第3話 セリナの場合

「ただいまー」


「って、誰もいないか……」


 セリナは家に帰って来ました。彼女の家はマンションの2階です。

 そして端っこ。家族構成は両親と妹とセリナの4人です。


 両親は共働きで、妹は部活に熱心で夜遅くにならないと帰りません。遅いって言っても8時までには帰って来るのかな。

 レギュラーの座がかかっているのでそりゃ頑張りますよね。

 年は2つ下で現在中学2年生。部活はバレー部です。


 そんな訳でセリナが家に帰ってもしばらく彼女は一人です。部活を何かやればいいんでしょうけど、今は特に魅力的な部活を見つけられずにいるようです。

 映画鑑賞部とか漫画読書部があったら入りたいみたいらしいですけど、そんな楽な部活はないですしね。中学までは放課後に泰葉とよく遊んでいましたが、高校に入ってから放課後はひとりでいる事が多くなりました。

 そんな彼女がひとりきりの家で何をするかと言えば動画鑑賞です。


「さてと」


 高校の合格祝いに買ってもらったPCの電源を入れてマウスをポチポチ……。するとしばらくしてお気に入りの動画の再生が始まりました。

 セリナの能力は同時翻訳なので、海外の動画も翻訳なしですぐに楽しめます。日本語に翻訳される前に話題の動画を楽しめる……これはちょっとした優越感にもなりました。

 ただこの能力、言葉しか分かりませんから、能力に目覚めたと言っても文法などが重視される英語の成績には余り影響はありません。

 だからセリナの英語の成績はちゃんと勉強して何とか中の上くらいです。


 両親の帰宅は夜の10時を過ぎる事もしばしばで、それまでの家事などはかなりの割合で彼女が担当しています。

 妹は部活に全力を使い果たしているし、セリナもそんな彼女を応援しているので。


 動画を見ながら時間が来ると彼女は夕食の準備を始めます。冷蔵庫から適当に食材を取り出す、とネットの料理レシピを見ながら出来そうな料理を適当に作ります。

 今夜は肉じゃがにしました。


「たあいまー」


 夕食の準備が出来たところで、どうやら妹が帰って来たようです。彼女は部活で体力を使い果たしてヘロヘロになっています。

 帰って早々すぐに姉であるセリナに夕食の催促をしました。


「お腹ぺこぺこだよー」


「お帰り」


「おお!今日は肉じゃがだ!やった!」


 妹は漂ってくる匂いだけで晩ごはんのおかずの正体をピタリと言い当てました。

 セリナはそんな妹に苦笑い。

 でもそんな彼女の喜んでいる顔を見たらとても嬉しくなるのでした。


「早く着替えなよ」


「今日もキツかったよぉー」


「分かったから」


 それから着替えた妹と夕食を食べて片付けてお風呂の準備をして……。家事があらかた片付いたらまた動画を見て……。

 部屋が別々なのでセリナと妹は普段はあまり話す事はありません。また、それがいつもの事なので何も問題はないのです。

 姉妹仲も特に悪い訳じゃないですしね。


「ただいま」


 夜9時過ぎにまずセリナの母が帰って来ました。買い物帰りなのかエコバッグを下げています。母の帰宅を受けてセリナは彼女を出迎えます。

 ちなみに妹は部屋から出て来ませんでした。それもまたいつもの事です。


「今日も色々買って来たわよぉ」


 今日の母はとても上機嫌です。きっと何かいい事があったのでしょう。買って来たものを冷蔵庫に収めながら母親は言います。


「今日はどんな感じだった?」


「ん?別に?普通だよ」


「そっかぁ……お母さんね、昇進が決まりそうなんだ」


 ああ、そうなんだ……セリナは母の上機嫌の理由を知りました。


「じゃあ、お祝いしなくちゃだね」


「まだ確定じゃないからさ……決まったらみんなでご飯食べに行こう!」


「そうだね……」


 母はバリバリの仕事人間です。セリナがこの昇進の話に余りいい返事が出来なかったのは母がその昇進を機に更に仕事にのめり込むんじゃないかと言う気持ちの表れでした。


(頑張りすぎて体壊さなきゃいいんだけど……)


