第17話 大晦日のバスツアー
待ちに待った大晦日がやって来た。
今、ボク達はシンジュク西口を出た銀行の前にいる。といっても、サラとカイは近くのトイレに行って、アキとボクは荷物番だ。しかしかく言うボクは荷物同然だ。ナイロンの黒いスポーツバッグの中に着替えと一緒に詰め込まれている。少しだけ期待していたけれども、やはり車窓の景色はあきらめておいた方がよさそうだ。
「すみません、オクヒダとタカヤマのツアーはここですか?」
アキの声だ。どうやら旅行会社の人と話しているようだ。
「クラノ様ですね……三名様、もうおそろいですか?――でしたら受付をいたします」
相手の女性の声が少し遠くなった。
やっぱりボクの席は皆とは別なのだろう。まあ仕方ないな、連れて来てもらえただけでも感謝しなければならない。
それからすぐにアキは戻って来た。ふわっと宙に浮く感覚がした。ボクも乗車するようだ。バックごと滑り込ませるように部屋の奥の壁に当てられた。ここは床下らしい。天井から足音がする。外は寒いけれどもこの部屋はそうでもない。オクヒダへはかなり時間がかかるようだから、ボクはここで眠って到着を待つこととしよう。きっと、こういうのを、以前アキがカイに教えていた、「果報は寝て待て」というんだな。もっともその時アキが、この諺はカイには必要ないな、なんて付け加えて笑っていたのも覚えている。
その後三十分ほどでバスは出発した。
車での長距離移動は、去年のオタルでも経験している。アキ達の会話は聞こえないけれど、その代わり、女性のナレーションの声がする。聴くと、走っている外の風景やこれから通る場所の解説をしてくれているようだ。ボクはこれを頼りに暗闇の中で想像力をたくましくした。ここにいてもアキ達のいる車中の様子は、彼らの意識や気持ちを感じることで頭の中に見ることができる。けれども、外の景色や風景はそうはいかないんだ。
思ったよりバスの乗り心地はいい。止まることもなくほぼ一定のペースで進んでいる。ボクは知らず知らずのうち眠り込んでいた。……
それから何時間経ったのだろうか、バスが停まるのと同時に寒さを感じて目が覚めた。
「それではここで昼食を取っていただきます……」
ナレーションの女性の声がした。するとほどなく、天井が騒がしく揺れ始めた。サラとカイが近くを通るのを感じる。少し遅れてアキも来た。――おいしい物にありつけるといいね。
一時間もすると、また天井が揺れ始めた。皆が食事を終えて戻って来たようだ。カイはアキにお土産をたくさん買ってもらって、それをサラに自慢している。カイの旅行は、一に食べること、二に食べること、三四がなくて、五に食べること――ではなくて、三四もあって、それがお土産を買うことなんだ。
去年は、タカヤマで「サンドガサ」という昔の旅行者や宅配のお兄さんが頭に付けた、麦わら帽子の硬くなったような平たい円錐形の被り物を買ってもらったという話だ。その時は雪が降っていたから、それをすぐに被ってそのままバスに戻ると、通路を挟んで斜め前の席のお爺さんがカイを振り返ってにっこりした。
「おねだりしたのかい?」
カイは少し驚いたのと恥ずかしいのとで上手く応えられない。すると、アキが横から父親らしい笑い声を挿んだ。――そのお爺さんは、そんな昔の物を欲しがる風流な子供に親しみが湧いたのと、安くはないこの被り物をやっとの思いで手に入れられてよかったね、という気持ちから、そんな優しい笑顔をカイに見せたのだろう。確かに、カイはなぜか古い物を好む、ちょっと年寄染みた所がある。でも、その被り物はやっとの思いで買ってもらえたわけではない。カイにとってはこのくらいの買い物はごく普通のことだ。さっき、驚いたのと恥ずかしいのとで――と言ったけれども、そもそも声をかけられること自体がカイには疑問だったのかもしれない。もしも、そのお爺さんがこのバスに乗り合わせていたら、きっと両手の塞がったカイを見て今年は声をかけなかったろうね。(つづく)
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