第19話 小京都で小休止
今日も床下部屋にはボクが一番乗りだ。午前八時二十分過ぎ、ボク達はタカヤマに向かってホテルを出発した。予定の八時きっかりでなかったのは、集合時刻に遅れた人がいたからだ。一人旅のその女性は、どうやら二日酔いで寝過ごしてしまったらしい。ボクも、昨晩遅くまでテレビを観ていたせいか、あるいは今朝方目を覚ます直前まで見ていた夢のせいか、頭がぼうっとしている。こうして床下部屋で待たされたことも、ボクにとっては家族旅行の貴重な一コマとなるはずだ。
バスは出発の遅れを背負い込んだまま十時三十分頃にタカヤマ市内へ入り、何とかというお寺の駐車場で停まった。頭上では、「遂にやって来ました」と言わんばかりのカイとサラの足音がする。ボクは彼らの土産話を楽しみに待つこととしよう。
エンジンを切ったバスの中はしんとしている。部屋はかなり冷え込んできた。ここに留まるのは一時間半ということだから、さすがのボクも少しばかり我慢が必要かもしれない。
「今日はこの後、お天気が崩れるみたいですよ」
ナレーションの女性の声がした。ドライバーの男性と話しているらしい。
「この時期にしては珍しいですよ、大雨注意報だなんて」
「高速にのるまでもってくれればね……」
一時間がまだ過ぎないうちに、時間を持て余した人達がぽつりぽつりと戻って来た。――もちろんカイ達はまだだ。
「これからコマキに向かうんですよね?」
そのうちの誰かが、二人に話しかけた。
「ええ。いつもですと、マツモトから来た道を戻るんですけれど、今回のツアーはずっとトウメイで帰ります」
「この辺りは元旦でも結構お店が開いているんですね」
別の誰かがそう言うと、ドライバーの男性がライターを擦った。会話はナレーションの女性に任せて一服というところなのだろう。
「お正月は却って書き入れ時なんですよ。今年は朝市もやっていますし……」
それはそうだよな、そうでなくては毎年カイが来たがるわけがない。あっ、戻って来たかな……
「やっぱり、あそこの霜降りが一番だよねぇ」
サラの満足げな声が聞こえてきた。
「そうだね。でも、今年も値段に釣られてロースを頼もうとした人がいたよねぇ?」
「わるかったよ」――からかう二人に捨て鉢な口調で反応したのは、朝市の土産袋を両手に提げたカイだ。
「串一本であの値段じゃ、なかなか注文する人もいないだろう?だから、肉が古いんだよ」
「なるほど」
カイはその時は納得したようでも、すぐにリセットされてしまう。ブランドや「限定」に弱い、古典的なジャパニーズなのだ。それでも、外食すると必ず、その店のメニューで一番高いものを注文していた頃に比べたら、彼も少しずつだけれども、学習して成長しているのだろう。
「そういえば、ラーメン食べるの、忘れちゃったな」
ラーメン好きのアキが、同じくラーメン好きのサラに名残惜しそうに言った。
「今から行って食べてくれば?」
「あははは。そりゃ無理だろ」
アキはそう言うと、カイとサラがバスに乗り込むのを見送った。彼は二人と違って途中で用を済ませて来なかったらしく、寺院の敷地内のお手洗いに向かった。それからも、しばらくはバスに乗らず、自動販売機で缶コーヒーを買ったり、腰や背中を伸ばしたりしていた。
バスの座席は、サラとカイが同じシートで、通路を挟んでその右の並びのシートにアキとその奥に今朝寝坊をした一人旅の女性だ。
車中の彼はサラやカイのようにはくつろいでいない。これも彼のポジションなのだろう。(つづく)
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