりました。

 びっくりしている泰葉を諭すようにおばあちゃんの話は続きます。


「そうだよ。リンゴ能力者には2つのタイプがあって、ひとつはりんごを食べたその日の内だけ使えるもの、もうひとつがずっと能力が目覚めっぱなしのもの。泰葉とゆみちゃんはそっちのタイプなんだ」


「知らなかった……でもそんなのどうして分かったの?」


 おばあちゃんの話によるとリンゴ能力者には2つのパターンがあるようです。幼い泰葉にも分かるようにおばあちゃんは優しく説明を続けます。


「目覚めるタイプはただりんごを食べただけじゃ目覚めないんだ。何度も何度もりんごを食べて身体が馴染んでそれから目覚めるんだよ」


「あ……」


「泰葉、あんた思い当たる事があるんだろう?」


「夏休みの間中ずっとゆみちゃんにアップルパイの味見をしてもらってた……」


 おばあちゃんの説明で泰葉はやっと自分がした事に気付きました。ただの味見に付き合ってもらっていただけだったのに、結果的にそれはゆみの能力を目覚めさせる事になってしまっていたのです。

 おばあちゃんと泰葉の話が終わらなくて、待ちきれなくなったゆみはこの会話に割り込むしかなくなっていました。


「あの……それでおまじないは……」


「おおごめん、そうだったね。行くよ、チチンプイプイのプイ~♪」


 このおばあちゃんの投げやりっぽいおまじないを聞いて泰葉は拍子抜けしました。


「えっ……それだけ?」


「これでもうゆみちゃんが見ようと思わない限り見られないようになったよ」


 おばあちゃんのいかにもやっつけなおまじない、これは泰葉でなくてもちょっと疑っちゃいますよね。

 おまじないをかけられたゆみも、何だかからかわれたみたいでポカーンとしていました。


「本当かなぁ~」


「泰葉!おばあちゃんを信じなさい!」


 泰葉はおばあちゃんに怒られててへっと舌を出しました。ゆみはその様子がおかしくてクスクスと笑います。

 どうやら泰葉とそのおばあちゃんのやり取りを見て、彼女の精神状態もようやく落ち着いたようです。


(あれがもう4年も前の事なんだなぁ……)


 おばあちゃんのおまじないを受けてからゆみは霊を見なくなったのですが、やがて見えるのに見ないのも変だと思うようになりました。それから霊の勉強をして自ら率先して霊を見ようとするようになると、彼女の能力は自然に復活しました。

 今でも見ようと思わなければ霊は見えません。つまり今彼女の目の前にいる自爆霊も見ようと思ったから見えているのです。


「ねぇ地縛霊さん、良かったらあなたの話を聞かせてくれない?」


 ゆみはいつしか自分に見える霊達と話すのがとても好きになっていました。彼女に話しかけられた霊達もずっと話し相手を欲しがっていたりして、彼女と会話をして救われる霊も少なくありませんでした。

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