 その想いを母に告げようとしたその時、急に電話が鳴りました。こんな時間に鳴る電話ですからその電話の相手は大体の予想はつきます。

 普段なら電話番はセリナがするのですが、この時は上機嫌だった母がすぐに受話器を取りました。


「はい……あ、あなた……」


 電話の主はどうやらセリナの父のようです。


「ああはい、はい、分かったわ……」


 父親からの電話は要件を伝えるだけのものだったらしく、すぐに切れました。電話を終えた母が戻って来たのでセリナは内容を尋ねます。


「何だって?」


「また接待で遅くなるって」


「大変だね……」


 セリナが声のトーンを落としながらそう答えると、母は何かを思いついたように声を上げます。


「そうだ!ケーキ買って来たんだ。みんなで食べましょ、お父さん抜きでね!」


 母がテーブルにケーキを並べている間にセリナは部屋にいる妹を呼びに行きます。いつもは呼んでも中々部屋から出て来ない妹が、ケーキの一言で喜んで部屋から出て来ました。

 それから父親を除く家族3人でプチケーキパーティが始まりました。


「こんな時間に甘いもの食べたら太るよ~」


 妹はそんな事を言いながら自分の分はぺろりと平らげて、更に姉のセリナの分まで欲しがる始末。その様子を見て母親が代わりに自分の分のケーキを妹にあげました。

 彼女は全く罪悪感を感じる事もなく、母親の分のケーキもぺろりと平らげます。

 そんな妹の態度を見てセリナは一言こぼしました。


「全く……、今はバレーで体動かしているからいいけど、部活やめたらちょっとは控えた方がいいよ」


「私は太らない体質なんですよーだ」


 その妹の言葉を聞いて、母が昔を思い出すようにため息を付きながらこぼします。


「そうね……私も若い頃はそう思ってた」


「お母さん……」


 その母の言葉に姉妹は思わず何も言えなくなってしまいます。プチケーキパーティはそんな小さなトラブルも起こしつつ、それなりに楽しく終わりました。


「ごちそうさま~。あ~ケーキ美味しかった!ありがとうお母さん♪」


 ケーキを食べ終わった妹はそう言うと、片付けも手伝わずにそそくさと自分の部屋に戻ってしまいました。


「本当、得な性分だよ……」


 食器の後片付けをしながらセリナはつぶやきます。自分勝手な妹ですが、その行動を家族の誰も叱れないのでした。

 それは彼女のキャラもあるのですが、雰囲気を掴むのがうまいのです。それはきっと生まれつきの天性のものなのでしょう。

 そんな妹の性格を羨ましいと思うセリナなのでした。


 やがて家族が全員寝静まった頃に、セリナの父がようやく帰宅します。


「ただい……みんな寝てるか……」


 父はみんなを起こさないように静かに行動します。台所のテーブルには簡単なおかずと父用に残されていたケーキが。


「あれ?今日は何か良い事があったのかな?」


 父は冷蔵庫からビールを取り出して一口飲むと、溜めていたものを全部吐き出すように息を吐き出しました。


「分かってると思うけど、それ一本だけよ」


 父がビールで一日の疲れを癒やしている所に母が現れました。母は父を心配して一言言っておこうと眠らずに待っていたようです。

 そんな母に父は家の状況から察した事をさり気なく彼女に伝えます。


「起きてたのか……昇進、決まりそうなんだな、おめでとう」


「全く……調子いいんだから」


 夜はゆっくり更けていきます。この時、時間は夜の12時を過ぎた辺りです。朝練で朝の早い妹はもうすっかり寝ていましたが、セリナはまだ起きていました。

 でも流石に1時を過ぎると朝ちゃんと目覚められるのかどうかの微妙なライン。動画の続きはまた今度にして、彼女もまた布団に潜るのでした。

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